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呪われたアイテム、最後の始末




「やつは実態のない影なのかもしれません」




 デイズは深刻な顔つきで唇に指を添え、思ったことを述べる。


「何を言ってるんだよ? そんなことありえない」


「念のため、確認を」


 デイズはそういうと、コツコツとバルザックの倒れている場所へと歩を進めていく。

 やがて、その現場にたどり着いたデイズ。



 彼女はそこにバルザック・ケインズの真実を見た。




「………なっ」





 瓦礫に埋もれた、中身の存在しない漆黒鎧と兜。


 そして、例の曲がった紳士傘。


 と、先ほどへし折られたはずの紳士傘の柄が突然、蛇のようにぐねぐねと動き出したではないか。




「これは……。カースドアイテム!」




 この瞬間、デイズは敵の実態というものを察した。

 カースドアイテム。要するに呪われた道具である。


 この世界に存在する、時として持ち主を不幸にし、時には持ち主自身をも精神的に支配してその肉体をコントロールする化け物。代表格は多くの持ち主を次々に死へと追いやったホープのダイヤだが、それ以外の類型も当然ながら存在する。そう、今回の紳士傘のように。


 おそらく、長年この紳士傘を愛用していたバルザック・ケインズという人物は精神的にも肉体的にもこのアイテムに乗っ取られて支配されてきたのだろう。


 つまり、彼という存在は最初から無きに等しかったのだ。

 実際には、このアイテムがバルザック・ケインズという媒体を通して傲慢な人間を演じていたに過ぎなかったのである。


「これは、やばいのです」


 デイズは敵のあまりの不気味さに、その場から一歩退いた。


 しかし、なんとかフランスパンで二刀流に構える。


 そんな彼女の前に、『ソレ』は本体となって姿を現した。


「コウナリャ、ミナゴロシ。ミナゴロシ。ギシギシ」


 柄の部分から立ち上がった不気味な傘は、言葉どおり、ぎしぎしと軋みながら、その身体から細かい刃を無数に出現させていた。


 その形状は傘というよりもチェーンソーのそれに近い。


「クタバレ、デイズ。ギシシシシシィイイイイイ」


「くそ。なんつー力ですかこいつ!」


 突如として、飛び掛ってきたこの怪物の一撃を、デイズは二本のフランスパンでなんとか受け止めた。

 そのまま鍔迫り合いとなる。


 ギジッ、ギジッ。

 少しでもこの鍔迫り合いが逸れればそれこそ、あの世行きの可能性もある。


「うううう、みんなっ」


 デイズの脳裏で仲間たちの顔が走馬灯のように浮かんでいた。


 育ての父と母。


 魔道騎士の仲間。


 彼女の恩人である師匠。


 最大のライバルだったブラッドマリス。


 旅で出会った仲間たち。上級校閲のリクオ。


 そして、魔導書グリモワルス。


「……わたしは。わたしは」


 デイズの額から汗がこぼれ始めた。


「絶対に。絶対に」


 いつの間にか、彼女のまなじりには大粒の涙が珠になって浮かんでいる。

「負けるわけにはいかないのですよっ!」


 デイズは鍔迫り合い状態のままで、敵をぎりぎりっと奥に押し込んで叫んだ。

 と、そんなとき。



「ギシギシ。オワリダ、シネ」



 カースドアイテムは、恐ろしい威力で細かい刃を回転させはじめていた。


 グウィイイイイイイイイイイイイン!


「ぐあっ」


 二本のマジカルロングソードが真っ二つに切断され、デイズ自身も鋭い回転刃によって負傷した。

 彼女の右腕から勢いよく鮮血が噴き出る。


「ああああああ」

 その場に崩れ落ちた少女。


 彼女の前には、まっぷたつに切断されたフランスパン。

 絶体絶命。


 そんな状況で、デイズはついにある決意をした。


「仕方ない」

 そう、大事な武器。


 その残骸を食べるという決意を。


「ええい! すまんのです」


 意を決して、彼女は渾身の力でそれにかじりつく。そして噛み砕き、最後にモフモフとほおばる。

 だが、味わっている余裕などは殆どない。


 グウィイイイイイイイイイイイイン!


 デイズの目の前に、再びチェーンソーの刃が迫る。


「…………」


 だが、彼女はいっさい動じない。


 フランスパンの最後の一切れをもふもふと頬張り、ごくごくと飲み込んで懐のクロスを握る。


 そして厳かに言い放った。


「魔法エネルギー摂取! 秘術の発動条件はいま満たされました!」


 グウィイイイイイイイイイイイイン!




「オワリダ、シネェエエエ」



 彼女の面前に迫る怪物は刃の動きを止めない。

 一方で少女はすばやく詠唱していく。


 禁断の魔道式秘術を。


「ロケス、ピラトゥス、ゾトアス、トゥリタス、クリサタニトス――――」


 唱え終えたデイズは手にしたクロスのスイッチを指で思い切り押した。カチッ、という音でクロスに仕込まれた秘術のスイッチが入る。


 と、襲いくる呪いの紳士傘の身体の一部に突如として火がついた。


 そしてそれは瞬く間に広がっていき、怪物の全身を徐々に包み込んでいく。



「ア…ガガガガガ」



 もだえ苦しみながら、芯まで焼き尽くされていく呪いのアイテム。


 それは幻想的な炎の渦に飲まれるなり偉大なる十字の形に爆裂し、最後には塵のひとつすら残さずに消失していった。



「……一度限りの魔道式秘術には代償が必要。おかげさまで大事な武器は二本とも失ってしまいましたが命拾いしました……。バルザック。貴様も自分の著書にはしっかり目を通しましょうね」




 デイズは、ふっと笑う。











 Q9(ぶれっだーっていう言葉を聞いたんだけど。なにそれおいしいの?)

 ――回答者(ブレッダーは魔道騎士の一族です。特殊な修練を積み、書物の探求に特化している魔道騎士たちは、硬度や殺傷能力がともに高いという理由から、先に述べた「バケット」を独自のレシピで配合した素材と組み合わせ、強度を極限まで高めた、カチカチのフランスパンを主に戦闘用の武器として用い、非常時には、それを食し魔法エネルギーを得て攻撃魔法を使用するといいます)

(バルザック・ケインズ著。この世界の概要より)








 仕事を終えた少女は、やがてくるりと向きを変え、祭壇のほうへと引き返すのだった。

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