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マリスの居場所


 ◆◇◆






「……という訳でして。はうっ、長くなりましたね」


 ようやく語り終えたデイズは深く嘆息した。

 しばらく、どこかうわの空で語っていた彼女の意識は、今度こそ現実世界に舞い戻ったようである。

 いや、この場合は、話が終わり強制的に現在に引き戻されたといったほうが正しいのかもしれない。


「ふむ、なるほどね。おかげで色々なことが分かったよ。デイズが放浪の旅をしている理由も含めて。要するに、利益独占を狙ってマリスが師匠を殺したけどそのことが、かえって裏目に出てしまったということか」


 魔道騎士の少女の話を聞いて、リクオは少し思考するように唇に指を当てた。


「そうですね。最後の音読聖典を入手する機会をみすみす逃すことになりましたからね。でも、犯人は間違いなくマリスなのです。師匠の部屋は、マリスが扉を蹴破るまで、施錠されていて完全な密室だったと、バルザックだけでなく当時の従業員も証言していました。まぁ、事件から一週間後にそれらの部屋も室内工事によって改修されてしまったと聞くので、いまは証拠の一つすら残ってはいないのでしょうけれどね。あやつが起こした過ちとはいえ、わたしにも悔いは残ります」


「……無念……だよな」


「ええ。もちろん」


 デイズの返事を聞いて、青年は心を痛めているような表情で目を伏せる。

 一方、グリモワルスはというと、


「……グリ、推理してみようかな。少なくとも、マリスが犯人だとは限らないし思わない」


 いつの間にか探偵のようにおもちゃのキセルを口にくわえて、プカプカと煙を吹かせはじめていた。

 彼女は書物になっている間は、別次元に行くことが可能であり、まれにそこから使い道の分からないアイテムを拾ってくることがある。おそらくこのキセルもどこかの次元で気に入って持ち帰ってきた品の類なのだろう。


「やっぱり、こやつ。変な娘なのです」


 デイズは、相変わらず無感動なグリモワルスを一瞥して、拍子抜けしたような表情を浮かべた。


「確かに変なやつだけど、こう見えて、グリモワルスはかなり優秀な頭脳をしているんだよ。ただ、本質が魔導書なだけにかなり気まぐれだから、そこがたまに瑕だが」


「ほう、なるほど」


「でも。いまの話を聞いて、彼女なりに興味を持ってくれたみたいだね。案外、旅の途中になんらかのヒントをくれるかもしれん」


「三分の一程度に期待しておきますか……」


 自由気ままなグリモワルスの様子を二人は感慨深げにみつめる。

 その場には、先ほどの話の余韻が未だに残っているようだ。


「さて、と」

 そうこうするうちに。

 デイズが視線を別の方向にむけた。


 彼女の目線の先には、相変わらず倒れたままで、指先ひとつ、まったく微動だにしないあの男の姿がある。



「…………」



 先ほどまで尋問されていた、魔法使いのごとき外套の狙撃者だ。

 魔道騎士の少女は、そんな男を忌々しげに見下ろす。


「…………」


 だが、そのうち。

 この変化のない状況に我慢できなくなったのか、


「さすがに起きろです、この布きれ怪人芸人! いつまで死んだふりをしてやがるのですかっ!」

 デイズは男の背中をブーツで情け容赦なく踏んづけた。


「あぎゃああああああああああああああああ」


 この攻撃により、それまで懲りずに死体のふりを続けていた狙撃男は再び悲鳴をあげて息を吹き返す。

 で、間髪入れずにデイズは男に問う。


「さて……。貴様を叩き起こしたのは他でもありません。襲撃の依頼を請け負った以上は知っているはずですよね? その場所を」


「なんの場所だよっ!?」


「ブラッドマリスの居場所ですよ」


「知らないね」


 男はうんざりとして首を振った。


「ほう、そうですか……。せっかく質問しているのに、こちらとしては非常に気分が悪い回答なのです」


 やけに抑揚のない声。


 デイズはチッ、と舌うちして露骨に不快そうな表情を浮かべた。


「では、死刑で……」


「おっと! まぁ、抑えて」


 少女が何かを宣告しかける前にリクオが割って入る。

 そして、青年は交渉下手なデイズに代わって男に提案をした。


「じゃあさ、下級傭兵さん。こちらもタダにとは言わない。もし、ブラッドマリスに口止め料を支払われているならば、それ以上の対価を支払うよ。それならば、そいつの居場所を教えたって損はないだろう。どうだい?」


