決着
◆◇◆
「……無念」
マリスの連続攻撃の前に力なく屈したデイズ。
彼女はガシャン、というドレスアーマーの音とともにその場に崩れ落ちた。
「そろそろ、決着のときかね」
息ひとつ乱さないマリスは優雅に微笑みながら、倒れこんでいる彼女の面前に、マジカルロングソードを突きつける。
しかし、徹底的なピンチにあるデイズにはもはやそれをどうにかするような気力は残っていない。
ただ、上目遣いに相手を睨み返すので精一杯だ。
そんな彼女を見て、マリスは「哀れだね」とつぶやいた。
そして。
「祈りたまえ」
マリスが冷たく放ったセリフに覚悟を決めたデイズ。
「…………」
彼女は何も言わずに、そっと目を閉じる。
「実に惜しい……が、さらばだ」
マリスはそう言うと、構えていたフランスパンを一気に振り上げた。
と、そのとき。
バサ、バサッ。
突如として、デイズの前に二冊の小説が投げられる。
「デイズ。校閲済みの二冊だ! 使ってくれ」
声の主はリクオだった。
「リクオ……」
デイズは、ハッと目を見開いて青年のほうを見た。
重なる視線。
リクオはその瞳の奥から、デイズに何かを伝えているようにも見えた。そして、デイズは刹那のうちに彼の真意を察した。
青年の瞳に宿る言葉を読み取ったのだ。
彼女はふっと一瞬、笑う。
そして、こくり、と深く頷いた。
やがて、デイズの視線は彼女の面前、いま投げられたばかりの二冊の小説へと移る。
これらの小説には、確かにリクオの校閲済みサインが記されていた。
「う……うう」
デイズは必死に手を伸ばして目の前の二冊を取ろうとする。
リクオが独自に編み出した校閲魔法を施したであろうそれらの書物。
これを食べることができれば、魔法エネルギーは大量補充される。そう、少しは勝算というものが見えてくるのだ……。
だが、現実は甘くはない。
ときに、それは残酷なシナリオとなる。
「おーっと。これは没収だ。あぶない、あぶない」
マリスはデイズが手を伸ばす前に、彼女のそばに落ちている二冊をすばやい動きで先に拾い上げた。
「あはははは。惜しかったね。せっかく相棒が校閲してくれたのにな。これは代わりにボクが味見してあげるよ」
校閲済みの二冊を手にした彼女は勝ち誇ったような笑い声を漏らす。
そして有無を言わさず、二冊を重ねてかじった。
かじられた二冊はすぐさま魔法反応を起こし、発光したのち粉々に砕け散る。
粒子となったそれは少女の口の中にそのまま吸い込まれてゆく。
と、マリスの身体に一瞬、プラズマのごとく淡い光が灯り、彼女の背後には魔力の象徴ともいえる、巨大な機械時計のホログラムが現れた。魔法エネルギー吸収の合図である。
絶望。
そう、絶望。
デイズはただ、目の前のマリスを見つめた。
もはや、積み。
打つ手はないだろう。
マリスは唇に指をそえて「あはははは、ボクの」それを言いかける……が。
「いいえ。わたしの勝ちなのですよ」
いま、デイズはマリスに代わり、そんな宣言をした。
どうやら、賭けに勝ったのはデイズのほうのようだ。
「……な……に!?」
それまで勝利を確信していたマリスの笑みは消えて、その顔からは一気に血の気が引いていく。
一瞬のことでまだ理解は追いついていないが……。
「校閲済みだからといって、すべてが大丈夫なわけありませんよね?」
そうつぶやくとデイズは不敵な笑いを浮かべた。
「ま、さか」
ここで、ようやくマリスは気が付く。
彼女には思い当たる節があったのだ。
そう、それはこの神殿の一階、ロビーの机に無造作に放置されていた。例の……二冊。
「ら、落丁本……のノベルエフェクトだと!」
「はい。わたしの優秀なリクオは、わざわざそれに独自の校閲を施してカモフラージュをしてくれていたのです。もちろん、貴様がいる前でわたしに言葉で伝えるわけにもいきません。だから、これは一種の賭けでした。わたしが先にこれを食べていれば、当然のことながら意味はなく、それどころか逆効果をもたらすノベルエフェクトだったのです。ですから、リクオの考えをあらかじめ読んだわたしは必死に演技をしました。それこそ、ブロードウェイで貧困少女役を演じられるくらいの大演技をね。おかげで、食いしん坊な貴様はまんまとそれに引っかかってくれたというわけなのです。結果オーライですね」
デイズが言い終わるのと、ほぼ同時にマリスの背後のホログラムに異変が起きる。
彼女の機械時計の針はぐるぐると逆方向に回りだしていた。やがて、度を越えた回転により、その動きは停止。ボコボコという音とともに機械時計の内部から次々にパーツが飛び出し、紫煙を吹いたそれはこなごなに砕け散っていった。
「ああああああああああ」
今度は、マリスが悲痛な声をあげてがくっと崩れ落ちる番だった。彼女は、身体から魔法エネルギーが抜けていき、まるで塩をかけられたナメクジのような状態に陥る。
「やれやれ」
その様子を見届けたリクオは、荷物の中から別の小説を取り出すと、
「ほれ、今度は大丈夫なやつだ」
そのままそれをデイズに投げた。
『トトノス・メギストス』
まさしく魔道式馬車で入手、校閲しておいた聖職者直筆の一冊である。
「センキューです」
少し弱弱しい笑顔で、ぱしっとそれをキャッチしたデイズはパラパラとページをめくり、純粋な魔法エネルギーを小説から吸い上げていく。
まもなく。
パタン、という音とともにその一冊が閉じられる。
読了済み小説は紫煙を吹いて消滅し、少女の身体を淡い光が包み込んでいた。
深刻なダメージを受けていたデイズの魔法エネルギーは聖職者の書のノベルエフェクト(小説のジャンルが生み出す特殊効果)で、どうやらある程度まで回復したようだ。
しかも、それだけではない。
リクオが、パチン、と指をならせば。
「……レアアイテム……無事にゲット」
煙の中からは、グリモワルスが現れていた。
しかも、新たなマジカルロングソード(フランスパン)を手土産にして。
「……受け取れーぃ」
幼女は、フランスパンをデイズにむかって投げた。
「感謝です」
デイズはこれも、ぱしっとキャッチする。
二刀流の魔道騎士はそのまま、その場にへたり込んでいるマリスにむきなおる。
そして、力なくうなだれる彼女の頭上から、二対のフランスパンを振り下ろした。
――――ズシッ。
デイズの振り下ろした二対の鉄槌はぺたんと座り込んだマリスをはさみこむ形で、地盤を深くえぐっていた。
「……なぜ。殺さない?」
弱弱しいマリスの問いかけに、
「復讐はどうせ復讐しか生みませんから」
デイズは静かな口調でそう答えたのだった。