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尾行と潜入、姿なきターゲット


 ◆◇◆






 街の一角にある純喫茶ドドル。



 ―――そこには確かにブラッドマリスの姿があった。



 他には誰もいないオープンスペースのソファに一人腰をかけて、優雅にブレンドの香りを堪能している。


 そんな少女の傍らには、先端がほんのりと香ばしく焦げたフランスパン……否、マジカルロングソードが置かれていた。


 まさしく、デイズからアララミで奪いとった戦利品だ。


「あとは、資金だけ」


 石炭のような黒髪に紅い瞳の少女は小さな声音でつぶやくと、揺らしていたティーカップを静かにソーサーの上に戻した。


「…………むぅ」

 そんな彼女に気づかれないようにデイズたちは、店の外側で物陰に隠れて彼女をじーっと監視する。


 カチャッ。

 カップが再び持ち上げられて。


 ズズズ。


 ブレンドをすする音。


 カチャッ。


 カップが戻される。


 これが幾度か繰り返されたが、いまのところマリスは一行に監視されていることには全く気が付いていないようである。

 それどころか、彼女は優雅にブレンドを楽しみ、バケットのおかわりまで注文して、監視者たちが思わずよだれを垂らすほど美味しそうに、それをむしゃむしゃと頬張っていた。


 ほどなくして。

「さて」

 どうやら、ブレンドを飲み終えたらしいマリスは店員を呼ぶと、銅貨で会計を済ませて席を立つ。


 カラン、カラン。


 やがて、喫茶ドドルの入り口に備え付けられた鐘が鳴り。


「ごちそーさま」


 焦げフランスパンを一本背負ったゴスロリ装束の少女はデイズたちの前にひょっこりと姿を現していた。


「……う、バレ……たか?」

 ただ、物陰に潜むデイズたちと彼女との視線が合わなかったことを考えれば、相変わらず気が付いてはいない様子。


「セーフだ」

 リクオは額の汗をぬぐう。


 そのうち特に警戒するでもなく、マリスは歩きはじめた。


「……いざ、ターゲット追跡開始」

「りょーかい」


 デイズの一声で我に返った一行は、すかさず彼女の後をつける。


 しかし当然ながら、尾行に気付かれないように細心の注意を払うことは絶対に忘れてはならない。

 これは鉄則である。


 デイズ、リクオ、グリモワルス、傭兵は、ときには前方のマリスと必要以上の距離を取りながら。


 ときには通行人に紛れながら。


 ときには穴があいた新聞を読みながら。


 ときには彫像の陰に隠れながら。


 ときには振り向いたマリスを欺くために全員が同じ方向に振り向きながら。


 また、ときには身をかがめながら。


 それぞれが最大限に気配を消して自然体を装った。


 こうした尾行が続くこと、しばらく。


 ついにその瞬間はやってきた。

 マリスはある神殿施設の入り口付近で立ち止まると、辺りをきょろきょろと見回してそのまま中に姿を消したのである。



「きたきたきたー」



 歓喜の表情を浮かべる一行の背中を、いまにも沈みそうな夕日が静かに見つめている。

 そう、デイズたちはマリスが聖典を隠したという、『その施設』をようやく特定することに成功したのだ。


 マリスが入ったとされるのは、古代ローマの幻想的な神殿パンテオンを模して造られた謎の建造物。

 その巨大な施設はアプダラスの街のはずれにありながら界隈でも知る人ぞ知るような、殆ど人通りがない寂しい一角に存在していた。


 おそらく、喫茶店からのマリスを尾行していなければ、到底、ここにたどり着くことはできなかっただろう。

 それほどまでにひっそりとしていて目立たない場所なのだ。


「入ります」


 丸いドーム型の屋根が特徴のこの建物の中に、デイズを先頭にした一行もついに足を踏み入れた。

 同時にガシャン、と分厚い扉が厳重に閉まる。さらに、その上から魔道式バリアが掛けられたが、誰もそれほど気にはとめない。マリスが入って少し経つと閉まるように最初から設定してあったらしい。この程度の防犯魔法は想定の範囲内である。


 四人はそのまま一気に進行していく。


「ほう。ある意味、大したものですね」


 秘密施設に潜入したデイズたちを最初に出迎えたのは、天井からシャンデリアが垂れた豪奢なロビーだった。


 ただし、もはやそこにマリスの姿はなく、代わりに、どこから集められたのか、あるいは強奪してきたのか、古今東西のさまざまな調度品が招かれざる客たちをもてなした。


「お……」


 テーブルには二冊の自然小説が無造作に置かれていて、リクオはそれらを手に取ったが、ご丁寧にもすべての本に落丁があった。これに関してはかなり難易度の高いオリジナルの校閲が必要であり、さらには例え校閲を済ませたとしても到底、食べられるような代物ではない。それどころか落丁した小説は、仮に校閲を終えていても、それを食べれば激しい中毒症状で魔法エネルギーを一気に奪われる。その性質は書というよりも、むしろ、ドクツルタケやベニテングタケのような一見したところでは無害に見える毒キノコに近いのだ。


