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それは、神代の昔のこと。
月の神が一つ、森を生成した。そしてそこに己の使者を住まわせた。それらはそれぞれ森の守り神と化し、住人を生み出し共に生活した。
彼らは自然を操れる力を有していたため、月の神は争いが起きないようにと領土を区分し、領土間を行き来できぬよう閉ざした空間にした。中心に光、周りに火、水、風、雷を操る神となり、開かれ森が一つとなるのは月が赤く輝く闇夜のみで、その日には総ての住人が集まり森の平和を祈って宴が催された――。
闇が、目の前を覆う。神秘的な黒さではなく、毒々しく渦巻くような黒。
最近、これが私を襲う。冷汗が私の体を濡らした。急いで外に出る。薄闇の中で真っ白な狐の姿がはっきり見える。
「珀!連れて行って、湖へ!」
珀はすでに察知していたのか、準備は万端の様子だった。彼に跨る。すぐさまふわりと浮き上がり、湖へと向かっていった。
「またあれか?」
「ええ…とても嫌な予感がする。」
湖へ着くと、月明かりに照らされてきらきら光る水面に、顔をつけている男がいた。そばに降り立ち、男を水面から上げる。男は、死んでいた。
「毒…?」
「みたいだな。すごい匂いだぜ。」
珀には分かるみたいだが、ヒト型に狐の耳と尻尾を生やした姿をする私や住人たちは珀よりも嗅覚が劣る。
しかし、毒が川全体に回っているとすれば、またニンゲンの仕業だろうか。昔、光族らが生息していた場所には、今や力を持たず武器を使う部族、ニンゲンが占拠している。
月の宴の際、侵入してきたニンゲンは、姑息なことに寝ているところに毒をまき中央を消滅させた。そして人間が住むようになり、この森からは光が消えた。月明かりのみの森は薄暗く、闇に呑まれつつあった。
このニンゲンが武器づくりに際し排出したものが毒となり、閉ざされているはずの領土へと侵入してくる。今回は私たち雷族の森の川が侵されたということだ。
「ニンゲンめ…珀、この川に皆を近づけないように言ってきて。私は浄化できないかやってみる。」
「わかった。何かあったらすぐ知らせろ。」
珀が地面を蹴って飛び立ち、消える。
私は川へと対峙した。目を瞑り、自然の力を呼び寄せる。
すると手に光が宿る。淡い水色に反射する光。それをそっと川へと入れる。
そばに気配を感じた。
「浄化にはおそらく丸1日かかると思う。疲れたわ…」
私は意識を手放した。珀の柔らかい毛に包まれるのを感じた。