その9 愛は勝つ
出典:KAN「愛は勝つ」
「「「はっはぁ〜ん」」」
クラスメイト全員がハモり、ニヤニヤと笑いを浮かべる。
いや訂正、副会長・陶山の隣に座る生徒会書記・片岡勇希だけは、顔を真っ赤にして腕を組んでいる。誰あろう、彼こそが副会長・陶山のマイ・ダーリンである。
「お、お前なあ……」
「ご、ごめん……」
「おやおやぁ、痴話喧嘩ですか?」「見せつけてくれますなぁ」「仲の良いことで」「もー、すぐ彼氏自慢したがるんだから」「無理もありませんな」「ハイスペック彼氏ですからねえ」「まさにスパダリ」「うらましい」「マジうらやましい」「ホントにうらやましい」
憧れが入り混じる冷やかしの声に、副会長・陶山は真っ赤になってモジモジする。かつてはクール少女だった副会長・陶山がカワイクなったものである。彼女の変化は教職員の間でも評判で、好意的に受け入れられている。「恋とは偉大ですなあ」とベテラン教員たちはしみじみと語り、うなずき合うほどだ。
そんな彼女にあやかりたい副担任・谷川、二十六歳、彼氏なし。
もちろん、口に出しては決して言わない。
「では、理由をどうぞ」
ニヤニヤしたくなるのを我慢して説明を求めると、副会長・陶山は顔を真っ赤にしながら口を開いた。
「その、相川くんが『本当に強い奴は最後は勝つ』て言ってたけど、そのフレーズって、ああ、あの歌だなあ、と思い浮かんで……」
「チャンッ、チャラランランッ、チャンッ、チャンッ♪」
「チャンッ、チャラランラン、チャーラン、チャーチャチャ♪」
突如としてイントロを歌い出したのは放送部・宇賀神登。それに合いの手を打ったのが、放送部・宇賀神の彼女である普通の子・佐藤久美。さすがは恋人同士、息ぴったりだ。
そしてクラスメイト全員が、二人に続く。
「「「チャンッ、チャラランラン、チャンチャンチャンチャン、チャンチャンチャン、チャンチャンチャンチャンッ!」」」
「あーもう、そこまで!」
イントロが終わったところで生徒を慌てて止める、副担任・谷川。さすがはプロ顔負けのアマチュアDJ、絶妙なタイミングでのイントロ開始だった。教室内の空気が一気に盛り上がり、副担任・谷川もまた一緒に歌い出してしまいそうだった。
「今は国語の授業中です!」
「「「はーい!」」」
声を合わせ、元気よく返事をする生徒たち。ううむ、やっぱりちょっとかわいい。
「ええと……陶山さん、続きをどうぞ」
「えっ、もうよくないですか?」
「「「だめー!」」」
クラスメイト全員にダメ出しされる。もちろん副担任・谷川も許さない。そんなわけで、さらに顔を赤くしながら言葉を続ける副会長・陶山。
「あ、あの……私も色々あって、いろんな人に迷惑をかけたけど……こんな私でも好きだって言ってくれる人がいて、応援してくれたら頑張れたから……愛って、強いな、て思って」
「「「ひゅーうっ!」」」
自然と沸き起こる拍手。真っ赤になってモジモジする副会長・陶山と書記・片岡。冷やかされるとわかっていて、それでも言いたくなるほど、彼女にとっては大切な恋らしい。
くうっ……尊い!
副委員長・萩野とは異なる、副担任・谷川が大好物の尊さ。あまりの尊さに感涙でむせびそうになる。これが授業中でなければ、壁を叩いてこの思いを表現していたに違いない。
そんなわけで、採点。
タプタプタプ……ピンポンッ。
やはり高得点。やっぱり最後に勝つのは「愛」だった!
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
「では、次に意見のある人」
「あのー、先生、ちょっといいですか?」
副担任・谷川の問いに手を挙げたのは卓球部・林田慎二。同じ卓球部の木田伸一、森田道三の三人合わせて「フォレスター三人衆」と呼ばれる三人の一人にして、男子でありながら二年三組で一番の「美少女」と呼ばれる、ハイクオリティ男の娘である。
「はい、なんでしょう?」
「これ、ディベートですよね? あと十分で授業終わりですけど、討論はしないんですか?」
……おや?