伏兵
「ああああ。つううううう。うああああああああああ」
男はそのまましばらく、のたうち回り続けた。
待つこと、しばし。
少し痛みが引いてきたのだろう。男の動きが鈍くなった。
それを見たデイズは、ガッ、と男の身体の上に、ブーツに包まれた右足を乗せて、冷静に聞いた。
「てめえは何者です? 見たところ傭兵のようですが」
これに対して男は。
「なんのことだ? 答えてたまるか」
だんまりを決め込むつもりのようだ。
だが、それはデイズの拷問の前に意味をなさなかった。
「ほう、とぼけるつもりですか。楽しませてもらいましょう」
デイズの口元に氷のように冷たい悪魔の微笑が浮かんだ。
バキ。
ボキ。
ドゴドゴ。
ドッシャアアン。
はい完了、といったところか。
「ひいゃああああああああああああああああああああああああす」
男の叫び声は長かった。
「そろそろ話しますか? 単独犯ではないのでしょう?」
本領を発揮したデイズが聞く。
「話します、話しますううううううう」
男は狂ったように首を縦に振りまくっていた。
「…………」
デイズはしばらくそれを無言で眺めていたが、やがてマジカルロングソードをジャキン、と背中の鞘へ収めた。
これが悪魔の姿なのか。
リクオは、そんなことを思う。
「俺は……ただの……よ……兵の……だ。ああ、あいつに……街で声を」
さすがに諦めたのだろう。男が口を開いてデイズに何かを言おうとする。
だが残念なことに、男の声がかすれているせいでデイズたちにはよく聞き取れない。
僅かに聞き取れた『あいつ』や『街』という単語から、男がどうやら単独犯ではなさそうなこと、何者かのさしがねで三人を狙撃しようとしていたということは容易に推測できる。
しかし、それだけでは不十分なのだ。
「よく聞こえないのです。貴様はいったい何者で、誰に送り込まれた刺客なんですか!?」
デイズはいつになく声を荒げて苛立っていた。
そして。
「この……雑魚っ! もういい」
冷たい目で、足元の男をじっと見下ろした、かとおもうと。
次には再び鞘からマジカルロングソードを引き抜いたではないか。
……まさか。
このまま、身動きできない、この男を殺すつもりなのか!?
それは、さすがにまずい。
「お、おい。やめろ、デイズ!」
リクオは、そんな最悪の事態を想定して叫んでいた。
しかし、リクオの忠告もむなしく、デイズは手にしたマジカルロングソードを足元の男の防護チョッキの端に引っかけて、体重差を完全無視した動作でやすやすと持ち上げた。
「ふわああああああああああっ!」
ふわり、と宙に浮いた狙撃男が悲鳴をあげる。
リクオの全身に、戦慄が駆けめぐっていく。
グリモワルスだけは無感動な瞳で、これから起こるであろう惨劇をのんびりとマイペースに見守る。
「うわあああああ、デイズ。それは、それだけはやめろっ! やめるんだああああああああーっ!」
リクオは必死に無力な手をデイズにむけて伸ばす。
しかし、彼女の表情は前髪に隠れてもはや読み取れない。
四人の視線がそれぞれ交差していった。
そんな刹那。
デイズは、森に潜む何かを確実にとらえていた。
同時に、彼女は神業とも思える素早さで、ロングソードをその男の身体ごと、振りぬく。
「……リクオ。……伏せー」
グリモワルスが相変わらずの一本調子の声で小さく、そうつぶやいていた。
「ま、さ、か」
何故か、ハッ、として、リクオは重心を落とす。
そのまま傍らのグリモワルスを抱きかかえるように地面に倒れて伏せた。
――ズダダダ、ダダダダアアアアアアアアアアーーーン!
耳をつんざくように激しい狙撃音はそれと、ほぼ同時だった。
やられたっ!
と、思った時には、すでに四人の生死は分かれていた。
――ズダダダ、ダダダダアアアアアアアアアアーーーン!
「あががががああああああああああああああああぐはんっ!」
銃声に混じって響き渡る断末魔。
デイズによって、前方に投げられた男は四方八方から狙い撃ちにされて、蜂の巣となって茂みの中に落下した。
「悪い。……許せ」
デイズは片手で軽く十字をきった。
そう、彼女は敵の狙撃をあらかじめ予期し人間の盾を作ったのである。
当然、それだけではない。
すでに彼女は戦闘嗅覚で新たな狙撃者たちの潜伏場所を特定していた。
「「うっ、うおおーっ!」」
同胞の死体が落下したと思われる場所から数名のうめき声。
「ふ、やはり。そこでしたか」
にやりと唇の端を吊り上げたデイズ。
彼女は、すかさずマジカルロングソードを構える。
そして敵兵の声が聞こえた茂みへと走っていき、百戦錬磨の騎士のごとく洗練された斬撃と打撃を連続でおみまいする。
「くたばれなのです」
バシュウウウウウッ! ザンッ!
「「ぎゃわあああああああああああっ!」」
斬打撃の波により、藪が一瞬にして開けていく。
先ほどの男と、同じような装備の男たちが三人その場に転がった。
利き腕があらぬ方向を向き、白目をむいて泡を吹いている。
「や、やはり……。別の伏兵がいたのか。でも、まだいる可能性が」
リクオは地面に突っ伏したまま、途方にくれたような表情でつぶやく。
「……伏兵。伏兵」
彼の身体の下からごそごそと這い出したグリモワルスも、やまびこのようにその言葉を繰り返す。
「ええ、おそらく、さっきのやつを尋問している間に何人か援護にきやがったのでしょう。まだ残党はいるかもしれません」
これに、デイズは深々とため息をついた。
「すると、状況は未だに……?」
リクオの顔がさっと青ざめる。
「うーむ。敵は近距離用の魔道式リヴォルバーを持っているようですから油断できないのは確かですね。さて、そろそろ、あれをいただいておきましょうか」
「あれ?」
「校閲済みの小説です。…………魔法エネルギーを補給する必要があるのです。ぜぃ……ぜぃ……」
よく見ると、デイズは小さく肩で息をしていた。
おそらく、連続した斬撃や打撃を放ったことで自らの魔法エネルギーをかなり消費しているのだ。