その11 ぬるぽ
出典:2ちゃんねる
「ガッ」
条件反射のようにそう返したのはゲーム大好き美腐女子・加賀理恵。しかし他のクラスメイトは、何のことやら、という感じでぽかんとするのみ。
「えーと……加賀ちゃん、それ何かのネタ?」
吹奏楽部・橘さおりが首をかしげつつ、美腐女子・加賀に尋ねる。
「あ、いや、その……いいの、気にしないで、忘れて!」
「あー……これかあ」
スマホでググった数名が「ふうん」と薄い反応でうなずく。
「ぬるぽ」「がっ」。
2ちゃんねる発祥のネットスラング。しかし流行ったのはずいぶん昔なので、現代っ子にはなかなか通じないネタだ。
「あー、そういやあったねー」
「あったねー」
オタク仲間の漫画部・海老澤、バイト大好き・宇田、その他の面々も「そういえば」という反応。そんなクラスメイトたちの反応を見て、美腐女子・加賀は「あああっ」と頭を抱えてしゃがみこむ。
「なぜ、なぜ私は昨日、シュ〇インズ・ゲートをしてしまったの! ああ、昨日の私にメッセージを送りたい!」
しかしそんな彼女を放置して、ググっていた面々が眉をひそめ始める。
「ねえこれって」「Exception?」「例外?」「エラー?」「ちょいまて」「おいこら」「まさか」
「あー、待て待て、今説明する」
ざわつき始めたクラスメイトを見て、メガネを「くいっ」とあげる新聞部・桜田。あくまで沈着冷静な態度であるが……額にはダラダラ汗が流れている。
「ぬるぽ。Null Pointer Exception のネットスラングだ。プログラミング言語、Javaで頻繁に出てくる言葉でな。このエラーは……」
「新聞部」
新聞部・桜田の言葉を、ズバリとぶった切る委員長・木葉。
「結論を言え」
「……バグです。データ消えました」
「「「なぁにぃ〜っ!」」」
「うおぉぉい、どうすんだよ!」
「あ、いや……当局ではいかんともしがたく……」
「先生! 先生は見てたんですよね、覚えてますよね!」
「さ、採点やり直し前なら……」
生徒たちに気圧されつつ、副担任・谷川は覚えていた得点を板書する。
そんなわけで、得点一覧。(やり直し前)
143点:だが断る
155点:エネルギー充填、120%
121点:来た、見た、勝った
108点:朕は国家なり
159点:天上天下唯我独尊
117点:強いから勝つのではない。勝つから強いのだ。
161点:愛は勝つ
「確か、こうだったと……」
「おぉう……」「トップスリー、僅差だな」「やり直し次第ではわからんぞ」「私、けっこう変えたよ?」「あー、私も」「最初の方とかねー」「後から考えたらね」
「もう、愛は勝つ、でいいんじゃね?」
ざわめくクラスメイトの中、図書委員・山岡輔がそう言うと、即座に反論の声が上がる。
「『天上天下唯我独尊』は二点差だぞ、納得いかん!」
「『だが断る』は一発目だから低かっただけで、ポテンシャルは計り知れない!」
「『エネルギー充填、120%』が逆転してるかもしれないだろ!」
誰もが自分が押す言葉こそが最強と言う。
ここは引けない、引いてたまるか、我こそ最強。
そんな思いで言葉をぶつけ合い、やがて熱を帯びた激論へと変わっていく。
「こら、静かに! まだ授業中よ」
しかし止まらない、止められない。
もう一度言おう、走り出したら誰も止められない。それが〇ームだ。
「はいはーい、みんな落ち着こうねー」
そんな中、ほんわかとした声と、パンパン、と手を叩く音が響いた。
激論を繰り広げていたクラスメイトがハッと我に返り、声の主を振り返る。
学校一のモテ女として名高い、二年三組のお姉ちゃん・高橋由紀だった。
「ケンカしちゃダメだよー。みんな仲良くしようねー♪」
「「「はーい!」」」
教室内に満ちていた怒りのオーラが一瞬で消えていく。言い争っていたクラスメイトがお互いに「てへっ」と頭をかき、笑顔になって席へ戻る。
まるで魔法のようだ、と思う副担任・谷川。
「とっても困りましたねー、先生」
「そ、そうね」
お姉ちゃん・高橋のほんわかした空気に癒される副担任・谷川。なんというか、不思議な子だ。
「そんなわけで、この事態を打開する一手をご提案します」
「そんなの、あるの?」
「はい、あります」
お姉ちゃん・高橋は「ふふん」と笑い、ビシッと指をさす。
「咲夜ちゃん、よろしく!」
「……それ、丸投げって言うんだぞ」
はあっ、とため息をつく委員長・木葉。しかしこの事態でゴネるような、そんな器の小さい女ではない。
「まあいいか……よっしゃ、任せろ!」
力強く宣言すると、彼女は立ち上がって目を閉じ、腕を組んで考え込んだ。
そして、授業終了まで残り十秒となったとき。
「私が思う、最強の言葉を告げる!」
カッ、と目を見開き、高らかに声をあげた。
「新聞部、ドラムロール!」
「おうっ!」
ドルルルルルルル……ジャン!
「ノーサイド!」
すべてをぶん投げる、魔法の言葉




