表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
最終章 そしてまた幕があがる
71/71

そしてまた幕があがる 11


「各国の諜報機関の動きが慌ただしいですね」

「だろうな」


 澪町役場メディア対策室。

 通称は影豚。


 報告された言葉に、依田が重々しく頷いた。

 澪が手に入れた二機の戦闘ユニット(ビヤーキー)について、たとえばアメリカやロシアが興味を示さないわけがないし、そもそも、入手に先立つ試合(・・)について知らないわけがない。


 監視衛星なりなんなりで、まず最優先に探るのは澪の動向だろう。

 じっと観察されているに決まっている。

 二十四時間態勢で。


 女性陣など、うっかり温泉の露天風呂にも入れやしない。

 もちろんそんな解像度のカメラがあれば、という話だが。


「澪が蓮田氏からビヤーキーを買った。自分たちも交渉次第では買えるのではないかってとこですかね」

「面白いから、交渉させてみたいがな」

「室長もだいぶ毒されてますねぇ」


 人の悪い笑みを浮かべるハシビロコウ。

 混ぜ返すように言って、佐藤が肩をすくめる。


 ハスターとの交渉に入るまで、澪は戦々恐々としていた。

 明らかに勝てない相手。滅ぼされちゃうかもっていう恐怖。

 なんとか友好関係を結べた今だって、こころが張り付きで機嫌を取っているのだ。


 もちろんそれは嫌々やっていることではないが、怒らせてはいけない相手だって事実は、まったく一ミリグラムも動いていない。


「なんというか、巫たちが楽しそうにやっているのをみて、米ロが簡単そうだと思ったのなら、是非やって欲しいだろ?」

「で、怒らせて合衆国が地球儀から消えるんですね。ここまでは見えました」


 大昔から、アメリカではUFOを撃ち落としたとか、宇宙人を捕まえたとか、そういうばからしいネタがたくさん転がっている。

 両腕を抱えて写真を撮ったりとかね。


 あんな扱いをハスターにしたら、ちょっと洒落にならないことになってしまうだろう。


 地球と地球人を大切にしてくれているといったって、べつに恒星間国家連盟(リーグ)に所属する仲間として、同格に扱っているわけではないのだ。

 失礼なことをして怒らせたら、アメリカくらい平然と消しちゃう。


 地球人は七十億くらいいるんだから、三億ちょっとくらい消したってたいした問題にもならない。

 そういう次元に存在する相手なのである。


 ぶっちゃけ、神さまなんかよりもスケールがでっかいのだ。


「ディストピアなんか誰も望みませんからね。アメリカさんやロシアさんが馬鹿なことをして蓮田氏を怒らせないように、我々で監視しないといけません。考えると馬鹿馬鹿しくなりますな」


