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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
最終章 そしてまた幕があがる
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そしてまた幕があがる 7


 閉幕を告げる花火が打ち上がる。

 グルメイベント、対澪包囲網は盛況のうちに終了した。


 結果は澪の圧勝。

 販売総数は、五つの市町を合しても澪には及ばなかった。

 ただ、それぞれの街で単価が違うため、厳密な数字は後日にならないと判らない。


「けどまあ、そんな無粋な計算はいらないだろうね。御大将。君たちはやっぱりすごいよ」


 主催者のひとり、耶子が右手を差し出しながら笑う。

 力強く握り返す実剛。


「ぎりぎりですよ。北斗と八雲の素材を渡されたとき、これはもう負けたと思いましたからね」

「ウチは勝ったつもりだったよ」


 敵に塩を送った。

 そしたらその塩で研究されちゃった。

 笑い話にもなりゃしない。


 ふたを開けてみれば澪の圧勝。

 完膚無きまでに叩きのめされた。

 素材で勝つだけでは勝てないのだと、思い知らされた。


「僕たちも去年、同じ思いをしていますから。経験の差というところですかね」

「ウチらも戦訓(せんくん)を得た。次はこう簡単にはいかないよ」

「怖いですねぇ」


「ところで、ウチも御大将たちの料理を食べたいんだけど」

「なんでイベントが終わったあとに言うんですか? もういくらも残ってませんよ?」


 次期魔王が首をかしげる。

 食べたいなら、営業中に食べにくれば良い。

 行列が短い時間帯だってあったのだから。


「だって、澪さんの売り上げに貢献するの、悔しいじゃん」

「じゃんて」


 なんだろう。

 初めて会ったとき、耶子はもっと底知れない深淵のような恐ろしさを……。

 まったく感じなかった。よく思いだしてみれば。


 ぱんぱんに詰まったショッピングバッグを渡されて、腰砕けになっていたんだ。

 迫力なんか欠片もなかったよ。


 すごかったのは北斗や八雲の食材であって、耶子じゃない。


「蓮田さんは二十人前くらい食べてきたらしいですよ。耶子さんのところのステーキ丼」

「まいどおおきに」

「関西人ですかっ!」


 えらく偏見にみちたセリフを吐きながら、実剛が突っ込む。

 なにやってんだって話である。


 ただまあ、耶子の気持ちも判らなくはない。

 どんどん引き離されていく状況だったから。

 これ以上差を付けられてたまるかって思えば、澪のテントに足を運ぶ気分には、なかなかなれないだろう。


「だけど、気になっていたのはたしかなんだ。勝負がついた今なら、たべてみたいなーとか」

「負けず嫌いですねぇ」


 苦笑しながらシェフたちに依頼し、烤乳猪と石窯ピザを用意してもらった。

 いつのまにか耶子の後ろには、シヴァと刈屋、あいらまで集まっている。

 ハイエナどもである。


 北京ダック風に、ほんの少しのネギとみそと一緒に烤乳猪をくるんで、ぱくりと。


「おうふ……」


 うめくガネーシャの転生者。


 北京ダック()、などといってはいけない。

 これで正解なのだ。

 これが正解なのだ。


 二の句が繋げない。


 咬みちぎる肉。

 これは営み。

 命の。


 あふれでる肉汁。

 これはほとばしり。

 生命の歓喜の。

 

