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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第1章 対澪包囲網!?
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対澪包囲網!? 9


「これは、けっこう良い勝負になるんじゃないかと思いますけど?」


 ほっぺを真っ赤にした実剛が言った。

 ちなみに自分で叩いたせいである。

 トリップしないために。


「そうですね。皆さんの反応を見ていてもそうだとは思います。ですが」


 一度、言葉を切る五十鈴。


「良い勝負になるだけですよね」

「……ですね」


 北斗市の黒毛和牛ステーキ。

 八雲町の名古屋コーチン卵とじ。

 そして澪豚生ハム。


 この三つのうちからひとつ選べと言われたら、悩む。

 大いに悩むだろう。

 しかし、判定で最初に脱落するのは澪豚生ハムだ。

 残念ながら。


 食べたものをことごとくトリップさせる美味。だが黒毛和牛も名古屋コーチンも、さらにその上をゆく。


「そうでしょうか?」


 半ば挙手するように発言を求めたのは、第三席の軍師、楓である。

 おそらく、この場にいるものの中で、もっともセレブな生活を送ってきた人だ。


「楓さん?」

「黒毛和牛、たしかに美味しかったです。生産者の方の情熱と愛情を感じる味でした。ですが、たとえばA5ランクの松阪(まつざか)牛や神戸(こうべ)牛には、わずかに届いていないとも感じました」