 補佐席で両手を広げるのは田中二等陸尉。

 自衛隊からの出向組で、魔王のネットゲーム仲間である。

 所属そのものは日本政府だが、澪とのシンパシィはかなり強い。


 今後、アメリカやロシアがハスターの身柄を確保しようと動く可能性がある。

 ビヤーキーを手に入れて研究しようとする可能性も、かなり高い。

 むしろ可能性の話ではなく、すでに水面下で動き出している。


「具体的には?」

「旅行者を装って北海道入り。そのまま観光で澪へ」


 今週末までに発行されたビザから逆算して、アメリカから二十名。ロシアから二十五名。中国から四十四名というところだ。

 と、影豚のひとりである佐々木が申し添える。


 各国の諜報機関が慌ただしくなってきた。

 陰謀の季節(シーズンオブスキーム)が終わり、太陽の季節が過ぎ去り、ふたたび謀略の季節が巡ってくる。


「退屈しない街ですよ」


 不敵に笑った佐藤。

 強大な敵。次々に沸き起こる暗雲。ぎりぎりの綱渡りで鎬を削る。

 これだから影豚はやめられない。


 しかも想い人はこの街の幹部の一人娘で、能力者ときた。

 恋のライバルは頭脳集団(シンクタンク)のリーダー。

 わくわくしなかったら、男がすたるってもんだろう。


「みんなー おやつもらってきましたよー」


 そして格好つけてる男どもを台無しにするような声が響き、ニキサチが入ってくる。

 でっかい箱を抱えて。


 ちなみに中身はケーキだ。

 箱で判るさ。

 大好物だもの。


 ヴァチカンからやってきた神の戦士たちは、魔王の方針にしたがって仕事をもった。

 戦闘員としてではなく、澪に暮らす人間のひとりとして。


 で、そのなかの女性たち十人ほどで、なんと洋菓子屋を始めたのである。

 店名は『あんじぇ』。

 なんで平仮名にしたのか、ものすごく謎だ。


 ともあれ、本格的な欧風菓子ということで、けっこう人気がある。

 食通(グルマン)の第三軍師も美味しいとお墨付きを与えたくらいなのだ。


「難しい話ばっかりしてるとつかれちゃいますよー」


 にぱっとわらう室長秘書。

 やれやれと席を立ったハシビロコウが小会議用のテーブルに移動する。


「休憩にしようか」


 などとのたまいながら。








 東京の異能者たちとの交渉は不調に終わった。


 というより、そもそも組織というものが存在せず、交渉する相手がいなかった。

 だから、なるべく澪には近づかない方が良いよ。巻き込まれるからね。

 という警告をしたに留まる。


「かえってやぶ蛇だったんじゃない? 兄さん」


 結果報告をうけ、第二軍師たる美鶴が苦笑した。


「否定しないよ。エルフのウパシノンノさんって人は、澪豚に興味津々だったもの」


 肩をすくめる次期魔王。

 そのうちこっちに遊びに来ちゃったりしてね、などと笑っている。


 本来、笑い事でもなんでもないのだが、くるなと言うこともできないのだ。


 街の空気は自由に。

 澪は排斥と拒絶を旨としない。

 受容と蓄積こそを愛する。

 異能者だろうが人外だろうがウェルカムだ。


 知っている美鶴は、もちろん兄を責めるようなことを言わなかった。


「こっちからは、こころさんの結婚式の日取りが決まったってことくらいね。あと、各国の諜報機関がごそごそ動いてるわよってことくらい」


 後者に関しては、次期魔王も巫の姫もできることはなにもない。

 ハシビロコウ率いる影豚たちの健闘を祈るのみだ。


 問題はこころたちの結婚式の方である。


「兄さん。ドレス買って」

「実剛。ドレスを買ってください」

「実剛さーん。わたしも新しいドレスが欲しいですー」


 これだ。


 絵梨佳のドレスをプレゼントするのは良い。むしろ望むところだ。

 婚約者だもの。


 なんで美鶴やアイリーンのドレスまで、実剛が買ってあげなくてはならないのか。

 自分の恋人()雇い主(暁貴)にねだれよ。


「制服でええのんちゃうんか……」


 次期魔王が微弱な抵抗をする。

 もちろん一顧だにされなかった。


「実剛っ 私にも買ってくれていいんだよっ」

「にゃー」


 キクやぴろしきまでおかしなことを言ってくる始末だ。

 なにもかもがおかしい。


 あ、ひとつだけおかしくない主張もある。


「うん。ぴろには可愛い首輪を買ってあげるよ。どんなデザインのがいいかな? おおきなリボンがついてるのがいいよね。いっそ絵梨佳ちゃんとお揃いとかいいかも」


 抱き上げて撫で回している。


 くすくすと芝の姫が笑った。

 どうやら彼女の恋人は逃避することにしたらしい。現実から。


「兄さんがケチだわ。次期魔王のくせに」

「いや。いやいや! おかしいよね! 美鶴もアイリーンもちゃんと稼ぎがあるじゃないか! キク姉は伯父さんに買ってもらってくださいよ! なんで僕にたかろうとするんですか!」


「覚醒したくせに」

「それぜんぜん関係ないよね!?」


「ち」

「舌打ちした!? 僕、妹に舌打ちされたよっ!」


 そして逃避も許してもらえないのであった。

 いつもの光景である。


 で、こういうのには絶対に乗るはずの佐緒里は、とっくに光則に買わせる算段をつけて、一緒に買い物に行っちゃったらしい。


 結婚式は十月十五日。

 暁貴の町長就任式典のあと、そのまま執り行われることとなった。


 もうね、どっちがメインなのかわからない。


 名実ともに魔王が澪のトップに立つ日、邪神がこの街の新たな住人となる。


「良いことなのか悪いことなのか、さっぱり判らないけどね」

「ですねー でもわかってることもありますよ」


 絵梨佳が笑う。


「それは?」

「またにぎやかになるってことですよー」


 実剛も笑みを返した。

 まったくその通りだ。


 クトゥルフ神話に語られる邪神ハスターを迎え、インド神話の神たちを好敵手として。


 魔王たちの新たな物語の幕開けは、やっぱり騒々しいものになりそうである。


最後までお付き合いありがとうございました。

これにて、しおから3閉幕です。

さてさて。

多くの課題を残したままの幕引きとなりましたが、まあそこはいつものことですね。

つづきがあるかどうかが判りませんが、もしあれば、それは次回の講釈で、ということで。


それでは、またいつか、文の間でお目にかかりましょう。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