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1.田中 崇史

 二十三時十八分。

「まもなく、三番乗り場に──」

 電車は崇史の前で止まり、自動ドアが口を開ける。吸い込まれるように乗り込み、いつもの座席に腰掛けた。当たり前のように過ぎていく終電の光景だ。

 ドアが閉まり、ゆっくりと走り出す。それに合わせるかのように、崇史の口から大きな溜め息が漏れていく。

「はぁ……やってらんねー……」

 呟いた一言がガランとした車内に響く。誰も乗り合わせていない開放感からか、崇史の溜め息は止まらなかった。

 ふと思い出し、ポケットからスマホを取り出す。電話を掛けるためだ。この時間に帰るときは、必ず「あの人」に掛けることになっている。

「あ、もしもし。おやっさん、俺だけど」

 電話は繋がり、崇史から笑顔がこぼれた。

 おやっさんは、崇史が住んでいるマンションの近くで飲食店をやっている。今の仕事に就いたときから世話になっている店なのだ。親しくなった頃から、終電帰りの崇史のために夜でも一時的に店を開くと言い出し、その世話焼きに今も甘んじている。

「今いつもの終電~。今日もプロジェクトの構想練ってて残業だったんだよ。 ……で、晩飯にいつものメニューお願いします!」

 電話を切って景色を見てみると、暗い窓にニヤけた自分の顔が映っていた。頑張った自分にご褒美が待っているのだから、こんな顔にもなるものだ。

「腹減ったなー」

 そう呟いた崇史の声は、ちょっとだけ上ずっていた。

「まもなく、終点◯△駅……◯△駅です──」

 いつの間に寝てしまったのだろう。電車のアナウンスでハッと目が覚めた。気付けば終点、崇史が降りる駅だ。

「ご乗車ありがとうございました。お忘れ物に、ご注意下さい──」

 口を開けた自動ドアをくぐれば、そこは見慣れた景色だ。早く行こう、おやっさんが待っているのだから。



 駅から歩くこと数分、ぼんやりと灯りが点いた店が視界に入った。おやっさんの店だ。なんだか嬉しくなって少し早足になった。

「おぉー、やっと来たか崇史」

 店に入ると、おやっさんがいつもの格好で迎えてくれた。ちょっと焦げた肌にピンクのエプロン、変な髪型はドレッドヘアと言うらしい。ニカッと笑えば数本の銀歯が眩しかった。

「いつもの席に、いつものメニュー置いて待ってたぜ」

 そう言われて、いつもの壁際の席を見る。そこには出来たてのオムライスランチが置かれていた。崇史は、このオムライスランチが大好きなのだ。オムライスもさることながら、セットのオニオンスープとアイスティーも美味しい。まさに文句なしのメニューだ。

「サンキューおやっさん! もう俺、腹ペコなんだよ~」

 そう言いながら椅子に座って両手を合わせた。

「いただきまーす!  ……あー、マジ美味いわ」

 笑顔の崇史は、ひたすらオムライスを堪能する。まるで、初めて飲食店で食事をする少年のようだとおやっさんは思った。そしてふと、面白い話を思い出した。

「そういや客から聞いた話なんだけどよ。崇史は『真人(まなと)』っていう男を知ってるか?」

「うーん……聞いたことないけど、誰?」

「最近巷で人気の占い師でさ、そいつの占いが怖いくらい当たるらしいんだよ。しかも、これからどうすれば人生の道が開けるかアドバイスもしてくれるらしい。その代わり、人からの紹介じゃないと占ってくれないんだとよ」

「ふぅん……」

 興味がないのか信じていないのか、崇史の反応は薄かった。そんな崇史から反応を貰える一言、それは……。

「崇史お前、真人って奴に今の運勢占ってもらえよ!」

「は?」

「今、仕事でプロジェクト任されてんだろ? 少しでも不安要素を取り除く手段として、どうだろう」

「えぇ? うーん……」

 暫く崇史は悩んでいたが、最後には小さく頷いた。

「おやっさんが言ってくれたことだしさ、やってみるよ。だから、その真人って奴にアポ取っといて」

「おう、任しとけ! 色んなルートを辿って、連絡出来るようにしてやるからな」

 おやっさんが嬉しそうに笑う。崇史の力になろうと頑張ってくれているのが伝わってきた。正直あまり占いは信じていないのだが、やるだけならいいかと思った。 ──おやっさんから正式な連絡が来たのは、その二日後である。



