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「汝は美味なりや」

 今は気丈に振る舞うデイズだが、このまま攻撃を続けるのは確かに得策ではない。

 リクオは荷物から先ほどサインを入れたばかりの一冊を取り出すと、デイズにそれを投げ渡した。


「ほれ。使ってくれたまえ」


「……ふむ、センキューです。本当はゆっくり読みたいところなんですが……」


 校閲済みのミステリ「永遠に刹那」を受け取ったデイズはそう言うと、この一冊に歯をたてて、そのままかじりついた。

 かじられた小説はすぐさま魔法反応を起こし、発光したのち粉々に砕け散った。

 粒子となったそれはデイズの口の中にそのまま吸い込まれてゆく。

 デイズの身体に一瞬、プラズマのごとく淡い光が灯り、彼女の背後には魔力の象徴ともいえる、巨大な機械時計のホログラムが現れた。

 これこそが、純粋な魔法エネルギー吸収の合図である。

「汝は美味なりや」

 本来であれば、デイズはこのような直接的なエネルギーの接種を好まない。

 時間をかけて読破したほうが、魔法エネルギーの吸収率は良いからだ。

 無論、いま敵の伏兵が潜むこの場ではそのような呑気なことは到底、言っていられないのだが。




 

 ――ズダダダ、ダダダダアアアアアアアアアアーーーン!





 森の闇に紛れた狙撃手たちの次なる恐怖がデイズを襲う。


「ふむ。さすがに違いますね。ついでにミステリは魔法素材を使用した武器の威力を最大限に上げてくれる味です」


 しかし、エネルギーを補給したばかりのデイズには、その程度の銃撃は殆ど問題にならなかったようだ。

 ジャキンッ!

 パラパラ。

 なぜならば、薙刀のごときマジカルロングソードの一振りでそれらの銃弾を全てはじき落としてしまったからだ。

 デイズの言ったようにミステリ小説の良質かつ繊細な魔法エネルギーは、ときに魔道騎士の潜在的な瞬発力。そして、魔法素材を使用した武器の威力を極限ちかくまで引き出す。

 そして、もはや少ないエネルギー消費から発射されている銃弾などは避ける必要なく、はじき返すことがミステリを読了した、いまのデイズには可能となったのだった。

 本当の意味で恐るべきは、読破した者の潜在能力をこれほどまでに引き出す文豪の書のほうかもしれない。


「す、すごい!」


 この神業にリクオは思わずうなっていた。



 ――ズダダダ、ダダダダアアアアアアアアアアーーーン!



 ――ズダダダ、ダダダダアアアアアアアアアアーーーン!



 ――ズダダダ、ダダダダアアアアアアアアアアーーーン!



 相変わらず、謎の狙撃手たちはデイズに銃撃を浴びせ続けた。

 だが、それらは夏の終わりの虚しいセミの鳴き声と対した違いはないようにリクオには思われた。

 ジャキンッ! パラパラ。

 おそらく、狙撃手たちですら、途中から己の無力さに気づいてはいただろう。

 もはや圧倒的な力の差が生まれてしまった現在のデイズとこれ以上、戦闘を続けても彼らには万に一つも勝ち目はない。


「さて。片付けますかね」

 やがて、デイズ(ミステリ読了)はそんな彼らに引導を渡すことにしたらしい。


「ほいっとな」


 ザシュッ!


 グシュッ!

