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馬車上にて繰り広げられる牧歌的光景、そしてグリモワルスの推理

【第三章】







「ふぅ、なんとか乗ることができたな。とりあえずは一安心だ」


 発車ぎりぎりで乗り込むことができた魔道式馬車の客席にて。


 馬車特有のゆったりとした振動に揺られながら、中央席でリクオは額の汗を「やれやれ」というふうに手の甲で拭っている。


「もしこれに乗れなければ、この過疎地からアプダラスに行く次の魔道式馬車は翌日のはずでした。非常にラッキーです。嗚呼、神に感謝なのですよ」


 リクオの左隣に座るデイズはドレス装束の懐から、小さなクロスを取り出すと胸の前で十字をきる。

 少女の澄みきったような泉色の瞳は光を浴びてきらきらと輝いており、異端すぎるドレス装束さえ無視すれば聖地巡礼の旅をする美しき修道女に見えなくもない。


「………ほう、魔道騎士はクリスチャンなのか。はははは」


 左端の席に座る下級傭兵が、外套をゆらゆらと揺らして笑う。

 どうやら独特な笑いのつぼがあるらしい。


 なお、彼に関しては厳密には味方ではないため、先ほどの森に残してきても良かった。

 だが、直前に男と結んだ契約内容や裏切りの可能性、さらにはグリモワルスの擬人化の秘密を知られた点。


 それらを総合的に加味したうえで、やはり街まで連れていったほうが良いという結論に至ったのだ。


「ふむ」


 青年はそんな傭兵の方をちらりと一瞥したのち、目線を右側にそらす。


「……ふぃー」


 リクオの右隣にはグリモワルスがいた。

 右端に座る彼女は先ほどから様子変わらず、眠たそうな顔でおもちゃのキセルをぷかぷか吹かしている。まさしくキセル乗車だ。


 ガタ、ゴト。

 ガタ。ゴト。


 一定のリズムを刻みながら揺れる客席内で。


 いま、この迷探偵は何を推理し、そして何を思うのだろう。


 全く読むことができないポーカーフェイスの娘はキセルを吹かしたままそっぽを向いて、外の景色を睨みはじめた。

 リクオの視線も彼女の視線の方へと重なって、無意識のうちにそちらへと吸い寄せられている。

 気付けば、森にいた時の怪しい雲行きは嘘のような快晴へと姿を変えており、限りなく澄んだ青色が空一面に広がっているようだった。


 加えて、時折、吹きつける涼風が体をなでるたびに非常に気持ち良い。


「…………」


 この頃には。

 すでに彼の中で、右側に座るグリモワルスの存在は透明な泡となり、雄大な景色がそれを眺める自分を包み込みはじめていた。


 ゆっくりと流れ、微妙に移り変わりゆく牧歌的な自然景観の中で。

 青年はしばらくの間、それに見とれて何もかもを忘れてしまう。


「ああ……」


 美しく切り取られたようなこの大自然に浮かぶのは。

 美しい田園風景や。


 別の田園風景や。


 これまた違う田園風景や。


 ……こちらをじぃーっと物言いたげに見つめるグリモワルスや。

 静かなる田園風景や。


 さらなる心地よさを演出する田園風景だった。




「っておい、おい、おい!」


 それまで美しい田園風景に完膚なきまでに心奪われていたリクオは、あまりにも不意打ちなグリモワルスのこのボケに思わずつっこんだ。


「うぬ?」


 当のグリモワルスは、キセルをくわえたまま拍子抜けしたように首を傾げている。どうやら本人にはボケたつもりはないらしい。


「うぬ、じゃないよ! 田園風景の地の文! 語りのところでいきなり混じってきたから、びっくりしたじゃない」



「……メタネタ?」


 しかし、グリモワルスは特に動揺することもない。


 リクオを殆どスルーする形のまま、おもちゃのキセルで新たなシャボン玉を造りだそうと、再び前をむいて息を吹くだけである。


「やれやれ」


 それを見たリクオは苦笑した。


 そう。元はといえば、この少女は共同文学通信の校閲ハンドブックに、気まぐれな魔導書を特殊技術で掛け合わて製作したハイブリッドだ。


 リクオは彼女の性格が変わっているのはある種の個性だととらえていたし、出会ったばかりの頃とは違い、いまやこの魔導書の気まぐれな本質を知っているので、彼はそのマイペースを黙認するどころか、彼女の性格を愛おしいとすら感じるようになっていた。