「なん……だと……」


 ぐっと詰まる実剛。

 この人は、そんな次元で比較していたのか。

 いや、そもそも楓が例に出した牛肉は、この肉をも上回るというのか。

 おそるべし。ブランド牛。


「名古屋コーチンも同じです。もちろん文句の付けようもなく美味しかったですが、ブレス鶏には届いていないと思います」


 ブレス鶏とは、フランスはブレス産の地鶏である。

 ()の美食の国において、唯一、原産地統制呼称(AOC)を許された鶏。

 味も値段も世界一と呼ばれる鶏肉だ。

 楓の話は続く。


「そして澪豚も、たとえばイベリコ豚や金華(きんか)豚には届かないでしょう。素材面での優劣は、この三者にはほとんど存在しません」


 いずれも最高級といわれる食材には及ばない。

 という一点において。


「非礼を承知でお尋ねします。実剛さま。あなたは本当に澪豚と北斗市の黒毛和牛を比較しましたか? たんに豚肉は牛肉に及ばない思っただけなのではありませんか?」

「なっ!?」


 ハンマーで思い切りぶん殴られたような衝撃を、実剛は受けた。


 その通りだ。

 国産の黒毛和牛は高級食材。

 澪豚の価格とは比較にならないほどの値段だ。

 ならば、豚肉は牛肉に劣るのか、という話である。


「値札についたゼロの数ではものの価値は計れない。わたくしはそう愚考いたしますわ」


 澪を代表する食通(グルマン)の言葉。

 試食会の参加者たちに染み渡っていく。

 真理だ。

 正論だ。


 あるものは頷き、またあるものは反芻(はんすう)するように呟いている。


「でも楓さん。豚肉と牛肉が並んで出されたら、みんな牛を選んじゃうんじゃない? まして黒毛和牛とか名古屋コーチンなんてブランドを出されたら」


 反論するのは美鶴。

 軍師としての意見だ。

 違う方面からのアプローチというのは、彼女らの仕事なのである。

 実際、楓が実剛に反論したのだって、そういう側面が存在する。


「その通りですわ。美鶴さま。同じ価格(・・・・)で並んだら、澪豚の苦戦は必至でしょう」

「あ……」


 絵梨佳が声を出した。しばらく前、函館まで焼肉の材料を買いに行ったときのことを思い出したのである。


「実剛さん」

「うん。飛騨牛のヒレ肉は、百グラム二千八百円だったよ」


 視線を向けられた実剛が頷いてみせる。

 対する澪豚生ハムに使われたモモ肉は、百グラム百二十円。

 それが答えである。


 北斗市にしても、八雲町にしても、べつに材料が無料(ただ)で手に入るわけではない。

 当たり前のように、生産者から買わなくてはいけないのだ。

 そこから加工して、調理して、料理として完成させる。

 この過程にだって当然のように金がかかる。


 まっこと世の中は、金がなくてはなんにもできない。


「ただ、安価であるというのだけが売りでは、澪も(かなえ)軽重(けいちょう)が問われてしまいます。ここから話が技術論に移っていくわけですが」


 楓が五十鈴と山田に視線を送る。

 心得顔で頷く二人。

 副シェフが厨房に消え、すぐに大皿を持って戻ってくる。


「澪豚生ハムとズッキーニとルッコラのピザです」

「ピザ? せっかくの生ハムを焼いちゃったんですか?」


 絵梨佳が驚愕する。

 その横では、佐緒里が残念そうな顔をしていた。


 ピザにするならベーコンで充分だし、じっさいその方が美味い。

 生ハムを焼いたところで、しょっぱくなるだけである。


「はっはっはっ。澪豚の潜在能力(ポテンシャル)を、そんじょそこらの豚肉と一緒にしてもらっては困りますね。どうぞ召し上がりください」


 自信満々に山田が言い、試食人たちが大皿に手を伸ばす。

 薄焼きの生地。

 ソースの芳醇なトマトの香り。

 ズッキーニとルッコラが爽やかさを添える。

 そして。


「深いな。これは」


 思わず呟いてしまう鬼姫。

 なんという深み。

 なんという奥行き。

 主役としての生ハムではない。すべての味を際立たせるための、脇役としての澪豚。


「そうか。そういうことだったのか」


 主演だから、主人公だからえらい(・・・)などということはない。

 むしろ、主役が輝くのは、脇を支える助演の名演技があってこそ。


「これが潜在能力ですか。山田シェフ」


 参った、と、表情で語りながら、実剛が副料理長に話しかけた。


「はい。牛肉と鶏肉が届けられたとき五十鈴シェフと話し合ったのです」


 主役の取り合いでは、いささ分が悪いと。

 ならば発想をかえて、脇役に徹してみるのも面白いかもしれないと。

 その手段のひとつとして、ピザである。


「相変わらず、やりますねぇ」

「まあ、脇役に主役が食われてしまうってのも、ありかと」


「耳が痛いです」

「ん? なんでですか?」

「気にしないでください。ただのタワゴトです」


 苦笑しながら、実剛が再び仲間たちを見まわす。

 勝っても負けても良いお祭り騒ぎのイベント。

 だからといって手を抜くわけにはいかない。

 敵は強大だ。


 もしかしたら勝てないかもしれない。

 負けてしまうかもしれない。

 それはいい。


「百戦して百勝するってわけにはいかないからね。だけど、負けるにしても全力を尽くした結果でありたいよね」

「ご下命、賜りました。御大将(おんたいしょう)


 おどけた仕草で妹が一礼する。

 我らが次期魔王、我らが御大将の意志は示された。


 勝敗にはこだわらない。

 だが全力は尽くそう。

 このグルメイベントに対する澪のスタンスだ。

 大仰な言い方に肩をすくめる実剛。


「じゃあメニューの策定に入ってください。五十鈴さん。山田シェフ」


 イベントは九月の半ば。

 まだ一ヶ月半はあるが、実質的な準備期間はもっとずっと短い。

 あまりのんびりもしていられないのである。


「素材は生ハムで考えて良いんですか? 実剛さん」


 五十鈴の質問だ。

 実剛が頷く。


「ひとつはそれで。でも加工肉じゃないものも、ひとつはあった方がいいかもしれません」

「わかりました。ちょっと考えてみます」

「その顔は、すでに腹案がありそうですね」

「まだ内緒です」

「楽しみにしていますよ」


 笑いあう。

 敵の実力の一端は判った。

 あとは自らを高めてゆくだけだ。


「んあー 話はまとまったみてーだな」


 タイミングをはかったように暁貴が近づいてくる。


 意見もいわんと、なにやってたんだ。この不良中年は。

 という視線を向ける次期魔王。

 現魔王陛下は、そんな甥の視線などどこ吹く風だ。


「わりーんだけどよ。酒と料理の追加たのまあ。そろそろ」


 なにいってやがる。

 今日は試食会であって宴会じゃないぞ。

 大人チームのテーブルに視線を送った次期魔王が、軽く絶望した。


 食ってやがる。

 飲んでやがる。

 先ほど山田がもってきた生ハムの原木は、ほぼ骨だけの状態だ。

 試食って次元を、ちょっとびっくりするくらい超えちゃってるよ。


「……弁解の余地なしですね。自ら裁いてください。伯父さん」

「えー? じゃあ無罪」

「まったくそういう意味じゃありませんよ」


 自らを裁く。

 これはつまり、自裁(じさい)を命じる言葉である。戦国時代とかなら、腹を切れ、というのに近いだろうか。

 べつに、ひとりぼっちで裁判ごっこをしろといったわけではない。


「うん。知ってた」


 もちろん魔王は、知っていて次期魔王と遊んでいるのである。

 処置なしであった。



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