 この提案を受けた男は、最初は警戒したようにリクオを見つめていたが……、やがて。


「先に対価を提示してからにしろよ。それにもよるが、あの娘の口止め料より条件が良ければ考えてやらんでもないわい。ははははは。まぁ、ワシも商売だしな」


 ぞんざいにそう言い放った。


「おのれ、貴様。コラアっ! こっちが黙っているからって、あんまり調子にのっていると、いまに叩き斬ってやりますの……」


 男の無礼な態度に憤慨して、背中のマジカルロングソードに手を掛けようとするデイズ。

 しかし、リクオは「まぁ、落ちつけよ」と、少女をなだめて平和的な解決をするように促した。


 あたかも取り調べのような空気感。


「……うくっ。リクオがそう言うのならば仕方ありませんね。本当はぶつ切りにしたいところですけれど」

「それはダメだよ。無駄な血は流さないで済むなら、当然そのほうが良いに決まっているだろう」

「ならば。手は出さないでおいてあげましょう。で、でも、今回だけですよ!? 特別なのですからねっ!」


 デイズは頬をほんのり紅潮させて、ビシっとひとさし指を青年につき出す。


「……あの、もしや。それはツンデレというやつなのかい? タイミング、かなり間違っている気がしないでもないけれど」


 リクオはきょとんとして不思議そうに彼女を見つめる。


「か、空振り」


 少女は恥ずかしさのあまり顔を伏せてしまった。


「デイズ。……物事にはタイミングがある……。デイズはどちらかというとドジっ娘。……だから、朝、トーストを口にくわえて……リクオのいる十字路を一心不乱に走るほうがおすすめなのです」


 今度は、グリモワルスがおもちゃのキセルをぷかぷかと吹かせながら、無感動な口調で少女に説明した。

 まさしく、テンプレの裏が垣間見えるセリフにデイズは、


「グリモワルスにまで注意されるとは……、もはや末代の恥です。朝まで泣きたいです。もはや、わたしはトーストくわえて走るしかないのですね。がくっ……」


 ショックのあまり力なくうなだれる。


「すまん」


 リクオは苦笑した。

 さて、彼がデイズにくぎを刺してまで、わざわざ平和的解決にこだわる理由。

 それには、敵が報酬で雇われているだけの下級傭兵であることが関係している。


 今回のように、相手が洗脳されていない傭兵。

 あるいは、それほど熟練ではないような日雇い兵士などの場合、依頼人に忠義を尽くすと口では言っていても、彼らもあくまでその場しのぎの商売として傭兵業を営んでいる場合が殆どなのである。

 つまり、商売である以上は情や忠義より、利益優先。


 より良い条件をこちらから提示してやれば、彼らが能動的に所属先を変えるなど十分にあり得ることだった。


 今回のこの男も、依頼主にさほど忠誠を抱いている様子はない。

 このような場合、わざわざ血を流さずに済む可能性は初めから高いのだ。

 もちろん、理由はそれだけではない。


 万が一にでも、この男がブラッドマリスの居場所を白状することのないまま絶命してしまえばリクオたちはもはや、それ以上、追跡のための手がかりをつかめなくなる。

 そうなれば、完全に相手側の思うつぼだ。


 ターゲットの生存を知った依頼主は、新たな刺客や偵察者を代わりに送ってくるか、戦闘兵器や罠を行く先々で仕掛けてくるだろう。

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