その12 ノーサイド
いわずとしれた、ラグビー用語
委員長・木葉が力強く告げるとともにチャイムが鳴った。測っていたとしか思えない、完璧なタイミングだ。
「おお」「試合終了だ」「戦いは終わった」
ノーサイド。ラグビーの試合終了を意味するが、それ以上にその言葉が表す精神が有名だ。
試合が終われば、敵も味方もない。同じラグビーを愛する仲間として健闘をたたえ合おう!
この高潔な精神に裏付けられているからこそ、あれだけ激しくぶつかり合うスポーツでありながら、「紳士のスポーツ」と言われるのである。
なおこの言葉、実は日本以外では使われていない。いや、かつては使われていたが、今は Full Time と言うのが一般的だ。
「もはや敵味方はいない」「我らは仲間だ!」「そうだ、仲間だ!」「いい議論だったぜ!」「お前の言葉も熱かった!」「次はディベートで戦おう!」
口々に感嘆の声が上がり、たった今まで激論を戦わせていた相手と握手を交わす。
「うむ、すばらしい」
「さすがだ、委員長」
相撲部・綾小路京介、美術部・三浦兼五郎が同時に拍手をし、全員がそれ続く。
戦いは終わった。
いがみ合うことはない、お互いの健闘を称え合おう。
結論なんていいじゃないか、面白かったんだし。
「ブラボー、二年三組!」
「我ら全員が勝者!」
「やっぱこのクラスは最高だぜ!」
そして拍手は盛り上がり、最後に「いよーっ!」との掛け声とともに、三本締めで幕を下ろした。
「なんなの……なんなの、この子たち」
そんな生徒たちを見て、ただただ呆然とする副担任・谷川。
しかし思う。
委員長・木葉を中心に、鉄の結束を誇る二年三組。決して馴れ合いではない、ガチのぶつかり合いも辞さないその本気の友情こそ、言葉を超える最強の証かもしれない。
「では……授業はここまで」
整列、気をつけ、礼。
「ありがとうございましたー!」
こうして、最強の言葉をめぐる二年三組の戦いは終了したのであった。
◇ ◇ ◇
「はっはっは、やってしまいましたな、谷川先生」
職員室に戻り、五時限目の授業について報告すると、二年三組担任・佐島幸雄は呵々大笑した。
「すごかったでしょ、あいつら?」
「はい、それはもう……」
「いやー、あんなに面白い生徒は、私も初めてですよ」
あの生徒を「面白い」と受け止められるとは、さすがはベテラン教師である。それを思うと自分はまだまだ、こんな余裕が持てるよう、今後も教師としての力量を磨いていきたいと心に誓う。
とはいえ、教師として見過ごせないものはある。
たとえ生徒に嫌われようとも、譲ってはならない一線は毅然として対応せねばならない。
そして、放課後。
「失礼しまーす」
職員室に二年三組の生徒、文芸部・宇田とフランス人・桜田が、紙袋を持ってやってきた。副担任・谷川は二人を生徒指導室へと連れて行き、着席させる。
「海老澤さんは?」
「部活にちょっと顔出してから来るそうです」
仕方あるまい、彼女は部長だ。部員に何かしら指示もあるのだろう。
「それで、菜月がこれを先生に、て」
文芸部・宇田が机の上に紙袋を置く。何だろう、と思って中を覗くと、厚さ五ミリほどの本が約十冊。
「呼ばれた理由はこれだろうから、て。菜月が来るまで、ちょっと読んでおいてください」
「え、読むの?」
恐る恐る一冊を手に取り、表紙を眺める。
タイトルは「絶対・君主さま♪ 〜チンはコッカなり〜」。
……タイトルからして怪しい。なぜそこをカタカナにした?
「注意されるにせよ、怒られるにせよ、一度も読んでない人に言われるのは納得いかない、だそうです」
「う……ま、まあ、そうね」
漫画部設立時の八面六臂の活躍ぶりは、副担任・谷川も目の当たりにしている。堅物で有名な教頭を、硬軟織り交ぜたあの手この手で説得した手腕は大人も顔負けだった。「読んでない人に言われたくない」、その論法で正面から論戦されたら、相当な激論になるはず。
そして今日の二年三組を見て思う……議論で勝てる気がしない。
「で、では、海老澤さんが来るまでの間、ちょっとだけ……」
恐る恐る表紙を開く、副担任・谷川。
そして、ものの数分で漫画に没頭してしまう。
そんな彼女を見て、「計画通り」とほくそ笑む、文芸部・宇田とフランス人・桜田。
そう、部活に用があるなど嘘、すべて漫画部・海老澤の計画だ。
きっと今頃は教室で、勝利を確信しつつ口笛でも吹きながら時間を潰していることだろう。
──かくして、「絶対・君主さま♪」は新たなファンを獲得、一ヶ月後には女性教職員の間で回し読みされることになるのだが、それはまた別のお話である。
勝者、漫画部・海老澤。




