ハレーGP①
第1章 ハレーGP
[ ハレーGPは4年に一度行われるハレー彗星の軌道を廻る太陽系一周レースである。]
― 宇宙暦498年 ―
旧暦1999年に地球に落下した巨大隕石により、地球は氷河期に突入していた。人類はワープ航法を発明し、銀河の星々に進出、地球とその移民星から成る<地球連邦>はほぼオリオン腕をその勢力圏に治めていた。
自由貿易宇宙船<フロンティア号>を駆る運び屋<スペースマン>のメンバーは明、ボッケン、ピンニョ、ヨキ、マーチン、シャーロット、啓作の7人(正確には5人と1頭と1羽)。合法の範囲内で物資を超特急で運搬するのが売り。麻薬と兵器は運ばない。チーム名の<スペースマン>とは本来宇宙飛行士の事だが、宇宙旅行が当たり前となったこの時代、自由貿易者や冒険者(無法者も)の意味もある。
<フロンティア号>は一見デルタ翼の航空機に見える。そのコクピットのメインパネルには通信先の流美理が映っている。
「え?出場するの?」美理が尋ねる。
17歳。地球から約250光年離れた移民星ルリウスの<真理之花女学園>高等部三年生。父親は地球連邦軍人で行方不明、母親は未知の異星人で記憶喪失のまま亡くなっている。
腕時計に内蔵された通信機で通信中。相手の映像は空中に投影されている。兄の流啓作は<フロンティア号>の乗組員だが、今の通信相手は兄ではなく、<スペースマン>のリーダー・弓月明だ。
「俺とマーチンでエントリーした。予選は・・17位」
明は21歳。地球人。<スペースマン>主操縦士。元スペースレーサーと信じ切っていたが、それは偽りの記憶であり、実は約500年間の冷凍睡眠から目覚めた。動体視力に優れ、プロレーサー並の操縦技術を持ち、格闘技や銃と剣の扱いにも長けている。
ハレーGP予選はハレー彗星公転軌道に沿って海王星軌道から遠日点*を周って再び海王星軌道までのタイムを競う。(*遠日点=公転軌道で太陽から最も遠いポイント・逆に太陽に最も近いポイントは近日点)
「すごーい」美理の素直な反応。
黄色い小鳥が美理の肩でクスクス笑いながら、ふたりの会話を聞いている。
ピンニョはDNA改造された元実験動物。外観はカナリアに似た小鳥だが、高い知能とステルス能力を持つ。テロ集団<神の声>の報復に備え、美理たちの護衛中。(第3巻参照)
楽しそうに通信するふたり。
「ところで今どこにいるの?いつもの寮の部屋じゃないよね」明の問いに、
「私の家に来ていま~す」美理の後ろから山岡麗子が答える。
麗子は美理のルームメイト。黒髪短髪で頭脳明晰スポーツ万能の天才美少女。
<真理女>は全寮制の学校だが、週末は帰省外泊可能だ。麗子の実家はルリウス星の街中にある。学園から電車で15分程。女の子らしい可愛い部屋だ。結構ぬいぐるみが多い。美理がお泊りするのは5回目だ。
「自分も泊まりたいって思ってるでしょ」シャーロット=クィーンが明につっこむ。ご名答。
22歳の金髪美女。地球出身。コンピュータープログラマー。凄腕のハッカーでもある。
麗子がシャーロットに手を振る。シャーロットも振り返す。麗子にとってシャーロットは尊敬する憧れの大先輩だ。
通信は続く。
「特に今年はハレー彗星が地球に最接近する年なのでしょ?あ、ルリウスにも彗星が接近してるの。コバヤシさんが発見した・・」
「コバヤシ彗星か。え~と、寮だとテレビ観るのは難しい?」
「そうね。でもラジオもあるし。観戦できるよ」
「じゃ」
「ごきげんよう。がんばってね」
通信終わり。明はにやけている。思わず口笛。
どっと笑うクルーたち。
<フロンティア号>の外観はいつもと違う。トレードマークとも言うべき巨大なプロトン砲が無い。プロトン砲はこの船の最強兵器だが、でかく重くレースでは邪魔者でしかない。ルリウス星の衛星ナルシーのドックで預かってもらっている。勿論レースで武器の使用は御法度だ。軽量化を兼ね、ミサイルも積んでいない。そしてもう一つ、船首に長細いロッドアンテナ状のパーツを装着している。船首ブラスターからエネルギー供給し船を覆うバリアー発生装置だ。これまでのバリアーより強力だ。明がいかに天才パイロットでも、超高速で飛ぶ今回の様なレースで障害物をよけるのは難しい、その対策だ。しかしメカニック担当のマーチンはその装着に反対していた。
「だって全長100m超えるだろ?そしたら・・」
「そしたら?」
「駐機料金が上がる」
「・・・せこ」
マーチンは20歳。移民星ブウ出身。若くてデブだがメカニックのプロ。経理も担当。帯電体質で電撃が武器。常に遮光性の特殊バイザーを付けて乙女チックな目を隠している。今回明とペアを組み、コパイ兼ナビを担当する。
結局バリアー発生装置は伸縮可能にして縮めたら全長99mになった。このバリアー発生装置には他にも使い道があるのだが、それは後に。
通信を終えた美理がつぶやく。「ハレーGPかあ」
美理でも知っている有名なスペースレースだ。明の操縦の凄さは経験で分かっている。速さ、正確さ、テクニック。だがプロのレーサーを相手に通用するのか、興味深い。いや300機近いエントリーで予選17位って、既にすごいことじゃないかな。
「美理。宿題の進路調査表、早く書いちゃいなさい」
「はあい」
麗子に言われて書き出すが、筆は進まない。
「・・・!」
何かを思い付いたのか、美理は急に書き始める。
「“スペースマン”って書いてるんじゃないでしょうね」
ギク。 図星だ。さすが親友。
「朋ちゃん、“宇宙海賊王”って書いて呼び出しくらったそうよ」
「ははは(彼女らしい)」
「麗子、美理さん。ごはんよ~」麗子の母親が呼ぶ。
「はーい」
ふたりは階下の食堂へ。軽くお辞儀して席に着く。
麗子の家族は両親と小学生の弟。父親は麗子に似て長身で優しい、母親は明るく料理上手、弟は元気でちょっとH(お風呂覗いて麗子にひっぱたかれていた)。
みんな揃って手を合わせて「いただきます」
美理にとっては懐かしい光景だ。もういくら望んでも叶わない光景。
(検証)宇宙暦498年は旧暦何年か?
この物語の舞台となるのは約500年後の世界である。テキトーに設定した(笑)。
だがハレー彗星回帰の年となると限られてくる。ハレー彗星は76年正確には75.3年で太陽を一周するが、惑星の影響で多少変動する。今は惑星や彗星を表示するアプリ(無料!)があって、それによると約500年後の地球最接近は2509年4月!
・・4月?第一巻の頃やん。だから恐怖の大王の影響で太陽系天体に変動が起こったことにした。アプリによるとこの時の太陽系惑星でハレー彗星軌道に近いのは木星と水星だけだ。ちなみに宇宙暦元年は旧暦2011年となる。