シャボン玉
【エピローグ】
ガタ、ゴト。
ガタ、ガタ。
次の国に向かう魔道式馬車の客席にて。
「結局、アプダラスの一件では何も手に入らなかったな」
途上、リクオはそんな声を漏らした。
「確かにそうだな。せっかくボクが音読聖典を全巻集めていたのに、デイズとリクオのおかげでまたフリダシなのだよ」
マリスが愚痴るような口調でそれに応える。
「む、その言い方はなんですか! だいたい、貴様が余計な細工を音読聖典にしていたせいでああなったのです!」
デイズはマリスのほうへ向き直ると彼女を睨む。
それに対して、マリスはうんざりとした様子で首を振って。
「ボクはちゃんと警告したのだよ。どう考えても、おまえが悪いのさ」
しかし、デイズも引かない。
「なにを言ってるのですか! 明らかに貴様のせいです」
「いや、おまえだよ」
「いいえ貴様です!」
「おまえだ!」
「貴様!」
「正しいのは強者のボクだ!」
「む、貴様はずいぶんと勘違いが甚だしいですね。こうなったら、いまここで決着をつけてやりましょうか!」
「ほう、面白いじゃないか。斬り捨ててあげるよ」
二人は馬車の客席にいることも気にせず、それぞれ背中の鞘へと手を伸ばす。
そして同時に気が付く。
「「あっ……」」
もはやお互いに武器などないことに。
「どうしますか?」
「うーむ。これでは魔道騎士としての決着がつけられんな」
「そう……ですね」
「と、とりあえず、次の国でマジカルロングソードを手に入れるまではデイズに協力してあげないでもないけれど」
マリスは少しうろたえて、そう言った。
すると、デイズも苦笑して頷き。
「それまで停戦協定を結びましょう。この書類にサインをしてくださいまし」
なにやら、奇妙な書類を羽ペンと一緒に取り出した。
「了解なのだよ」
デイズから受け取った書類にマリスはサインを始めている。
ガタ、ゴト。
ガタン、タタン。
「案外、仲がいいんじゃないのか。こいつら」
リクオはそんな二人の様子を、傍らから困惑顔でじーっと見つめている。
「……けんかするほどなかがいい」
さて、そのようなぼやきの後、グリモワルスは相変わらず眠たそうな表情で、キセルをふーっと吹く。
――――馬車の上空にふわりと浮かび上がるシャボン玉。
それは期待に溢れた一行の様子を反射させて、浮遊する。
どうやら、デイズたちは気づかぬうちに五冊の音読聖典に勝るとも劣らない宝を手に入れたようである。
旅の仲間という掛け替えのない『宝』を。
四人を乗せた魔道式の馬車はそのまま次の国へと続く巨大な跳ね橋をゆっくりと渡っていくのだった。
どこか、懐かしいガタ、ゴトという音を響かせながら。
その先にある、新たな非日常を求めて。
「……FIN」
グリモワルスが小さくつぶやいた言葉は風に乗ると、そのまま平地へと流れていった。