 ボコ。


 ドゴドゴ。

 完了。


「…………やはり一本だと違和感があります。二刀流のほうが本来ならばやりやすいこと、この上ないのですが奪われている以上は致し方あるまい」


 まもなく。

 森が静けさを取り戻した頃。

 樹木の枝には名もなき狙撃男たちが数名ぶら下がり、地面には同胞の屍(?)がミルフィーユの層のごとく積み重なっていた。


「わはははは」


 デイズは、その屍山にあえてよじ登って腰を下ろすと、フランスパンにしか見えない魔法剣を独自の整備品で手入れしはじめた。

 まさしく、狂気の光景。


「…………」


 その傍らではグリモワルスがふぁーとマイペースにあくびをしている。


「…………」


 これもある意味、狂気の光景。

 さて、リクオはというと。屍によじのぼるデイズを呆然と見送っていたのが、

「……お見事だな。フランスパン一本で大勝利だよ」


 やがては気を取り直して、戦闘を終えた彼女にねぎらいの声をかけていた。


「うむ。本来の二刀流ではないにも関わらずよく善戦したと思います。我ながらあっぱれなのです。それに敵の殲滅は、わたし個人の手柄ではなく、おまえの素晴らしい校閲と、良質なミステリ小説のおかげでもあります。いま改めて感謝を」


 これに、魔道騎士の少女はマジカルロングソードを専用布で拭きながら、満足そうな表情で応えた。

 それにしても。

 先ほどの戦闘を振り返るに、最初に出会ったときの彼女は全く本気を出していなかったといってもいいのかもしれない。

 ……そう。ミステリ小説のノベルエフェクト(小説のジャンルが生み出す特殊効果)を抜きにしても、先ほどリクオの目に映った少女の剣技と戦闘的な才能は、それほどまでに段違いの印象を与えていたのだった。

 もし、あのとき森で出会った彼女と本気で戦闘をしていたら、デイズの水玉パンツすら見ることなく自分が息絶えていたことは間違いなかろう。おまけに、いまごろ冷たい土の下に埋められて樹木の肥料になっていたはずである。

 それが、いまや旅の友に。

 ふむ、運命とは分からないものだ。

 ……圧倒的な戦闘力。

 しかも、本来ならば二刀流の使い手だというではないか。

 戯言ではなく、彼女が万が一、伝説の音読聖典全五巻の校閲済み原書を手に入れて完全音読するようなことになれば、そのノベルエフェクト(小説のジャンルが生み出す特殊効果)で世界の在り方を変えることは可能なのかもしれない。

 それどころか、世界全体の掌握すら。


「ふぅーむ」


 そんなことを刹那に考えて、リクオは深くため息をついた。

 一方、フランスパンを磨き終えたデイズは、よっという掛け声を最後にして、屍たちの上から飛び降りた。

 そして、別の樹木のそばにトコトコ歩いて行った。伸びた枝の先には、別の屍が体を折り曲げるようにして引っかかっている。

「むっ。わたしとしたことが忘れてましたです。……生き残りがいますから、大事なことを聞かねばね」

 そういうと、彼女はその樹木の幹を一発、ニーソックスに包まれた細い脚で軽く蹴ってみる。

 樹木全体に大きな振動が走り、同時に頭上から屍が一体、落下してきた。


「ぐへ」


 地面に落下した屍(?)は悲鳴をあげる。

 どうやら息があるらしい。


「あ、生きていたのか」


 リクオの言葉に、デイズは少し得意そうに笑う。


「ええ。わざとみねうちにしておきましたから。せっかくです。こいつから事の顛末を聞き出すことにいたしましょう」


「なるほどね」


「これで襲撃が誰の差し金か分かります」


 デイズは、まるで高級なおもちゃを親に買いあたえられたばかりの少女ような目をして、そう言った。


「……う、うああ」


 落ちた衝撃で、腰を押さえて相変わらず悲痛な声をあげる狙撃者。

 全身が魔法使いのような外套に包まれていて、よく表情が読み取れない男だ。

 デイズは容赦なく、この男の背中にロングソードを突きつけた。


「もう二度手間はごめんです。おまえたちは何者ですか。そして、いったい誰の命令でわたしたちを襲ったのですか? もちろん答えない自由もありますが、その場合は容赦なくおまえの頭蓋を砕きます故、ご注意を」


 これにはさすがに男も折れたらしい。


「わ、わかりました。言うから、命だけは助けてください」


「ふむ、よろしい。ただ、おまえの風貌が癪に障る。よって尋問は最小限におさえてやりましょう」


「え……」


 予定調和。

 ジャキンと、背中の鞘に武器を収めた少女は朗らかに微笑した。

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