その4 エネルギー充填、120%!
出典:「宇宙戦艦ヤマト」
「「「波動砲、発射!!!」」」
「「「ちゅどどどぉーん!」」」
演劇部・坂藤の叫びに続き、発射命令、そして効果音まで完璧にハモる三十三名の生徒たち。実に楽しそうである。
「あ……あの、ね……坂藤くん」
「え、まさか先生、波動砲をご存じないのですか!?」
「知ってます! でもそれ、アニメよね!?」
「『宇宙戦艦ヤマト』は歴史に名を残してもおかしくない名作! アニメだからといって除外するのは人類の損失です!」
「あ、あのねえ……」
漫画部・海老澤と全く同じ論法で反論する演劇部・坂藤。これを否定したら、先ほど否定しなかったことと辻褄が合わなくなってしまう。
わざとね、この子、絶対わざとね。
そんな怒りすら込み上げくるが、仕方ない。副担任・谷川は歯を食いしばり、六秒数えて怒りを鎮めた。
「……わかりました、では理由をどうぞ」
「はい」
エネルギー充填、120%。
それは、宇宙戦艦ヤマトに搭載される必殺兵器「波動砲」を撃つ前に必ず言われる言葉である。発射までのタメの長さ、仰々しいまでの儀式的操作、そして発射直前に言われるこの言葉により、波動砲がいかにすさまじい威力を持つ兵器であるかが印象付けられる。
そして、ド派手な発射シーンと、オーストラリア大陸に匹敵する大きさの浮遊大陸を粉砕するシーンが続くと、「とにかくすごい」という印象しか残らない。あらゆるアニメ、漫画において、この言葉以上に迫力のある必殺技を連想させるセリフはないだろう。
「しかも、100%じゃなくて120%ですよ! その20%、ていうのが絶妙じゃないですか!」
「ええ……そうね、確かにそうね」
これは副担任・谷川も認めざるをえない。
フルパワーを超え、ちょっとだけ無理してます。
そんな印象を持たせるのにこの「20%」オーバーというのは確かに絶妙である。10%ではまだイケそう、30%を超えると「それ壊れるよね?」と突っ込まれそう。SFという、数多くのツッコミを覚悟せねばならないジャンルでは、「20%」というのはギリギリの線と言えるだろう。
「見たことないけど、波動砲は知ってる」「つい言っちゃうよね、120%」「うむ、マジのガチの全力的な意味だよね」「おまえドッジボールで言ってたじゃん」「フランスではハーロックが有名でありんす」「恋人にするならハーロックかなー」「古代くん、彼女いるしね」「ヤマトとアルカディア号、どっちが強いんだ?」
「はいはい、余計なおしゃべりはそこまで」
そんなのアルカディア号に決まってるでしょ、と言いかけた副担任・谷川だが、グッとがまんする。
五つ年上の兄がSF大好きだった影響で、ヤマトもハーロックもすべて視聴済。どちらかというとワイルド男子が好きな彼女は、ヤマトよりもハーロック派だ。
だが、ヤマトとアルカディア号、どちらが強いかの議論は趣旨に反するので、ここでは泣く泣く割愛する。詳しくは空想科学読本に譲ろう。
「はい、ではみんな採点」
タプタプタプ……ピンポンッ!
借りたタブレットの画面に集計結果が出る。さきほどを上回る高得点。しかしこのアプリ、よくできていると感心する。
「では次に行きますが……その前に!」
手を上げかけた面々を見て、副担任・谷川は牽制の言葉を発する。
「漫画、アニメは以後禁止とします!」
「「「え〜〜〜〜っ!」」」
不満そうな生徒たちにこめかみを抑える副担任・谷川。やっぱりまだ言うつもりだったか、と頭が痛くなる。著作権とか運営とか気になって仕方ないというのに。困った子たちだ。
おっとこれはメタ発言。なかったことにしよう。
「今は授業中です。そういうのはまた別の機会に」
でないと私が我慢できないでしょうが、とは言わない副担任・谷川。何度も言うが察してあげよう、大人は色々大変なのだ。
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
鳴り響くガベルに続き、「では次に意見のある人」と副担任・谷川が問いかけた。
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
ここで手が止まるかと思った副担任・谷川だが、そんなことはなかった。
すぐさま手を上げたのはドSお嬢様・佐々岡陽菜。少々面倒くさそうな顔をしているが、これは彼女の初期設定である。
「はい、佐々岡さん」
「えーと、私が最強と思うのは」
ドルルルルルルル……
不意にドラムロールが鳴り響く。お嬢様・佐々岡が眉をひそめたその先に、スマホでドラムロールを再生する新聞部・桜田がいた。
お前は何をやっとるんだ、と呆れた目で新聞部・桜田を見下すが、いつものことなので彼は気にしない。
ドルルルルルルル……ジャン!
「来た、見た、勝った」
六秒はアンガーマネジメントの基本です