Side:Rolly それを運命と呼ぶなら
ミリアの助けを得て『御伽の森』を出たローリーは、学園都市リブーリアの入口で険しい顔をしている少年を見つけた。
「何やってんだ、アルフ」
ローリーが声をかけると、少年――アルフは、厳しい顔を崩さないまま近づいてきた。
「それを聞きたいのは俺でしょう!? 勝手に森に入って! 全く、殿下に何かあったら俺はどうしたらいいんですか」
ガミガミ説教をするアルフにうんざりしつつ、ローリーはなだめるように手を振った。
「まあ落ち着けって。ちゃんと戻って来れたんだからいいだろ? 後、学園で殿下は止めてくれ」
アルフはローリーと同い年の十五歳。アッシュグレイの髪にモスグリーンの瞳を持ち、細い銀フレームの眼鏡をかけている。リブーリア魔術学園の制服を少しの乱れもなく着こなしている彼は普段はローリーの従者だが、今は学園内での護衛も兼ねてルームメイトとして同じ魔術学園で学んでいた。ローリーとしては彼と友人のような付き合いをしたいのだが、真面目で堅物過ぎるのが悩みの種だ。
アルフはまだ不満げにぶつくさぼやいていたが、はあっとひとつ溜め息をついた。
「失礼しました、ローリー。しかし、『御伽の森』でよく迷いませんでしたね? あの森は地元民でも迷って帰れなくなるという噂らしいですが」
「それが、たまたま出会った女の子が助けてくれたんだ」
訝しげな顔をするアルフに、ローリーは森でミリアに会ったことから一通り話した。
アルフはなるほど、と頷いた。が、その顔はあまり納得していないようだった。
「それにしても不思議な少女ですね? 薬草を集めるためとはいえ、森の中をよく知っていて、しかも魔物を連れているなんて」
確かに、森は危険なので、ローリーのような魔術具を自作する物好きを除いて、入る人は滅多にいない。しかしながら、ミリアは『御伽の森』で迷わないほど森をよく知っており、魔物と仲良くなるほど何度も森に入っているのだ。
それは、シャルムラーメ王国の常識を考えれば不可思議なことである。しかし、ローリーには多少思う所があった。
「確かに森に入る人は少ないけど、男性ならともかく女性なら森の薬草で生計を立てている人もいるんじゃないか? 危険でも、この国の状況じゃ、生活のためにって人は結構沢山いるのかもしれない」
シャルムラーメ王国は男尊女卑の激しい国である。男性しか魔術師になれないことをはじめ、学業、就職においても男性が優遇されている。まともな職にもありつけず苦しむ女性が多いことはリブーリアでもよく耳にしていた。
ローリーはそのことを聞くたびに、どうにかこの現状を変えられないのかと思う。魔術師は特に傲慢で、権力を振りかざして女性達をこき使うような人も多い。魔術やその研究によってこの国が発展してきたことは事実だが、もっとより良い方法があるのではないかと思うのだ。
(ミリアもまだ僕と同じくらいのようだったし、今は『御伽の森』について良く知っていて、魔物とも仲良くしているけど、昔はもっと怖い思いをしたこともあるんじゃないか)
ミリアのことを思い出すと、ローリーは胸が苦しいような温かいような、不思議な気分になる。先程アルフが「殿下」と呼んだことから分かるように、彼はシャルムラーメ王国の第二王子として生まれた。誰もがローリーを王子としてしか見なかったし、彼が王子らしくあるように望んだ。学園では友人らしき人もできたものの、一定の距離を置いて接してくる者がほとんどである。一方ミリアはローリーが王子であると知らないせいもあるが、普通に接してくれていた。人と接し慣れていないのか多少警戒した表情をしていたものの、ローリーの話を楽しそうに聞く興味津々な姿はとても可愛いと思ったし、魔術を見せて褒めてくれたときは、思わず飛び上がってしまいそうなほど嬉しかった。
(ミリアともっと仲良くなれたなら)
そう心から思う。彼女の裏表のない素直な笑顔をもう一度見れたなら。あの楽しく幸せな時間をもう一度過ごせたら、それ以上嬉しいことはない。
「まあ、今回はその少女に助けられたから良しとしますけど……。今度森に行かれるのでしたら俺もついていきますからね!」
アルフの一言でローリーは我に返った。またミリアと会いたいのに、ついてこられるなんてたまったもんじゃない。露骨に嫌な顔をすると、アルフは呆れた顔で深々と溜め息をついた。
「そんな嫌な顔をして……。全く、少しは自覚してください。貴方はごく普通の学生でも王子でもない、れっきとした王位継承者なんですからね!」
そう、ローリーは第二王子であるにも関わらず、兄王子をおいて次期王位継承者だった。それは、彼が類まれなほど強大な魔力を有していることも理由のひとつだが、それだけではない。
ローリーの本名は、ロレンツォ・ヴィ・アルナリス・シャルムラーメ。
その名は歴史上最強の魔術師「大魔術師」と同じだ。
ローリーは王国の祖であり全ての魔術師の尊敬の対象でもある、「大魔術師」の転生者として生まれたのである。