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黒幕

 ――――それは下級傭兵。

 






 四人を前にした男はふはは、と不敵な笑い声を上げる。


「おまえ、どういうつもりですか!」


 男のただならぬ気配に、ジャキン、と鞘から二本のマジカルロングソードを抜くデイズ。

 それに対して男は短く答える。


「音読聖典は私だけのものだ。ははははは」


「その笑い声、おまえはまさか!」

 はっ、としたマリスが男にむかって叫んだ。


「バルザック!」


「ご名答」


 指摘を受けた男は、何やらごそごそと身体をひねり始めた。


 やがて、彼の着ていた外套はバリ、バリと破れて、その中からデイズとマリスには見覚えのある漆黒のミスリル鎧が現れていた。


「やはり、変装魔法は疲れるな。もはや、これ以上は不要なわけだが」


 四人の前で、破れた外套を捨て去り、完全に正体を現したバルザック。

 彼の手にはいつかの紳士傘が握られている。


「し、しかし。どうして貴様は、師匠を殺したのですか! 師匠は貴様にとっても特別な恩人だったはず!」


 デイズの悲痛な叫びに、


「なに、あいつが私の提示した聖典売却後の利益分配について全く同意しなかったからだよ。どうせ、最後の音読聖典。すぐに手に入るとたかをくくっていたのが運のつきだった。やつを殺したあとに私は、さんざん街や近郊を捜し歩いたのだが結局、五巻目を手にすることはできなかった。それなのに、いまになってブラッドマリスのような小娘に先を越されるとはな……。私も運がよいのか悪いのか」


 バルザックは冷淡な口調で応えた。




「貴様だけは許さない」



 マリスはそう吐き捨てる。


「ふ、許してもらうつもりなんぞ初めからない。私に必要なのはそこにいるグリモワルスと上級校閲の二人だけだ。残りのおまえらは邪魔なだけなのだよ。だから、おまえたち二人をわざと争わせたのさ。魔道騎士、二人を相手にまともに戦いを挑んだならば、この私であろうとも到底勝ち目はないだろうからな。だが、おまえたちが弱りきった現在ならば十分に戦えそうだ。うはははは」


「うっ、おのれえええ!」


 それを聞いたマリスは手にしていたマジカルロングソードを投てきのようにして、バルザックめがけて投げつけた。


 フランスパンの槍はすさまじい勢いでバルザックにむかって加速していく。




「ふふは」



 しかし、バルザックはそれをものともしない様子で、紳士傘の先端をフランスパンの方向へ向けた。





 ――――ズザザザザ、ザザザザアアアアアアアアアアーン。ボフッ!





 傘型兵器から発射された弾丸はフランスパンを粉々に破壊した。


「ぐあっ!」


 砕け散ったフランスパンの残骸に混じって、未だに生きていた弾丸の一部が、そのままマリスの肩を貫いていた。


 ドシャン、とマリスはその場に卒倒する。


「マリスッ!」


 デイズは、狙撃された彼女を見て叫んだ。

 じわりと流れ出したマリスの血液が岩盤を赤く染めていた。


「ボクは……無力だ……でも……やつだけは許せん……。ぐはう」


「マリス、いまは喋るなです! グリモワルス、彼女を柱の陰まで運んで止血してくださいまし!」

 デイズは倒れたマリスの手当てを、そばにいるグリモワルスに託した。


「りょーかい」


 グリモワルスは負傷したマリスを支えて、近くの柱の陰までなんとか連れて行く。


「まずは一匹か」


 バルザックは硝煙たちのぼる紳士傘の先端をふっと吹いた。


「貴様……」


 デイズは手にした二本のフランスパンを構え、突撃の姿勢に入る。


「待て。デイズ。あいつの実力はまったくの未知だ。このままだと、おまえまで」



「それでも、やらなければならないのです」



「どうして!?」


「やつが魔道騎士の名を汚したからです」


「…………」


「目にものを見せてくれましょう」


「お、おいっ!」

 リクオの制止を押し切ったデイズは、バルザックにむかって走り出し、やがて加速する。




 ――――ズザザザザ、ザザザザアアアアアアアアアアーン!



 バルザックはそんな彼女の接近を阻止しようと、容赦なく弾丸を発射する。


 だが、デイズは尋常でない身軽さでそれをかわしていく。

 それは、明らかに先ほどまでの彼女の姿ではない。


 さながら、空中旋廻しながら敵を狙う戦闘機のようである。


「なっ!」


 もはや異常ともいえるスピードで、即座にバルザックとの距離をつめたデイズ。


「おのれ。ちょこまかと小ざかしい」


 どうやら、バルザックとしてもこのスピードは想定していなかったようだ。おまけに、近距離戦では小銃は剣に劣るというのが一般則。

 



 ――――ズザザザザ、ザザザザアアアアアアアアアアーン!



 ――――ズザザザザ、ザザザザアアアアアアアアアアーン!



 ――――ズザザザザ、ザザザザアアアアアアアアアアーン!



 バルザックは近づいてきたデイズめがけて、惜しみなく弾丸を連射していく。


 だが、冷静さを欠いた彼の狙撃は、なかなかターゲットを射抜けない。おまけにこの近距離では、なおさら手元が狂うというものだ。


 一方で、デイズはバルザックの近距離からの狙撃をうまい具合にかわしながら、着々と反撃の準備を進めていた。




 ――――ズザザザザ、ザザザザアアアアアアアアアアーン!



 バルザックが、幾度目かの狙撃を外した瞬間にできた隙。


「……もらいました」

 デイズがそれを見逃すことはなかった。


 バルザックに対して、ついに双竜となった彼女のフランスパンが襲い掛かる。


「ふむ」


 仕方なしとばかりに、バルザックは傘型小銃を両手で構えてガードの姿勢に入った。どうやら攻撃に備えるつもりらしい。


 しかし、彼の考えは甘かった。








 ――――ドグシッ。


 フランスパンの一撃目で、バルザックの自慢の紳士傘はグニャリ、と水飴のようにへし折れた。







「ばか、な」





 ――――ドグシッ。


 次いで二発目の鉄槌が落ちてくる。



 それは直接、彼の兜にクリーンヒットした。





「ぐあおおおおお」




 デイズの怒りがこもった鈍重な一撃は、バルザックの兜から鎧にかけてピキピキ、とひびを入れた。


 シャザザザザアアアアアーンッ、とあまりの威力にバルザックはホールの端まで吹っ飛んでいく。

 どうやら、あっけなく勝負はついたらしい。



「悪しきカルマは刈りとられました」



 デイズはふぅと嘆息して、手にした二本のフランスパンをくるくると回す。

 そして、ちらりとリクオたちのほうへと目をやった。


「やったなデイズ。大勝利だ」

 様子を見守っていたリクオが、デイズにねぎらいの言葉かける。


 しかし、デイズは無言だ。


 そして、そのまま先ほどバルザックが吹き飛ばされた場所へと視線を戻す。







「……奇妙です」


 デイズは思わずそうこぼした。


「ん、どうしたんだよ。まさかあいつが、まだ……生きてるっていうんじゃないだろうな。あの一撃をモロにくらったのに」


 リクオは不安げな顔でデイズに言葉の真意を尋ねた。




「ええ、その可能性は否定できないですね。それに、やつはあたかも実体のない入れ物のようでした。まるで手ごたえというものがなかったのです」


「と、いうと?」

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