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取引と条件

 そう。リクオは遠方にいるブラッドマリスから発信される連続性のある殺意を危惧していたのだ。

 先手必勝というわけではないが、彼は遠方から送られてくる刺客に次々に攻撃されて防戦一方に追い込まれる前に、本体の居所をつかんで叩いておこうという気持ちでいた。


 だが、この考えには少し安易な面もあり、いまこのタイミングを逃せば、敵側にもある程度の見通しが立って、別の対応策を練ってくるに違いなかった。

 だからこそ、いまこの状況で素早く情報を仕入れ、迅速な行動で容赦なくブラッドマリスに近づき鉄槌を下す必要があるのだ。


 相手方も自分が叩かれるリスクを承知のうえで襲撃してきている以上、リクオたちは少々手間取ってでも、ブラッドマリスの居所を知るこの下級傭兵を懐柔する必要があった。

 さもないと、ブラッドマリスを叩くどころか、本来の旅の目的も安易に達成できなくなる可能性があるからである。

 だから、ここは忍耐すべし。


 ……という訳で。

 リクオはこの下級傭兵に新たに条件を提示してみることにした。


「ではこれならばどうだ? ブラッドマリスの居場所を吐くなら、対価としてあんたが校閲してほしい一般小説を一冊だけ、元、上級校閲の僕が校閲してやるよ」


「……だめだ」


 しかし、男はこの条件にも首を縦に振らなかった。


「じゃあ、二冊どうだなら?」

「拒否する」


「三冊だ。出血大サービスだよ!」

「拒否する」


「四冊。超特価お買い得セール!」

「拒否」


「じゃ、じゃあ、五冊。首つり覚悟の大感謝祭!」

「無理」


「……がくっ」


 結局、男は条件を呑まなかった。


 仕方なしにリクオは尋ねる。


「じゃあ、どういう条件なら呑めるんだ?」


 すると、男は少し得意そうに笑って言った。


「あの娘の居場所は教える。その代わり。ブラッドマリスが収集し、とある神殿に隠しているビブリオンの音読聖典全五巻を彼女にばれないうちに、それぞれ校閲してもらいたい。ワシの望みはそれだけだよ」

「……ふむ。あんたの意図は全く分からん。だが……、いいだろう」


 青年は傭兵の出した条件を即座に受け入れることにした。


「な、な、な! おまえはいまなんと言いましたか!? ブラッドマリスがすでに、音読聖典を全巻集めているっていうのは……。本当なのですか!?」


 リクオの傍ら、デイズは驚いて身を乗り出している。


「……本当だ。せいぜい一兵卒だから、ワシも詳細は知らない。だが、おそらくやつは世界各地を巡っているうちに偶然にも全巻を揃えたのだろうよ。今、やつが潜伏している街の神殿に全五巻の聖典は校閲されるときを待って眠っているはず」


「と、ということは、やつが校閲を済ませた聖典を全巻、音読了した時点で永久魔法エネルギーはやつの手に……。そして世界は……」


 デイズの顔から血の気が引いていく。


「聖典のノベルエフェクトである永久魔法エネルギーを邪悪な者が手に入れれば、世界を掌握することもできる。それを阻止したいのならば少し急いだほうがいいだろうな。おまえたちの襲撃をワシらに依頼したのは少しでも不安要素を減らすためかもしれん。だが、幸いなことに、大量の傭兵を刺客として送り込んだ依頼主はいま、少々油断している」


「……おまえは本当にただの下級傭兵なのですか。それに、なぜやつが油断しているなんて分かるのですか!?」


 デイズの質問に、傭兵は外套をゆらゆらと揺らしながら笑った。


「なぜって? 理由は簡単だ。やつは音読聖典を解放する技術を持つ上級校閲をマイペースに探しているとワシらに言っていた。つまり、彼女としては、敵はすでに始末したも同然と考えている。だからこそ校閲探しをそう急いではいないのだろう。それに上級校閲はいくら金を積んでも、なかなかお目にかかれない存在だ。あいつが校閲を探すのと同時に、小説やバケットの強奪をいたる所で繰り返しているのは、まず上級校閲を雇う資金を事前に調達しておくためなのだよ。さすがにワシラみたいな下級傭兵を雇うのとはわけが違ってそれなりの金が必要になるからなぁ。はは」


「なるほど。ベルナンダールに入国する前に、やつがアララミの国でわたしを襲ってきやがったのは、そういう理由だったのですか。ならば、やつはまだ上級校閲を雇えるほどには資金を持ってはいないと?」

「それでもだ。このままやつを放置しておけば上級校閲が連れてこられるのも時間の問題だろうな。はははは」


 一方、マイペースにそっぽを向くグリモワルスはふわーっと息を吹いて、キセルから巨大なシャボン玉を造りだした。


 森に浮かんだシャボン玉はふわり、ふわりと辺りの情景を反映させてゆっくりと漂い続ける。

 それが弾ける頃。


「……ブラッドマリスは、アプダラスという街にいる。時代の恐慌とは、それほど縁がない者が多い比較的富裕な街だ」


 男はあっさりと情報を漏えいした。


「ふむ。……アプダラスか。それだと、森を出てすぐの辻馬車乗り場から行くのが良いかもしれないな」

 リクオは険しい表情でつぶやく。


「そうですね。そこで馬車に乗り込みましょう。時は一刻を争うかもしれません故、急がねばなりません」


 デイズはそれだけ言うと一同の先頭にたち、すでにその『アプダラス』にむけて足早に歩き始めていた。


「あーっ。おい、ちょっと待ってよデイズ」


「……シャボン玉。ふわり」


「…………」


 残りの者たちは先急ぐ魔道騎士少女に置いて行かれないよう、彼女の背を慌てて追いかけたのだった。


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