死闘
――――ブラッドマリスだ。
「……防犯魔法が入り口だけだと思ったか? ボクがもっとひねくれものだったら、本当は不意打ちしてもよかったのだよ。裏切り者の傭兵もろとも」
マリスの声は妙に落ち着いていた。
「む!」
デイズはそんな彼女を警戒するようにじっと睨み返す。
そしてジャキン、と鞘からフランスパンを引き抜いた。どうやら、神殿に入ってからの行動はすべてマリスに筒抜けだったようだ。
「もはや、言葉はいらんな。泥棒の中で一番やっかいな、デイズから片付けるとするよ。あとの連中は正直、どーにでもなるし」
ふ、とマリスは鼻で笑う。
「貴様が人のことを泥棒といえた義理ですか! あのときの借りは、師匠の仇討ちと一緒にして返してやります」
デイズの瞳はいつになく真剣だ。
「つべこべ言わずにこいよ。リーディングデイズ」
「いざ参るのですよ!」
即座に一本の武器を構えたデイズ。
「死して後悔はしないことですね、ゴスロリバカ娘!」
彼女はマリスにむかって一気に加速していく。一撃でかたをつけるつもりなのだろう。しかも、どうやら本気モード。このスピードで間合いをとられれば、もはや避けるのは難しい。いきなり試合は終わったかもしれない。
二人の様子を緊張の面持ちで見守りながら、リクオはそう思った。
「ほむ」
一方、ターゲットとなったマリスの顔に殆ど緊張の色はない。
それどころか、フランスパンを抜いて自分のもとへと加速してくるデイズを、ぼーっとした隙だらけの構えで待っている様にすら見える。
「逝ってよし!」
すぐさま、そんなマリスとの距離をつめて間合いをとったデイズは、有無をいわさず敵の身体に鋭い斬撃を放った。
――――すかっ。
次には、目にもとまらぬ速さでデイズのロングソードは横一文字に振られた。
「勝負あった」
彼女の手にしたフランスパンは見事に斬った。……そう、何も存在しない『空間』を見事に斬ったのだ。
「……ありゃ」
そこにブラッドマリスの姿はなく、彼女の存在は霧のように消えていた。
デイズは狐に摘まれたような顔で、「どういうことですか」とぼやく。マリスは本当に姿を消してしまった。それこそ、有名なマリーセレスト号の失踪者たちのごとく。
「や、やつは幽霊ですか」
……と、思いきや。
「ボクは軽さと速さにだけは自信があって。これだけは魔道騎士の中でも随一なのだよね。ただの、自負にすぎんけれど」
上空からマリスの声が聞こえた。
はっ、としてデイズがそちらに目をやれば。
声の主は宙に浮いていた。いや、正しくはそう見えた。
マリスはいまデイズが横一文字に振ったマジカルロングソードの先端に悠然とした態度のままで立っているのだ。
「な、な、な」
二人の決闘をじっと見つめているリクオの額から嫌な汗がたれる。
「……えいがみたいです」
グリモワルスはというと、帽子からわずかにはみ出たアホ毛を揺らしてそう述べた。なお、いつものポーカーフェイスに限っては健在だが、さすがの魔導書としてもこの人間離れした技には少々驚いたらしい。
「うぐ」
実際にマリスと戦っているデイズも、まるでわけが分からないといった顔で己のロングソード上の異端者を見つめる。
「……事実、この境地にたどりつくまでに苦労したのだよ。さすがのボクですら」
デイズのマジカルロングソードに立ったままの体勢でマリスは、まるでステッキのように手にしたフランスパンをくるくると回している。漆黒のドレス装束につつまれたその姿が一瞬、ゆらりと揺れては元に戻った。
「くっ、許さないのです!」
なんとか我にかえったデイズは、ロングソードをそのまま上空にふりあげてマリスの体勢を崩そうと、それを持つ手に力を込めていく。
「ええいっ!」
デイズの華奢な見た目によらぬ怪力で、びゅん、とそれが一気に持ち上がる。
「ふ、これを待っていた」
この刹那、マリスはその反動を跳ね板のごとく利用して上空へと、蝶のように高く飛び上がった。それと同時に、彼女はデイズから以前に奪ったマジカルロングソードを思い切り振り上げているではないか。
