その10 採点見直し
ディベート:ある公的な主題について異なる立場に分かれ議論すること
………………。
男の娘・林田の指摘を受けて、頭が真っ白になった副担任・谷川。
「あの、先生?」
「ああああっ、忘れてたぁっ!」
「「「おいっ!」」」
生徒全員に突っ込まれてしまった。
いや、これは仕方ないのである。これまでにディベートをしてきたクラスでは、お題に対し三つか四つ、パラパラと意見が出たらそれで打ち止め、「では今出た意見について討論しましょう」という流れで、自然とディベートに切り替わっていた。
しかし、二年三組はそうではない。
次から次へと意見が出てくる。さて次は何を言うのだろうと、副担任・谷川自身も楽しくなってしまい、気がつけばここまで来てしまった。
しかも謎の手際の良さで、我に返るきっかけもなかった。うん、彼女は悪くない。許してあげよう。
「……で、どうするんですか?」
問われたものの、絶句する副担任・谷川。すでに七つの意見が出ており、そこから一つに絞った上で、その一つについて賛成・反対に分かれて討論をする。しかもあと十分で。
うん、無理。
「……ご、ごめんなさい、ディベートはなしで」
「「「え〜っ!」」」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ほんっとごめんなさい」
やる気満々だった生徒たちからのブーイングに、平謝りするしかない副担任・谷川。この滾った血をどうしてくれる、と言わんばかりにプリプリと怒る生徒たち。一体この子たちのこのやる気はなんなんだ、と思いつつも、自分が悪いのだから謝るしかない。
「えー、じゃあどうするの?」「決着はつけようよ」「総得点順か?」「それしかねえな」「あーもー、討論待ってたのに」「あとでやるか?」「誰が判定するんだよ」
「先生」
教室がざわわめく中、すっと挙手をしたのは新聞部・桜田。
「な、なんでしょう?」
「やむをえません。これまでに発表した言葉に対する得点で順位付け、その結果に対し先生がコメントをする、という形でどうでしょう?」
「わ、わかりました」
ほんっとに手際が良い。なんでこんなに段取りいいの、この子たち。
「ごめん、一つお願いあるんだけど」
そこで挙手したのは、お料理大好きな帰宅部・平山優香だ。
「なんだ?」
「得点、つけ直したい」
いわく、発表ごとに得点をつけてはきたものの、こうして候補が出そろうと得点をつけ直したいと思うものがあるという。
すると教室のあちこちから、賛同する声が上がった。
「うーん、まあ、できるが」
新聞部・桜田がちらりと副担任・谷川を見る。
「よろしいですか?」
「え、ええ、はい……いいと思います」
文句が言える立場ではない。副担任・谷川はうなずき、では、と新聞部・桜田が号令をかける。
「ただいまより一分間、採点のやり直しを行う。……あ、先生、画面右上の『やり直し』ボタンを押してください」
「あ、はい……ええと、これ?」
至れり尽くせりの設計だ。大したものである。
ピンッ。
副担任・谷川の操作により、生徒たちのスマホが一斉に鳴った。全員が一斉にスマホを手に取り、タプタプと画面をタップしていく。
そして、一分経過。
「締め切りだ! 先生、先ほどのボタンをもう一度!」
「あ、はい」
新聞部・桜田に言われるままに、もう一度ボタンをタップする副担任・谷川。
ピンポッ……。
うん? と全員が一斉に顔を上げた。音が違う。なんていうか、いきなり切れたような、そんな音だ。
「あ、あれ、桜田くん、これ……何か変なメッセージ出てるけど……」
「え?」
慌てて駆け寄り、タブレットを覗き込む新聞部・桜田。
「……あ」
「え、え、なに?」
「いやー……はっはっはっはっは。これは参りましたな」
あっはっはっは。
あーっはっはっは。
ああーっはっはっは。
「……おいこら、何が起こった?」
乾いた高笑いを続ける新聞部・桜田に突っ込んだのは、軟式野球部・松井真斗。彼は新聞部・桜田の頬に汗が流れたのを見逃さなかった。
「うむ、我々技術者にとっては、ある意味最強の言葉だな」
お前は技術者ではなく高校生だろうが、と心の中で突っ込んだクラスメイト、約二十名。
「だから、何が起こった」
「あー、つまりだ」
こほん、と新聞部・桜田が咳払いする。
「……ぬるぽ、だ」
あー、やっちゃったね