「あー……暇……」

 今日は久々の休日だ。そんな崇史のスマホから大音量でお気に入りの着メロが鳴り響く。この着メロは……。

「よぉ、もしもし崇史? お前さん今日は休みだったよな?」

 案の定おやっさんだった。

「そそ、休み~。暇でさぁ、困ってんだよね~」

「はは、だろうと思って崇史に朗報。この前、真人って男の話しただろ? ついに連絡取れてさ、占ってくれることになったぜ!」

「え……」

 返事をしようとした崇史の口が止まった。正直、こんなに早く連絡が来るとは思っていなかったからだ。とはいえ、おやっさんがつけてくれた約束だから断るわけにもいかない。

「えっと……どういう話になったの?」

「うちの店の近くに公園あるだろ? とりあえずそこで待ち合わせすることになったんだが……お前、次の休みいつだ?」

「今週の土曜日だけど……」

「りょーかい。じゃあ、そのように最終調整しとくわ。また連絡するわ! じゃーな!」

 電話はブツッと切れ、待ち受け画面が表示される。なんだか忙しない電話だったように思う。

「マジで真人って奴に会うのか……」

 不安だらけだったが、後には引けなかった。

 十四時五十五分、土曜日、公園。崇史はベンチに座っていた。後に掛かってきたおやっさんの電話では、この公園に十五時に待ち合わせするようになっていたはずだ。トレードマークは青いパーカー、と聞いている。

「そろそろ来てもいいはず……ん?」

 ふと目に入った人物。青いパーカーの、男。誰かを探すようにキョロキョロしている。まさか、と思った崇史は声を掛けた。

「えっと、真人さんですか?」

「あ、はい。僕が真人です。貴方が崇史さんですね」

 声を掛けられた男性がニコリと笑った。思っていた以上に若そうで、青年というよりは少年に近い感じがする。

「早速占いたいところですが、まずは移動ですね。電話を頂いた山田さんの喫茶店に行きましょうか」

「は、はい」

 山田さんって誰だ? そう思いながらも付いて行く。しかし答えはすぐに分かった。

 少し歩くと見えてきた通い慣れた店。そう、おやっさんの店だ。てことは、おやっさんって山田って名前だったのか。初めて知った。

「お、遂にお出ましだなぁ」

 店に入ると、おやっさんが待ち構えていた。いつも崇史が座る席には、出来たてだと思われるオムライスランチが二つ。

「ランチも用意して頂いてるみたいですし、ゆっくり占っていきましょうか」

「おう、そうしてやってくれ。お代は要らねーからよ」

 ──こうして、遂に真人による占いが始まったのである。



「まず、崇史さんの苗字を教えて下さい」

「はい。田中です」

「なるほど、田中崇史さんですね。まずは名前から占っていきます。とはいえ、ただの姓名判断ですけどね」

 そう言って、真人は紙に名前と画数を書き込んだ。

「この画数によって、占いの結果が変わってくるわけですが……。まずは苗字の「田中」から見ます。画数は九画、「薄幸、消極的、孤立」を表します。正直、ご友人は少ないのでは?」

「まぁ、確かに友達はあまりいないですけど……」

 実際、本当に友人は少ない。人付き合いも得意ではないし、少ない友人と深く関わりたいタイプであるのは自覚していた。

「次に中間、「中と崇」の総画数を見ます。画数は十五画、「人徳、出世、順調」を表します。現在、お仕事が上手く進んでいるのでは?」

「上手く進んでる、というか……。今、仕事でプロジェクトを任されています」

 そのプロジェクトが上手くいけばいいですが、と崇史は付け加えた。占いのとおり、これはビッグチャンスだ。しかしリスクが大きいのも事実で、上手くいく保証などないのだ。

「次に名前の「崇史」を見ます。画数は十六画、「人望、逆転成功、大成」を表します。今回任されたというそのプロジェクト、努力次第では大成功する可能性が高いですね」

「ほ、本当ですか!」

 結果を聞いていた崇史は嬉しくなった。まさか、こんな良いことばかりを言われ続けるとは思わなかったからだ。

「次に名前の最初と最後である「田と史」を見ます。画数は十画、「多難、大凶」を表します。プロジェクト成功の鍵は、周りに流されず大きな賭けをしないこと。慎重に進めるべきでしょう」

「堅実にやれば、ってことですよね。はぁ、本当に努力次第ですね……」

 急がば回れ、というやつなのだろう。やはり良い内容ばかりではないな、と崇史は肩を落とした。

「では、最後に名前の漢字全ての総画数を見ます。画数は二十五画、「個性、才能、強運」を表します。苦労はするものの、根性で成功するでしょう。謙虚さを忘れず、周りへの配慮を心掛けると吉です」

「なるほど……なんか納得です」

 崇史は大きく頷いた。最初は胡散臭いと思っていたが、聞いていくうちに考えが変わった。それなりに当たっている気がするし、アドバイスも具体的。信じてみてもいいかもしれない。そう思った。

「ありがとうございました。おかげで、プロジェクトに取り組む不安がなくなりました」

「いえいえ、どういたしまして。と言いたいところですが、まだ僕の占いは終わりではないんですよ」

「え、そうなんですか?」

「はい。僕は姓名判断の他に、夢も占うんです。夢占いってやつですね」

 真人がニコリと笑う。よく笑う人なんだな、と崇史は思った。それくらい笑顔が印象的だ。

「まぁ夢占いをする前に、オムライスランチを食べてしまいましょう。用意してくれた山田さんに失礼になりますしね」

 そう言って真人はオムライスを頬張る。華奢だと思っていたが、見た目に反してなかなかの食べっぷりだった。崇史も負けじとオムライスを口に運ぶ。やっぱり、おやっさんのオムライスは絶品だった。

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