その2 二年三組、覚醒
副担任、地雷踏みましたね
「最強?」
むくり、と机に突っ伏していた武闘派の面々が起き上がったかと思えば。
「ディベート?」
半分寝ていた知性派の面々が目を輝かせて不敵に笑う。
「ほう」「最強でありんすか」「ディベートとな?」「これはこれは」「なかなかどうして」「いいじゃないの?」「やりますか?」「やらいでか」「さあ」「僕たちも」「やろうか」
だらけきっていた教室の空気がピンッとはりつめる。「ふっふっふっふっふ」と地獄の底から響いてくるような笑い声が響き、「え、なに? なにごと?」と副担任・谷川は、その不気味さにタラリと汗を流す。
「おうおう、先生よぉ、それは俺たち二年三組への挑戦と受け取っていいのかぁ?」
「これこれ藤原くん。先生を威嚇してはいけない」
最弱ヤンキー・藤原樹が凄むのを止めるのは、ゲーム大好き帰宅部・河合杏里。しかし元空手選手の血が騒ぐのか、彼女の口元も不敵に笑っていた。
「全員、アプリ起動!」
新聞部・桜田ジョンの掛け声とともに、総勢三十四名がスマホを取り出した。カバンを開けアプリを起動してスマホを机に置くまでの一連の動作において、まるでアーティスティックスイミングのようなユニゾンを見せて起動完了。それと同時に書道部・武久由美が席を立ち、ニコニコ笑いながらホワイトボードの前に立つ。
きゅぽん。きゅっ、きゅっ、きゅきゅきゅきゅっ!
見事な達筆でホワイトボードに書かれたのは「最強の言葉を問う!」の文字。色濃く、簡潔に、力強く書かれたその文字に、書道部・武久の表現者としての実力がうかがえるが、今はそれを脇に置こう。
「失礼いたします」
戸惑う副担任・谷川に一礼し、新聞部・桜田が教卓の中から小さな箱を出す。
ぱかり、と箱を開けると、その中にはガベル。新聞部・桜田は、それを恭しく掲げてから取り出し、副担任・谷川の前に静かに置いた。
以上、ここまで五十三秒。文字どおり、あっという間の出来事であった。
「谷川先生、その挑戦、お受けします!」
「「「イェーッ!」」」
委員長・木葉の宣言により歓声が上がった。もはや茫然自失の副担任・谷川であるが、自分で言い出したことである。いまさら撤回は不可能だった。
「さ、先生。議論開始の合図を」
新聞部・桜田に促されてハンマーを手に取る。だが、いままでガベルなど使ったことがない。あるわけない。どうしていいのやらと戸惑う副担任・谷川。
「来賀ちゃーん、先生困ってるよー」
数学好きのギャル・岸本麻衣に促されて、テキヤの娘にして名議長・来賀誠がため息をつく。
「しょーがねーなー」
しぶしぶという風を装いながらも即座に席を立ったテキヤの娘・来賀。戸惑う副担任・谷川よりハンマーを譲り受けると、一呼吸を置いて力強くガベルを叩いた。
ガンッ、ガンッ、ガンッ!
「それではこれより、史上最強の言葉について、討論を始める!」
力強い宣言とともに鳴り響く拍手。テキヤの娘・来賀はハンマーを副担任・谷川に返し、「以後、この要領でお願いします」と席に戻った。
「な……慣れてるのね、あなたたち」
「「「当然!」」」
力強く、一斉にうなずく生徒たち。すでに自分が大きな過ちを犯したことに気づいている副担任・谷川であるが、走り出したらもう誰も止められない、それがオー〇の群れだ。
かくなるうえは、とことん行くしかない。
「え、ええと……では、誰か意見のある人は……」
「はいっ!」
副担任・谷川の問いかけに即座に答えたのは、漫画部部長・海老澤菜月。その不敵な笑みに一抹の不安を覚えた副担任・谷川であるが、他に誰も手を挙げていないので当てるしかない。
「じゃ、海老澤さん」
「はい。私が考える、最強の言葉。それは」
立ち上がった漫画部・海老澤は、やや芝居掛かった態度で発言し、一度言葉を切ってタメを作る。
ドラムロールがないのが惜しい。
そして数秒の沈黙ののち、静かに、しかし断固とした口調で告げた。
「だが断る」
「!」をつけてはいけません




