その8 強い者が勝つのではない。 勝った者が強いのだ。
発言者:フランツ・ベッケンバウアー
「おおうっ、皇帝・ベッケンバウワー!」
数名の男子が賛同するようにうなずいたが、副担任・谷川は笑顔を浮かべつつ、一筋の汗を流す。
……うん、わかんない。
「サッカー少年としては」と前置きする以上、サッカー関係の言葉なのだろう。しかし副担任・谷川はあまりサッカーに詳しくない。なんというか、選手たちがスマートすぎて好みではない。繰り返しになるが、彼女の好みはワイルド系。理想の男子は承太郎、古代進よりハーロック、野球やサッカーより格闘技やラグビーだ。
そういう目でスポーツ見てるんじゃねえ、とは言わないであげよう。スポーツの楽しみ方は人それぞれなのだから。
「えーと、説明をお願いできますか?」
「わかりました」
発言者はフランツ・ベッケンバウワー。ドイツ(旧西ドイツ)の元サッカー選手で、サッカーをしていて彼を知らないのならモグリと言われても仕方ない、世界的に有名な選手だ。
そのプレースタイルは沈着冷静、優雅にしてカリスマすら感じさせるリーダーシップでチームを操った。そのプレースタイルと、神聖ローマ帝国最後の皇帝であるオーストリア皇帝フランツ一世と同じファーストネームであることから、「皇帝」と呼ばれることになった、誠に偉大なサッカー選手である。
強い者が勝つのではない。 勝った者が強いのだ。
そんな男が発したこの言葉は、一九七四年のサッカー・ワールドカップで優勝を果たした時の言葉である。地元開催の重圧から苦境続きだったチームを立て直し、ついにたどり着いた決勝では絶好調にして圧倒的優位と思われていたオランダを倒して優勝を果たした。そんな男が発したからこそ、その言葉の重みは計り知れない。
「やっぱさあ、本当に強い奴は最後は勝つ、てことなんだなと思って。どんなに強いと言われてても、ここ一番で負けてる奴は結局弱いってことだよな、て思います」
「なるほど。含蓄のある言葉ですね」
うんうん、とうなずく副担任・谷川。しかしクラスメイトたちは微妙な顔でサッカー部・相川を見る。
何せ彼は、ここ一番で失敗すると言われている男。
お前それ盛大なブーメランじゃね? と思ったのは一人や二人ではなく、目配せしあって苦笑いを浮かべる。しかし仲間思いのクラスメイトたちは、その微妙な気持ちを静かに封印することで友情を維持する道を選んだ。
そんなわけで、採点。
タプタプタプ……ピンポンッ。
得点は微妙な感じである。副担任・谷川はいい言葉だと思ったが、なぜに伸びなかったのかよくわからない。しかしまあ、結果は結果、尊重することにしよう。
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
「では、次にいきましょう」
恐る恐るという感じで、静かに手が上がった。もしも他に手を挙げた人がいたらすぐに手を下ろしていただろう、そんな遠慮がちな挙手。彼女がそんな挙手をするとは珍しい、と副担任・谷川は指名する。
「はい、陶山さん」
「え……あ、え、マジ?」
指名され、うろたえたのは生徒会副会長・陶山美代。挙手しておいてうろたえるとは。決して気の弱い子ではないのだが、どうしたのであろうか?
「あ、いや、その……相川くんの説明聞いて、ふっと思い浮かんじゃって……」
言い訳がましい言葉も珍しい。しかし彼女がチラチラと一人の男子に視線を向けているのに気づいて、ははあなるほど、とニヤけてしまう副担任・谷川。
これはちょっと楽しみだ。ぜひ発表してもらおう。
「ではどうぞ」
「あ……あの、それは……えと……」
ドルルルルルルル……
慌てる彼女を後押しするように鳴り響くドラムロール。もはや逃げ道は塞がれた。
……ジャン!
「あ……愛は勝つ」
ニヤニヤ