その7 天上天下唯我独尊
発言者:釈迦(ただし伝承)
ドォォォン!
どっしりとした声で言い切られた言葉の迫力に、そんな効果音まで聞こえてきたような気がした。
「お、おまえ……」「またそんな、激論を呼びそうな言葉を……」「でも、萩野以外にこの言葉が言えようか?」「いや、言えまい!」
反語法を使ってまで戸惑うクラスメイトたち。そんなクラスメイトを睥睨し、ニヤリと笑う萩野。
そして、ドン、と力強く一歩を踏み出す。
さらに一歩、そしてもう一歩。やがて七歩いた彼は、右手で天井を、左手で床を指差し、ふふん、と笑った。
「こ、これはまさか、釈迦誕生時の様子を再現!?」
未来の芸人・田島浩志が、たらりと流れる汗を拭う。その言葉とともに、席から崩れ落ち、膝をついた男子たち。
「ち、ちくしょう、神々しいぜ」「神か!」「いや、釈迦だから仏だ!」「え、それ死んでね?」「気にするな」「見ろあの迫力を!」「あの力強さを!」「すべてをお救いくださるのだ!」「ありがたや」「ありがたや」「ありがたや」
「……萩野、悪ノリしすぎ」
男子が跪いて手を合わせ始めたのを見て、委員長・木葉が注意する。ちなみに先ほどとは打って変わり、今度は女子が引き気味に眺めていた。
「おう、すまん」
副委員長・萩野は「がははっ」と笑ってポーズをやめた。ハッと我に返り、慌てて席に戻る男子……と副担任・谷川。
「……先生、何してるんですか」
「え、あ、ご、ごめんなさい、なんだかつい……」
ドキドキする胸を押さえつつ、のっしのっしと歩いて席に戻る副委員長・萩野を見つめる副担任・谷川。
やだこの子……尊い。
再び心が熱くなる。恋する男女を見て思う「尊い」ではない。まさに文字通り尊い、恋に落ちるのを通り越して、拝んでしまいそうになる。
ありがたや、ありがたや。
「……じゃなくて!」
生徒の冷たい視線の中、パンパンッ、と頬を叩いて正気を取り戻す副担任・谷川。
「は、萩野君、その言葉を選んだ理由は!?」
「世の中で私だけが尊い、そう言い切る言葉だからだ」
釈迦が、生まれた直後に七歩歩き、右手で天を、左手で地を指して言ったと言われるその言葉。並ぶ漢字を素直に解釈するとそう理解でき、ある意味不遜な言葉、実力がない者が叫べばただのうぬぼれとなる。
「ちょぉっと待った、萩野、それをお寺の孫の私の前で言うか?」
だがその言葉に敢然と反論する者が現れた。
誰あろう、二年三組を率いるカリスマ委員長・木葉である。彼女の実家は寺、よって仏教用語には少々うるさい。完全無欠のギャル姿でありながら、実は仏道に篤い女なのだ。
「カースト制度全盛の時代に平等を説いたお釈迦様が、そんな意味で言ったりしないからね!」
「ほう、ではどんな意味か?」
「『我』はお釈迦だけじゃなくて、私たち人間のこと。人間みんなが尊いんだ、て言ってるの!」
「……ほう」
委員長・木葉の反論に、副委員長・萩野がぎょろりと目を剥く。
睨みつけられただけで竦み上がりそうなその眼光。男子が慄き、女子が震え、恋人がいる者は自然と手を取り合い「最後まで一緒だよ」と愛を確認し合う。
しかし委員長・木葉に、ひるむ様子はない。副委員長・萩野の眼光を正面から受け止め、両手を腰に当てて睨み返す。
カリスマ委員長 vs 眠れる獅子の副委員長、二年三組の二大巨頭、ついに激突か!?
誰も割って入ることができない緊迫した空気の中、二人の視線がぶつかり合う。クラスメイトが、そして副担任・谷川が息を呑み、不気味なほど静かな数十秒の時が流れ。
副委員長・萩野が、がっはっはっは、と大声で笑った。
「さすがお釈迦様、デカイな!」
「でしょ?」
「ああ、感服したぜ!」
あっはっは、と高らかに笑い合う二大巨頭。笑い合い、何かを分かり合った二人は、がっしりと握手をすると満足した顔でそれぞれの席に着いた。
「あ……えーと、その……」
我に返り、キョドる副担任・谷川。そんな彼女に、副委員長・萩野がどっしりとした声で言う。
「俺の発表は終わりだ。先生、次へいこう」
「は、はい!」
力強いその言葉に、トゥンク、と副担任・谷川の胸が跳ねる。
やだこの子、かっこいい。この承太郎ばりの迫力、恋しちゃいそう。
彼女の胸に芽生えかけた、イケナイ恋心。しかしそんな彼女をまっすぐに見つめる視線があった。
人形作家見習い・和井田である。
視線に気づいた副担任・谷川が目を向けると、彼は軽く肩をすくめ、彼女にだけ聞こえる声でこう言った。
「透、もう三年も付き合ってる彼女いますからね」
「え!?」
なぜに見抜かれた!? という驚きとともに、彼女のイケナイ恋は始まることなく終わった。
そんなわけで、採点。
タプタプタプ……ピンポンッ。
これは高得点。もはや言葉の強さというより、副委員長・萩野への信任投票かもしれない。副担任・谷川に投票権があったら、迷うことなく満点だった。
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
「では、次に意見のある人」
「はい」
「相川くん」
立ち上がったのはサッカー部・相川陽一。
「やっぱサッカー少年としては、この言葉しかない、て思うんだよね」
ドルルルルルルル……ジャン!
「強い者が勝つのではない。 勝った者が強いのだ!」
唯我独尊、いろいろ解釈あります