奇妙な決闘
◆◇◆
一方、その頃。
隣国アララミの都。
その中心には巨大な広場がある。
だが、その広場の雰囲気は尋常ではなかった。
灼熱の炎がうなりを上げては、荒廃した広場周辺の建物や柱を次々に飲み込んでいっており、広場全体が燃え尽きるのも時間の問題に見える。
全ての財産すらも諦めた、広場やその近隣の住人たちはみな、その場から逃げ出しており、もぬけの殻になりつつあった。
だが、そんな広場には未だ人間の気配がある。
しかも、それは大人の男の姿などではない。
俗にいう、魔道騎士『ブレッダー』の二人の少女たち。
そう、奇妙な格好をした少女たちが互いに距離を取って、まるで古城で命懸けの決戦をする宿命のかたき同士のように、広場の中心で睨みあっているのだった。
一方は、金属プレートをエプロンドレスに組み合わせたような奇抜な装束に身を包んだ少女だ。さらさらとした銀髪にブロンズ装飾のカチューシャを付けている。
身長は160センチにようやく届くかといったところで、特徴的な瞳は、透き通った泉の水のような色を湛えていて美しい。不思議な引力を兼ね備えているかのような妖しげな魅力をこの異端の娘は醸し出していた。しかしなんといっても奇妙なのが、彼女の手に握られた武器である。
フランスパン《バケット》。しかも二本。……二刀流のつもりらしい。
そして、もう一方の少女だが、彼女と同じように色白で、かつ細身の体躯であり、ゴシックアンドロリータ系のドレスにチェーンメイルを組み合わせた装束に身を包んでいる。
黒く艶のあるロングヘアを垂らした彼女の瞳は紅く輝いており、まるで周囲の燃え盛る炎を吸収しているようだった。
ただし、彼女の手には何も握られてはいない。
睨み合いを続ける二人だったが、やがてゴスロリ装束の少女が、ふふ、という嫌味な笑みを浮かべて言った。
「そろそろ諦めたらどうかね、読書日和。きみには、まだ二刀流はそぐわない。それにこの炎だ。逃げるなら今のうちだぞ?」
この言葉に、読書日和と呼ばれた、奇抜なドレス装束の少女は眉間に小さくしわを寄せる。
「うるさいです。鮮血の方程式! 貴様なんぞにバケットと校閲小説を渡してなるものですか! そうなるくらいなら、わたしが全部残らず食べてやりますよ!」
「ほう、やれるものなら、やってみろよ。そうなる前にボクが炎の渦を呼び寄せて、きみごと炭にしてあげるよ。くくく」
「ぐぬぅ。炎の呪文なんて厄介なものを身に付けやがって……。わたしや小説たちが暑いのが苦手だって密かに知ってやがったのですね、てめえ」
どうやら、読書日和と呼ばれた少女の方が、この戦いにおいて、やや劣勢を強いられているようである。
鮮血の方程式と呼ばれた少女はというと、にやりと意地悪そうに桃色の唇の端を吊り上げている。
そして、ごそごそとゴスロリ装束の胸元から魔法の品を取り出すと、自慢げに掲げた。
「このマッチ箱という品物を使えば、このような巨大な都もこの通りさ。火の海に出来る。これを手に入れたボクに対して、小説同様に暑がりのきみは無力だ。勝ち目はない。さっさと降伏して、魔法の剣と手持ちの小説を全て寄こしたまえ」
すると、それを聞いた読書日和は腹をくくったらしい。
「ええいっ、こうなったら我慢比べしてやります!」
「むっ、待て! それはボクも困るぞ。ボクもな。無敵なわけじゃないんだぞ? それに大事な小説が」
鮮血の方程式にとって敵の発言は予想外だったようだ。
「え?」
「いや、だからさ。ボクも暑いのはそんなに得意じゃない。それに小説が目的なんだから」
「へっ」
即座に、ポカーンとした顔つきになる読書日和。
これを見てちょっと慌てた鮮血の方程式は、すぐさま発言を撤回する。
「い、いや、ボクに関しては暑くなんてない。この通り、汗だって出てないだろ?」
「いや、貴様もわたしと一緒で汗だくじゃないですか?」
確かに両者、汗だくだった。
「くっ。こうなれば。最終手段だ」
「むっ」
すると、鮮血の方程式はいきなり燃え盛る都の東、上空を指差した。
「おい! 今のきみの発言でUFOが怒ったみたいだぞ! 見ろよ」
「え、どこどこ」
それを聞いた読書日和は、すぐさま防御を解いてそちら側の空を確認する。
「ふ、バカが!」
この瞬間、完全な不意打ちが実行される。
「あっ! やめろ……ひゃあん」
鮮血の方程式は突然、読書日和の背後にまわり込んで、彼女の白いうなじに息を吹きかけた。
この攻撃に、読書日和はというと一瞬ながら、完全に怯んでしまう。
その隙に鮮血の方程式は、彼女の手から一本のフランスパンを見事に抜き取っていった。
しかも、その直後。
「勝負あった! しばらく借りるぞマジカルロングソード。切れ味はどうかな!」
奪った伝説のマジカルロングソード(魔法エネルギーを消費するが、敵に絶大なダメージをあたえるフランスパン)で読書日和に手痛い一撃をお見舞いした。
「ぐっ……ああ……です」
それと同時に、彼女は読書日和から小説を含む荷物までも奪い取った。
「すまんな。勝負はいつだって無情なのだ。また会おうね。良きライバルさん。あはははははは」
その言葉を最後に鮮血の方程式はすばやく都の広場から姿を消した。
恐らく、滅び行くアララミを捨てて他国へと渡り、小説強盗を続けるつもりなのだろう。
一方、意識が薄くなっていく読書日和《リーディングデイズ》は、マジカルロングソード《バケット》で殴られた傷口を押さえて、よろよろとした動きのまま、杖の代わりにしたもう一本のマジカルロングソードで、炎に包まれた都をなんとか脱出した。
「せ、せっかく集めたわたしの、小説が。……うう、絶対にゆるすまじなのですよ、ブラッドマリス!」
その後、完全に荒廃し、国としての機能をほとんど失くしたその小国は衰退していった。