目的地への到着
◆◇◆
「アプダラスに到着いたしましたよ」
魔道式馬車の御者は静かにそう告げた。
「ありがとう。いい眠りだったのです」
「やっと、着いたか」
荷物をおろし、御者に安い運賃を渡すと魔道式馬車は鞭の音で再び走り出し、やがて遠ざかって完全にみえなくなった。
「ふぁー。意外とでかい街です。人多いですね」
街についた途端、デイズは上空にむかって思いきり伸びをする。
「確かに予想したよりも混雑しているな」
リクオは正直な感想を述べた。
アプダラスは、一言でいえば文教的な雰囲気に包まれた大きな街だった。
見渡す限り、多くの教育系施設や住宅。身近なところでは食料品店、雑貨店などがひとつの広大な土地の中に混在しているような印象をうける。
行きかう人々の中には、一見して富裕層であることが分かるような人物もいれば、まったく一般的な階級の人物や学者などもいた。
古代の神殿をかたどった巨大施設や大型倉庫のようなものも、見る限りではいくつか存在している。
この街に関しては傭兵が言った通り、いまのところは恐慌とは無縁に見える。
「しかし。一体、ブラッドマリスはどこにいるのだろう」
リクオはやれやれとため息をついた。
見ている限りは街を象徴する大学の関連施設や高級住宅などが目を引く。
そして街には、富裕層むけのレストランやフランチャイズの喫茶店などもまた、存在しているようだ。
だが、これだけゴチャゴチャとしていれば、肝心の『彼女』がどこにいるかについてはかえって見当がつかない。
それどころか。
人。
人。
人。
まるで目に見えない生物がうねりながら流動しているかのような錯覚を覚えるほど、多くの人々が絶え間なく道を行きかっているではないか。
その脇には別エリア行きの辻馬車が何台も停車している。
ようするにこの街は近隣一帯の交通のかなめでもあるのだろう。
予想以上の人ごみに圧倒されているデイズは額に手を当てて、「こんなにゴチャゴチャしているとさすがに人酔いしますね……。うう、引き返したいくらいですよ」と複雑な心境を吐露した。
「……ふむー」
一方、グリモワルスは相変わらずのポーカーフェイスで佇んでいるが、その内心は全く読めない。
リクオはというと、元々人ごみが得意でないため、デイズとまったく同じ心境だった。
それぞれが長旅でやや疲弊した状態の現在。
これではいくら時間があってもマリスを探し出せそうにはない。
……お手上げに近い状態だ。
こうなれば、仕方がない。
「おい、おまえはマリスがどこにいるかを知らないか?」
青年は藁にもすがる思いで、連れてきた下級傭兵の男に聞いてみることにした。
「……それほど詳しくはない」
だが、リクオの期待むなしく、男は首を横に振るだけだった。
「どうしてもヒントがほしい。それだけでいいんだよ。居場所は知らなくても何かしらの手がかりくらいはもっているだろう?」
ここで譲歩はできない。
そう考えた青年は食い下がる。
すると、男はこれにやや気圧されたのか、暗い外套の中で「ふむ」と考えるような息をついて逆に尋ねてきた。
「ドドルっていう高級喫茶があるのを知っているか?」
「ああ」
当然とばかりにリクオは相槌を打つ。
すると、外套男はおもむろにつぶやいた。
「この時間帯はそこにいる可能性があるかもな。根拠のない予想だが」
「本当か!」
「本当かどうかなんて、行って確かめないと分からんだろう?」
男はぐぐもった声でぞんざいに言い放った
。
「可能性はありそうですね。やつはコーヒーにうるさいのです。それ故に」
傍で二人の会話を聞いていたデイズは、苦笑交じりに頷いていた。




