Side:Liam 守るべき誓い
太陽が天頂へ昇る頃、リアムはミリアとともに自宅へ帰っていた。
リアムは、先を歩くミリアの後ろ姿を見ていた。最近、彼女は益々マデリンに似てきたと思う。ふわりと微笑む優しげな眼差しなど、一瞬かつての彼女を思い出してはっとすることが度々あった。
(容姿がよく似ているのは分かっていたことだが……)
事情を知っているとしても、未だ幼い彼女にかつてのマデリンの面影が見えるのは驚くべきことであった。
そして、はっとする度にリアムは思う。今度こそミリアを守りたいと。未だ消えぬ苦味とともに残る、かつての間違いを繰り返さないために。
静かに決意を固めていると、ミリアが声を掛けてきた。
「そういえば、昔は他の場所にも魔女が住んでいたらしいわね」
ミリアは今、魔女の塔でこの国と魔女の歴史を学んでいる。塔の蔵書室には、かつてマデリンたちが研究のために集めたり自分で書いたりした本が収めてある。ミリアは魔法の勉強にそれらの本を使用していたのだが、たまたま歴史書を見つけたらしい。興味を持ったミリアは、魔法の勉強と並行してそれらの本も読むようになったのだ。
歴史書に限らず、ミリアは蔵書室のほとんどの本に興味を示す。彼女曰く、地下室以上に様々な本があることが嬉しいらしい。地下室にも本は多くあったが、蔵書室に置けない変わった本が多い上に、地下室にいた頃のミリアは、文字は読めても意味が分かっていなかったので、言葉の意味を理解したことで、本を読む楽しさを改めて感じているようだった。
とはいえ、未だミリアに理解できない言葉は多い。ずっと地下室にいたため知識も経験も足りていないのだ。それらを補い、理解を助けるために、魔女の塔全体を管理し、あらゆる知識を持つ魔法人形であるユマとサリアが講義しているのだ。
リアムはミリアが講義を受けているのを見ているだけだが、大体どんなことを学んでいるのかは知っている。今日は魔女の塔以外に住んでいた魔女の話だったのだ。
リアムはミリアの言葉に頷いた。
「ああ、魔術師が王国の中心に立つ前は、魔女もあちこちにいたらしい」
現在、リアムらが暮らす『御伽の森』を含むシャルムラーメ王国は、魔術師と呼ばれる人々が政治の中心を担っている。魔術師も魔女と同じく魔法を扱うが、王国は魔術師を男性しか認めていない。他にも違いはあるらしいが、とにかくはっきりしているのは王国を動かす魔術師が魔女と敵対しているということである。
魔術師と敵対するようになってから、魔女は彼らに見つからないように、ひっそりと暮らすようになった。リアムは魔女の塔ができた経緯を詳しく知らないが、恐らくマデリンたちも魔術師を恐れて、森の中にあるこの塔で過ごすようになったのだろう。
ミリアは思索にふけるように虚空を見つめていた。糸でも手繰り寄せているかのように、慎重に疑問を口にする。
「今も、この塔以外に魔女っているのかな」
「塔以外に? 聞いたことはないが……」
少なくとも、御伽の森では、ミリア以外の魔女を見たことがない。リアムは御伽の森をでたことがほとんどない上、マデリン達からも、他の魔女の話をほとんど聞いたことがなかったのではっきり断定することはできないのだが。
「もし、どこかにいるのなら会ってみたいわ」
ミリアは夢見るように呟いた。
「一番会ってみたいのはお母様や塔の魔女だけれど、もう会えないもの。それならせめて、どこかで今も生きている魔女に会ってお話してみたいわ。もしかしたら、お母様のことが聞けるかもしれないし」
わくわくした様子のミリアを見て、リアムはこっそりため息をついた。楽しそうなのは大変良いことなのだが……。
「あのなミリア、あれこれ考えるのはいいんだが、最初からあんまり期待すんな。まだ他に魔女がいるかも分からないんだぞ」
ただでさえ魔女は魔術師に迫害を受けてその数を減らしている。たとえいたとしても、本当に会って話ができるかも分からない。最初から期待しているよりは、いないかもしれないと考えていたほうがショックも少ないし警戒もできるだろう。
ミリアもすぐに分かってくれたようで、渋々だが頷いてくれた。
「分かってるわよ。過度な期待はしないし、すぐに探しに行くなんてことも言いません。今は魔法の練習やお勉強の方が大事だし、そっちだって楽しいもの」
明日はどんなことを学べるのだろうと、ミリアは嬉しそうに微笑んで歩き出した。その笑顔を見ると、リアムも何だか嬉しい気持ちになってくる。
少しばかり突っ走ってしまうところはあるが、好奇心旺盛なのはミリアの良いところだ。危なっかしいと感じることはあるものの、どんなことにでも興味を抱き、自分の知識が増えることを喜ぶミリアが、リアムは大好きだった。だから、ミリアが願うならどんなことでも叶えてあげたいと思うし、彼女が思うがままに進む道を守るのが、使い魔としての自分の使命だと考える。
(ミリアを俺に託したマデリンも、きっとそう望んでいるはずだ)
だからこそ、もう二度と間違うわけにはいかない。リアムは再度決意を固めながら、春風を気持ちよさそうに受けて歩くミリアについていくのだった。