その6 朕は国家なり
発言者:ルイ十四世(おそらく創作)
「きゃっ、ルイ十四世!」
「やぁんっ、太陽王!」
「絶対・君主さま♪」
フランス人・桜田の発言に、なぜか大盛り上がりの二年三組女子一同。
え、何、なんでこんなに盛り上がるの? と不思議に思っていると、目が合った体操部・岡部美也が、輝くような笑顔で教えてくれた。
「相沢さんと海老澤さんが共同で、ルイ十四世を主人公にした漫画を描いてるんです」
文芸部・相沢桃。以前より大河歴史物小説を書きたいとの想いを語っていた彼女だが、最近は漫画部・海老澤に誘われて、漫画の原作を書いているらしい。しかもプロの漫画家である、漫画部・海老澤のお姉さんの助言も受けているそうだ。
それがクラス内で回し読みされ、絶賛を浴びているという。それはすごい、と思った副担任・谷川だが、なぜか男子が引き気味なのが気にかかった。
「……BLなんですよ」
最前列にいるというのに、今の今まで存在に気付かなかった人形作家見習い・和井田健が、その理由を教えてくれた。
「たくさんの愛人がいたルイ十四世ですが、十代の頃は女性にあまり関心がなかったそうで。で、その頃は男性と愛し合っていた……ていう設定です」
「そ、それはまた、妄想力たくましいことね」
「かなりドギツイ描写で、僕は第三話でギブアップしました。あ、読みます?」
「いえ……結構です」
このクラス舐めてたわ、とこめかみを抑える副担任・谷川。
「漫画の持ち込み禁止? なら自分で描けばいいのよ!」とフランス王妃さながらに宣言し、自ら漫画部を立ち上げてそのクオリティで教職員を唸らせた漫画部・海老澤。原作者という新たなパートナーを得て、さらに高いステージで活動を開始したようである。
いや、その件は後にしよう、まずは授業である。
「ええと……桜田さん。その言葉を選んだ理由を言ってください」
「そ、それは……」
理由を問われて、なぜか顔を赤らめるフランス人・桜田。
「だって……チンはコッカなり、ですから♪」
「「「やあん♪」」」
女子の桃色な声が満ちる教室内と、無言で遠い目をする男子たち。いけない、これは深く突っ込んではいけない、と副担任・谷川は即座に悟った。
「う、植村君! 絶対君主について、説明を!」
「え、なんで俺!?」
「いいから、お願いだから!」
絶対君主、正確には絶対主義君主である。絶対主義は、ヨーロッパにおいて封建国家から近代国家へと変わっていく過渡期で出現した政治体制で、理論的根拠として王権神授説を用いる。その政治体制をわかりやすく言えば、「君主が好き勝手に、やりたい放題できる」であるが、現実には様々な制約がありそれほど自由ではない。
「で、ルイ十四世はその代表のような人で、朕は国家なり、は彼の言葉と伝えられています」
「ありがとう」
突然の指名にもかかわらず、キッチリ説明してくれたバスケ部・植村啓介。不満そうだが許してほしい、ほら、体操部・岡部さんがキラキラした目で見てくれているじゃない。
「植村くん、スラスラとすごいねー」
「いや、たまたま知ってただけだって」
体操部・岡部の言葉に、バスケ部・植村が嬉しそうに笑う。
うん、この二人わかりやすいわねー、そろそろくっつくのかしら、と授業とは関係ないことを考える副担任・谷川。少年少女の恋物語はわりと好物なのだ。
しかしそんなニヤニヤ気分は、次の問題発言で吹き飛ばされる。
「あちき、新しい世界を知ったでありんす♪」
「私も♪」「かわいい太陽王さまの、エゲツなさったら」「三銃士の息子たちのご指導タイムがまた」「法服貴族をその可愛さでオトす、あざとさもいいよね」「やあん、続きが待ち遠しい」
……これはダメだ。
「桜田さん、海老澤さん、相沢さん。放課後、職員室に来てください」
日仏文化交流に悪影響が出かねない、そう判断した副担任・谷川は、断固とした対応を取ることにした。三人が抗議の声を上げたが、言い分は後で聞こう。
そんなわけで、採点。
タプタプタプ……ピンポンッ。
うん、得点は低い。おそらく男子はほぼ全員が低得点。よかった、とつつましやかな胸をなでおろしつつ、副担任・谷川はガベルを叩く。
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
「では、次に意見のある人」
「おうっ!」
死んだ魚のような目をしていた男子の中、力強い言葉とともに手を挙げたのは、なんとクラス副委員長・萩野透。かつてはどうしようもないワルだったそうだが、最近急激に成績上昇中の、今注目の成長株だ。
これは期待できそうである。
「はい、萩野くん」
「おうっ。俺が最強だと思う言葉、それは」
ドルルルルルルル……ジャン!
「天上天下唯我独尊!」
三銃士はルイ十三世の時代です