その5 来た、見た、勝った
出典:ガイウス・ユリウス・カエサル 戦勝報告の手紙より
「おおっ、格調高い!」
「さすがお嬢!」
クラスメイトが拍手を送り、ふふん、と髪を払うお嬢様・佐々岡。そういう仕草が実に様になる子である。
「佐々岡さん、誰の言葉か教えてください」
「ローマの英雄、ユリウス・カエサルです」
うんうん、とうなずく副担任・谷川。そうよ、これよ、こういうのを求めていたのよ、とうなずきつつも、実は少々焦っていた。
なぜかって?
それがカエサルの言葉だとは知っているが、出典をよく覚えていないからである。
「では、理由をどうぞ」
そんなわけで、解説は生徒に丸投げする副担任・谷川。しー、黙っていてあげよう、大人には見栄というものがあるのだ。
「これは、紀元前四十七年に行われたゼラの戦いで勝利したカエサルが、その勝利をローマに伝えた手紙に書いた言葉なんです」
それは、ローマの覇権を巡って行われたポンペイウス・元老院 vs カエサルの、ローマ内戦期にあった戦いの一つである。内戦に乗じて反旗を翻した属国の王、ファルナケス二世を鎮圧するために出向いたカエサルは、ゼラの地で戦いこれを撃破するが、その戦いの所要時間は四時間ほどであったという。
戦上手と言われたカエサルとローマ軍団の強さを端的かつ簡潔に表す言葉であり、現代ではその言葉が某タバコメーカーの箱に書かれていることで有名である。
「ホントに強いのは、シンプルで明快、てことだと思います。それこそが真のブランドです!」
「なるほど、よくわかりました。ありがとう」
最後に意味不明のことを言ったが、この子何も見ずにスラスラと言ったなあ、と感心する副担任・谷川。ボロを出す前にローマ史を復習しておこうと固く心に誓ったが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。
「カエサルって、シーザー?」「ラテン語読みと英語読みだよな?」「賽は投げられた、もカエサルだっけ?」「あれも強い言葉だよな」「ブルータス、お前もか、の方が有名じゃね?」「いやあれ、死ぬ直前だろ?」「うん、強くはないな」
生徒たちもガヤガヤと話し続ける。カエサルは歴史上最も有名な人と言っていい。しかも彼は文筆家としても有名で、残した名言も多い。国語教師としては、そんな彼の名言には是非とも触れて欲しいと思う次第である。
まあ、出典は覚えていなかったが、それはささいなことだ。挽回可能、ヨユー、ヨユー。
「では、採点しましょう」
気を取り直した副担任・谷川が採点を呼びかけ、生徒たちが一斉にスマホを操作する。
タプタプタプ……ピンポンッ。
ふむ、意外に得点は伸びなかったな、やはり漫画やアニメのインパクトには負けるのか、と少々残念に思う副担任・谷川。残念だが、仕方ない。
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
「ええと……では、次に意見のある人いますか?」
「はい」
この言葉の後では出にくいかな、と思っていたが、やはりすぐに手が上がった。
挙手したのは二年三組のフランス人形こと、フランス人・桜田ラン。
「では桜田さん。ひょっとしてフランスの言葉かしら?」
「はい、そうでありんす!」
元気発剌として好ましいが、相変わらず独特の日本語だ。というか、それ廓言葉では? いったい何で勉強したのか。一度ちゃんと指導したほうがいいかしら、と心配になる副担任・谷川。
「ええと、あちきが強いと思う言葉は……」
フランス人・桜田の目配せに、すぐさま応じてドラムロールを再生する新聞部・桜田。血縁関係は全くないが、さすがは同じ桜田姓、息ぴったりである。
ドルルルルルルル……ジャン!
「朕は国家なり、でありんす」
読み方はレ・タ・セ・モワ