「なんという悪趣味な書だ」


 思わぬノベルエフェクト(小説のジャンルが生み出す特殊効果)を持つ粗悪品に、リクオは一校閲者としてそう吐き捨てざるを得なかったが、同時に彼はあのとき馬車内で技術調合し、編み出した独自の校閲法のことを少し思い返していた。


「……ふぅむ」


 どこか着地点を見据えたような、青年の溜息が漏れたのはそんな時である。


 ――――さて、やがてロビーを抜けた一行の前に現れたのは。


 ……下り階段。


 どうやら地下へと続いている模様だ。

 ためらいもなく降りる。


 降りる。


 ただひたすらに降りる。


「……ひんやりする」

 途中、グリモワルスは身震いした。


 確かに彼女の言葉通り、階段を下りるたびに地下独特のひんやりとした空気を感じる。


 しかし降りる。


 とにかく降りる。


 そしてついに最後の一段。


 それを無造作に蹴ってたどり着いたのは、まるでコロッセオの内部を思わせる広大な地下ホールだった。

 どうやらデイズたちは神殿の『最深層』にたどり着いたらしい。

 そのまま中心まで歩く。


「……左奥に何か見えるな」


 辺りを見回していたリクオはそう言って黙り込む。

 本当に何もない広大な円形のホール。


 ただし、レンガ造りの側面を壁伝いに見回していけば、四人からむかって左側に一箇所だけやや奥行きのある部分が存在している。


 そちらに目をやれば。


「……!」


 そこにはデイズたちの捜し求めるものがあった。

 金属と木材を組み合わせて造られた祭壇。


 その内部にまるで宝物のように丁重に並べられているのは五冊の音読聖典。まさしくそれだった。


 五冊の表紙にはそれぞれ黄金メッキと刺繍がほどこされており、それはもはや書というよりは神々しい純金の類に見えた。また、角度によって聖典はいっそうの輝きを増し、人心を怪しい魔性で揺さぶる宝石のようにも見える。


 当然ながらリクオも、この祭壇に一目散に走って、一刻も早く五冊の伝説を校閲してみたいという気持ちに駆られた。


 だが、彼のみならずデイズたちも含めて、その場にいる誰しもがそれに対してまだ足を踏み出すことができないでいる。


 理由は大きくふたつ。


 ひとつは聖典の持つあまりの神々しさに、四人がたじろいでしまい体がうまく動かせないからである。

 リミッターを超えた感動は人の動きを本当の意味で封殺する魔法に近いのかもしれないと、リクオは心のどこかで思う。


 そしてもうひとつ。


 それはマリスの姿が、あれ以来どこにも見あたらないという不気味さに端を発するものだった。

 そう、もっとも奇妙なのは彼らが尾行していたマリスが忽然と行方をくらましてしまったこと、その一点に尽きるのだ。


 しかし、確かに。

 この神殿のどこかに彼女はいる……はずである。


「あいつが入ったのは違うところだったりして」


「いや、それはないだろ」


 己の記憶に絶対の自信を持つリクオは、デイズが述べた不安要素を否定する。

 だが、それならば彼女はいったいどこにいるのだろう。


「とりあえず聖典は間近にある。やつがこないうちに早く五冊とも校閲をしてくれ」

 傭兵の男が催促するような声をあげた。


「ああ、そうだな」

 リクオは納得して頷く。


 確かにマリスがいないのは奇妙だ。しかし、いずれにせよ考えるばかりで行動が伴わなければ埒があかないというのも事実。


 四人はそれぞれの目的達成のため、意を決して祭壇へと近づく。


 もはや、祭壇と四人との距離が目と鼻の先になったとき、リクオはあえて傍らのデイズに聞いた。



「デイズ。おまえが最初に僕と出会ったとき、僕を殺さなかったのはこのためだよな。もしかして森で出会ったこと自体も仕組まれた必然だったのか?」




「……わたしの目的に上級校閲のおまえは必要不可欠でした。以上」



 祭壇を目の前に、デイズは淡々とした口調で答えた。


 意味合いはどちらともとれる。


「なるほどね。いい答えだ。では、マリスがいないうちにとりあえず校閲をさせてもらうよ」

 リクオはついに祭壇へと自らの手を伸ばした。


 だが、彼の手が祭壇の金属部分に触れたとき、異変は起きる。


 カチッ、と何かが作動したような軽い音がして。



「キンキュージタイ。キンキュージタイ。シンニュウシャ」



 一部を冷たい金属に覆われた祭壇から無機質な人工音声が流れて、侵入者の存在を『彼女』に告げた。

「やれやれ」

 四人の背後。円形ホールの中心にストン、と一人分の影が落ちてくる。


 ほんのり焦げたマジカルロングソードをその手に携えた、ゴスロリメイルの少女。



「ばれていたのか」



 傭兵がぼそりとつぶやいた。


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