 彼らのふるさと、はるかなインドのように。

 はるかなガンジスを目指すように。


 生きとし生けるものは、死してガンジスへと還り、楽園へと誘われる。

 善人も悪党も。

 金持ちも貧乏人も。

 平等に。

 公平に。


「करु नाचत आहे. शिव के साथ नृत्य」


 突如としてシヴァがなにか叫ぶ。

 刻まれるステップ。


 実剛には聞き取ることができず、理解もできない言葉だ。

 耶子も刈屋も、どんどんと足を踏みならして踊り始める。

 涙まで浮かべて。


 まるっきり謎な光景である。

 何ともいえない表情で首をかしげる実剛。

 どこに飛んでいったんだ? こいつらは。


「母なるガンジスへ。ちなみに言葉はヒンディー語ね。みんな踊ろう。シヴァと踊ろうって促したのよ」

「よく判るね。美鶴」


 笑いながら近づいてきた妹に視線を向ける。


「インドの言葉くらいはわかるわよ。当たり前でしょ」

「きみの当たり前は、たぶん全国の中学三年生を逸脱しているよ」


 これだから知略系の能力者は。

 とりあえず、いつまでも踊られていては片づけの邪魔なので、御劔と仁がぽこぽこと頭を小突いて正気に戻してゆく。


「御大将ぉぉぉぉ」


 号泣ガネーシャ。

 おかわりを求めてすがり付いてきた。

 それで良いのか福の神って感じだ。


「あ、もうないですよ? 余り物なんですから」


 無情にも切り捨てる次期魔王。

 無い袖は振れないのである。

 さすがにまた竈だの石窯だのを光則に作ってもらって、焼き始めるというのは、ない話だ。


「そんな殺生なぁぁぁっ!!」

「だいたい、なんでインドの神さまが豚肉たべてるんですか」


 しかもトリップして踊るとか。


「兄さん。あまりバカを晒さない方が良いわよ? シヴァやガネーシャはヒンドゥー教の神。ヒンドゥーで食べないのは牛。神聖なモノとされてるからね」


 豚肉を不浄なものとして食べないのはイスラム教徒である。

 大雑把にインドとひとくくりにはできないのだ。

 まあ、こいつらはふつーに牛肉をステーキにして売っていたわけだが。


「御大将! 世の中は! 肉だ!!」


 歓喜の舞を中断させられたシヴァが叫んでる。

 ついに佐緒里の病原菌にまで感染してしまったらしい。


「こりゃ勝てない。思い知ったよ」


 正気に戻った耶子が歎息した。


「いや。研究と研鑽(けんさん)の結果です。僕たちは、初めて北斗さんの食材を食べたとき、飛ぶ(・・)ことすらできませんでしたから」

「ああー 敵に塩なんて、おくるもんじゃないねー」


「同感です。耶子さんたちが食べにきたら、これから澪ではインスタントラーメンでも出すことにしましょう」

「じゃあ御大将が食べにきたら、ウチではレトルトカレーだね」


 笑いながら、実剛と耶子がもう一度握手を交わす。







 もうね。

 なにから突っ込んでいいか判らないんだけど、なんでメイドカフェ?


「そーいやぁ伽羅が名刺おいていったなぁ」


 ぼへーっと思い出す魔王。

 ため息混じりに。


 自分らもたいがい馬鹿なことをしていると思うのだが、これはさらのその斜め上を行く。

 伽羅がくれた名刺のメイドカフェは、人外の巣窟だったということだ。


 いきたくねー。

 そんなメイドカフェ、ぜってーいきたくねー。


「暁貴さまはメイド属性ないんですよー 迎賓館のスタッフをメイドコスにしよーって言ったのに却下されましたもんー」


 ものすごくどうでも良い情報を、ニキサチが提示してくれた。


 属性のあるなしにかかわらず、いちおう国賓クラスがくるかもしれない迎賓館の給仕係が、メイドのコスプレとか普通にありえないから。

 と、依田は思ったが、口には出さなかった。


 口にしたのは別のことだ。


「信二からの連絡では、妖怪や亜人まで揃っているそうだ」

「亜人ってエルフとかドワーフとかか? 実在すんのか? そんなもん」


 さすがの魔王も驚く。

 妖怪はともかく、幻想種族が実在するというのは初耳だ。

 うろんげな顔をするハシビロコウ。


「巫おまえ、そんなことも知らんで魔王をやっているのか?」

「俺は魔王なんて自称したこと、いっかいもねーからな。そこんとこよろしく」


 不良中年がかっこつけてみせる。


 かまってやるとつけあがるので、無視(スルー)を決め込み、依田が鉄心と沙樹に視線を送った。

 知っているか、という意味の視線だ。

 ゆっくり首を振る鬼の頭領と蒼銀の魔女。


 ふたりとも幻想種族なんか見たこともない。

 ファンタジーに詳しくない鉄心など、エルフなんて単語はいま初めて聞いたくらいだ。

 依田が腕を組み、右手でややとがった顎を撫でる。


「ふむ。やはり澪というのは情報的に著しく劣位にあるのだな」


 あらためて確認する思いだ。

 あらゆる神話大系に属さず、独自の文明を築いてきた澪の血族。

 もの(・・)を知らなすぎる。


 神の転生や鬼の血脈が存在しているのだ。

 幻想種族だろうが妖怪だろうが、いないと考える方がおかしいだろう。


「しかしエルフか。本物がいるなら見てみてーな。やっぱり美人なんだべかなぁ」


 どこまでも他人事みたいに言ってる暁貴である。

 自分には関係ないとでも思っているのか。


「見ることにはなるだろうよ。向こうはこちらとの関係成立を拒否したそうだが、それならそれで相互不可侵条約なり結ばねばならん」


 ため息混じりです。魔王ハシビロコウさま。


 関係ないんだから接触しないよ。

 というのは、政治の話ではないのである。




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