その3 だが断る
出典:荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」
「「「おお〜っ」」」
漫画部・海老澤の放った言葉に、誰もが唸り、感嘆の声を上げた。
「これは強い」「きましたな」「さすが海老澤」「ううむ、なかなか」「初手から強烈だな」「これに勝てる言葉は何だ?」「よーし、燃えてきた」
誰もが納得する様子を見て、漫画部・海老澤はドヤ顔で腕を組んだ。まさに先手必勝、最初の一撃で勝負を決める、それが彼女のスタイルだ。
「あ、あの、海老澤さん……それは……」
「ええっ、まさか先生、ジョジョをご存じないのですか!」
漫画部・海老澤の言葉に副担任・谷川はカッとなる。
ええい、知っとるわ! 第1巻から全巻読破済、最新刊は常に予約して発売初日にゲットしとるわ! 初めて読んだのは五歳の時、波紋法を身に付けたくてどれだけ無駄な努力したと思ってる! スタンドが欲しくておもちゃの矢を刺してケガして親にブチ怒られたわ! 大学時代には友人とコスプレしてジョジョ愛を大爆発させたがゆえに、彼氏に振られたわ! いいもん、いいだもん、私の理想は承太郎なんだもん! いつかきっと承太郎みたいな人と巡り会うんだもん!
……などという黒歴史を含む魂の叫びを声にするわけにもいかず、必死で飲み込む副担任・谷川。察してあげよう、大人は色々大変なのだ。
「し、知ってるけど……漫画、よね?」
「この漫画は歴史に残る名作です! 漫画だからといって除外するのは人類の損失!」
くぅっ、反論できない。これを否定したら私は私を許せない!
そう考えた副担任・谷川は、大きなため息とともにあきらめた。
「わかりました……では、なぜ強いと思ったのかを説明してください」
「えー、そもそもこのセリフは単行本第四十一巻、文庫なら第二十六巻の……」
「海老澤さん、簡潔に」
放っておけば授業が終わるまで語りそうな勢いだったので、慌てて止める。漫画部・海老澤は「てへっ」と素晴らしい笑顔を浮かべたのち、十秒ほど考えてポンと手を打った。
「絶体絶命の危機にあってなお、スマートかつ冷静に、断固とした意志を示す。そんな言葉だからです」
ううむ、わかってるじゃないか、と副担任・谷川はその答えに唸る。
そう、このセリフは、敵に追い詰められた登場人物が、嫌っている主人公を犠牲にすれば助けてやる、と言われた後で発するセリフ。慌てることも気負うこともなく冷静に言ってのけるその姿は、まさに漫画部・海老澤が言う通り、シビレるセリフだ。
「うむ確かに」「殺されるかもしれない状況でなかなか言えないよね」「そこからの逆転がまた」「そうそう、最高だよね」「いやー、やっぱジョジョっていいよなー」
自然と沸き起こる拍手。漫画部・海老澤は、まるで自分が作者であるかのようにクラスメイトに手を振って答えつつ、静かに着席した。
「はい、ありがとう。では次に意見のある人は……」
「お待ちください!」
話を進めようとする副担任・谷川に、新聞部・桜田が待ったをかける。
「な、なんでしょう?」
「基準が明示されておりません。提示された言葉のうち何が最強か、その判断基準はいかに!?」
うっ、と言葉に詰まる副担任・谷川。ぶっちゃけこれは「ディベート」というのは名ばかりの、レクリエーションのようなもの。それゆえ、厳密な判断基準など考えていなかった。
しかし、この雰囲気で「考えていない」など言い出そうものならどうなるか。午前中、全校生徒がのんびりとドッジボールを楽しむ中、マジのガチでエゲツなく戦ったのは、他ならぬこの二年三組。あの迫力が今まさに再現されている状況で、いい加減なことなど言えるだろうか?
いや、言えない。
「か……各自の持ち点を五点とし、その合計で判断します!」
「了解!」
新聞部・桜田が喜色満面、すぐさまスマホを手に取り高速にタップする。
「こんなこともあろうかとアプリは改修済だ! 設定を採点モードに、段階は五段階! 公正な採点のため結果はシークレットモード! よぉしっ、全員採点せよ!」
「「「おうっ!」」」
タプタプタプ……ピンポンッ!
「さ、先生はこれを」
「あ、ありがとう……」
差し出されたタブレットを受け取り目を落とすと、「採決アプリ」と題されたアプリが起動していた。
お題の他、二年三組の生徒全員の名前と採決状況、合計点が一目瞭然。シークレットモードゆえ、集計結果を見られるのは副担任・谷川のみ。なかなかにスグレもののアプリだ。
「ていうか、あなたたち、授業中にスマホを堂々と……」
「あーもー、先生言いっこなし! 次行こう!」
「先生、ガベル、ガベル!」
つい先ほどまでのだらけた雰囲気はどこへやら、熱気ムンムンの生徒たち。その熱気に気圧されて、副担任・谷川はやむなくガベルを叩いた。
ガンッ、ガンッ、ガンッ!
「で……では、次に意見のある人は挙手を……」
「はいっ!」
すぐさま手を挙げたのは演劇部・坂藤海斗。普段の授業では滅多に出さないその積極性、是非とも次から出して欲しいとのお小言は飲み込み、副担任・谷川は彼を指名した。
「じゃ、坂藤くん」
「はい。俺が考える最強の言葉といえば!」
彼もまた漫画部・海老澤にならい、一呼吸おいてタメを作る。
「エネルギー充填、120%!」
120%って、壊れないんですかね?