「ふ、仕方ない」

 ガタ。ゴト。


 ガタ。ガタ。


 相変わらず一定の間隔で揺れる客室内。

 先ほど、彼女によって作り出されたシャボン玉はこの揺れの中においても、ふわり、ふわりと静かな抵抗を続けていたが、そのうちついに弾けた。


 短い生涯を終えたのである。



「あっ!」


 と、同時にグリモワルスは何かを閃いたかのような瑞々しい声を上げていた。

 少女の瞳は驚いたように丸く見開かれる。


「なぁ、グリモワルス。シャボン玉が壊れただけだ。別にそんなに驚かなくても新作をつくればいいじゃないか」


 リクオは笑いながら彼女の肩をぽんぽんと叩いて、いたわりの言葉を掛ける。


 しかし。





「……謎はすべて解けた」





 一定の間隔で揺れる客席内。


 唇に指を当てたグリモワルス。

 彼女は聞きとれないくらい小さな声で、確かにそうつぶやいた。


「え!?」


 やがて、彼女は隣にいるリクオを軽く手招きして呼び寄せる。




「……さつじんじけんの答えがわかった。耳かして」


「ああ」

 名探偵の少女は顔色一つ変えずに、ずっと別の世界で考え続けていたその『推理ゲーム』の『答え』をリクオに耳打ちでごにょ、ごにょと伝えた。


「……そ、そういうことだったのか」


 魔道騎士たちの悲劇の裏に隠された紛れもない真実。


 グリモワルスの推理により、それを知ることになったリクオの表情には明らかな驚愕が走っていた。

 ふ、と青年が左隣に目をやれば。


「……くぅ。……くぅ」

 いつの間にか、先ほどまで大きな声をあげていたデイズは、すやすやと聖女のように静かな寝息を立てて眠ってしまっていた。


 彼女の口から直接聞くことはなかったが、おそらくは森での戦闘による疲れが相当程度に溜まっていたのだろう。


「ふむ……」


 最初はすぐに真実を伝えてやろうと思ったリクオだったが、彼女の純粋無垢な寝顔を見ているうちに思いとどまる。


「もっと、伝えるにふさわしいときがあるのかもな」


 ガタ。ゴト。


 ガタ。タタン。


 彼らを乗せた魔道式馬車は少しずつではあるものの、田園を抜けてその街へと近づこうとしているようだ。



「しかしいい景色だ」

 しばらくそのような田園の境界を見つめていたリクオは、所在なげに馬車の荷台部分をのぞいてみる。


「これは」


 そこには、一冊の小説がしおりを挟んだまま放置されていた。


 ……トトノス・メギストス。


 無名な聖職者の著書のようだが、校閲すればエネルギー回復書として食べられないことはない。

 というよりも、聖職者の書に関してはノベルエフェクト(小説のジャンルが生み出す特殊効果)により、読了時に普通の書よりも、さらに豊富なエネルギー回復が望めるのだ。


 おそらく先客が馬車でもてあました暇をつぶすために持ち込んだものを忘れていったのだろうと推測できる。


 青年はしめたとばかりにそれを手にとった。


 そして、馬車が街に到着するまでの間にぱらぱらとページをめくり校閲をすませ、自分の荷物に紛れ込ませておいた。


「さて、こいつはありがたい。ついでに校閲修行もやっておこうかな」


 その後、彼は目を閉じると口元で一定の魔法文字列を繰り返し暗唱しながら新たな校閲技術開発修行にも取り組むことにした。


 いま青年の明晰な脳裏では、古今東西の書物がぎっしりと大量に並んだ書架が幾列も収められた図書館内部の様なイメージが湧いてきている。


 いわゆる瞑想上の図書施設。


「よし、うまくイメージできた」


 そう、校閲はそれぞれが脳内に図書館のようなイメージの瞑想空間を持っており、そこで独自に校閲修行をして校閲の魔法技術を伸ばしたり、既存知識の確認や整理、知識どうしの錬成、調合などをすることも可能なのだ。


 リクオは古びた書架のひとつから、ほこりを被った一冊の校閲指南書を選び手に取ると、パラパラとそのページをめくっていった。


 その様子はあたかも一時的に忘れていた記憶を再び辿り、懐かしそうに思い出しているようにも見える。


 やがて、読み終えたそれを書架に収めると、青年は再び新たな指南書を別の書架から取り出す。

 こう見えて、いま彼は瞑想の図書館内で、めまぐるしく湧いてくる新たな知識を冷静に処理、整理、調合しているのだ。


 これには極度の集中力が要求されるため、一定のリズムが刻まれるだけの馬車の荷台など静かな場所が好ましい。


「ふむ、落丁本についての校閲法か……。このあたりの校閲技術も調合、整理しておくか。最悪の場合は付け焼刃の知識になるが、このへんなら馬車が街に着くまでには会得できる範囲だろうし」


 結果として、辺りの景色が再び姿を変え、街の様子がその目で確認できるようになる頃には、事前に予想したとおり、リクオはすでにある程度の落丁本にも対応できる独自の校閲スキルを身に着けていた。

 もはや意識は現在に戻ってきている。



「まぁ、落丁本の校閲に関してはかなり限定された状況下での技術だからそれほど使用頻度はないだろうけど知識は少しでも多くあったほうがいいだろう。少しの時間だったが、かなり得した気分だぜ」



 そうつぶやくと、リクオは小さくほほ笑んだ。



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