これはまずい。
これから襲いくるであろう敵からの容赦ない一撃をすでに予期していたデイズ。
彼女は、すぐさま身をひねって致命傷になりかねないそれをなんとか回避する。
――――ドグァッシャアアアアン、という地響き。
一撃のもとにコンクリート製のプレートがえぐれるほどの威力だった。
文字通り、マリスは蝶のように舞い、蜂のように刺してきた。
「うぐっ」
敵の攻撃こそ寸でのところで、かわしたが、いまの衝撃でデイズは全身がしびれて、瞬時に身を起こすことができない。
「や、やばいのです」
それは魔道騎士にとっては致命的な隙とよべるものだった。この好機を敵が見逃すはずなどない。
スッ、とデイズの目の前に黒い影が迫る。
「もらったな」
ブラッドマリスは嬉しそうに唇の端をつり上げる。
「動け、わたしの身体っ!」
と、願いが通じたのかぎりぎりのところで、なんとか立ち上がることに成功したデイズ。
彼女は刹那に後方へと身を引く。それは殆ど無意識に近い行動だった。
ザシュ。
だが、マリスの振るう一撃も速い。
彼女はそれまで隙を見せていたデイズを一刀のもとに容赦なく斬り捨てた。
「わあああああっ!」
デイズはなんとか身を引いていたおかげで致命傷は免れた。
しかし、手痛いダメージを受けたことに変わりはない。
まるで、落雷を浴びたかのような、びりびりとした衝撃が彼女の全身を走る。
たまらぬ激痛で胸部を押さえてもだえるデイズを観察しながら、
「貧乳で命拾いしたな。あはは」
マリスは実に皮肉な笑い声を漏らす。
「……うぐううう」
そんなマリスを忌々しげに睨めつけながら、デイズはぜぃぜぃと肩で息をしている。
「……確かに、貴様なりに実力をつけましたね。……く、どうせなら本来の二刀流で戦いたかったのですよ」
「本当の策士は策を選ばないものさ。アララミでマジカルロングソードをボクに奪われたときからすでに勝負はついていたのだ」
マリスはその口ぶりから、すでに勝利を確信していることが分かる。
確かに、二刀流を封じられたいまのデイズにとっては非常に厳しい状況だ。
「く、デイズ」
リクオは少し離れたところから、そんな二人の戦いをじっと見つめていた。
そしてふ、と弱気な考えがよぎる。
(このままでは本当に全滅は免れない)
気付けば、リクオは頭を抱えていた。
窮地に陥ったデイズを見て、すべてが真っ白になったのだ。
傭兵部隊をひとりで壊滅させたデイズが、マリスの高い戦闘技術の前に押され始めている。これは信じがたいが、事実だった。
リクオは、何もできない傍観者としての無力さをただ、かみしめた。
「ちくしょう」
校閲とはいっても、普通の人間であり戦闘能力は皆無。
仮に彼が直接、戦いに加わったところで彼女の足を引っ張るだけだろう。
何かいい方法はないのだろうか。
せめてサポートだけでも。
必死で思考するリクオ。
やがて彼は、馬車の中で一冊の小説の校閲を済ませていたことを思い出す。
それを現在、マリスと戦っているデイズに渡すことができれば、少しは状況に変化が生まれるかもしれない。
しかし、実際にはそんな隙などあるのだろうか。否、マリスはそれを見逃してくれるほど甘くはないはず。
では、どうすればいいか。
考え抜いたあげく、彼はついにひとつの賭けに出ることにした。
その賭けとは。
「グリモワルス」
「む」
リクオは傍らに立つグリモワルスに、軽く耳打ちをした。
すると幼女はアホ毛を揺らして、「いえっさ」と何故か敬礼のポーズ。
リクオはそんな彼女に、「くれぐれも無理はすんな。頼んだぞ」、と言うや否やパチンと指を鳴らす。
同時に紫煙に包まれる幼女。
「……いざゆかん」
捨て台詞を残してグリモワルスは時空へと旅立っていった。
まるで千里を駆けるかのように、彼女は時空を旅する。
そう、あるアイテムを探して旅をする。
見つかる可能性は限りなく低いレアアイテム、『マジカルロングソード』を探して。