そしてまた幕があがる 6
午後になると、ステージパフォーマンスが始まった。
といっても、そんなものは予定されていなかったため、ステージなんか用意されていない。
登場したのがトレーラー。
いわゆるステージカーである。
こんなのをすぐにもってこれちゃうのは、あちこちにコネがある耶子陣営ならではだが、そのステージでなにをやるのかといえば、ダンスだ。
豪華絢爛な衣装をまとった舞姫たち。
中心にいるのは、もちろんシヴァだ。
高らかに奏でられるエキゾチックな音楽。
もう、インド映画のラストシーンみたいなノリである。
振り付けは難しくない。
ちょっと見ていれば憶えられそうな程度のものだ。
「よろしければ皆さんもご一緒に!!」
マイク越しに耶子の声が響く。
まず飛び出したのがハスター。
ものすごい身のこなしでステージに飛び乗り、シヴァと踊り始める。
終戦パーティー以来の、邪神と破壊神のコラボだ。
ほんとね。
バカたちなんだけど、ダンスは上手いしすごいんだわ。
飛び散る汗。
躍動する筋肉。
「澪町さんからの飛び入りです! さあどんどんきてください!」
耶子の言葉に触発されるように、光とか佐緒里とかがうずうずし始める。
「踊れそうな人は行って。ばんばん盛り上げちゃっていいよ」
実剛が笑う。
これはもう、乗るしかない。
澪を倒すための戦いは終わりだ。
で、終わったらなにをするかといえば、当然のように宴である。
戦勝の宴でも和平の宴でもどっちでも良い。
とにかく呑んで騒いで。
「やってくれるね。耶子さん」
「大盛り上がりで勝敗を曖昧に。どっちかっていうと芸人の発想よね」
妹もまた笑っている。
まともに戦っても勝てないと読んだ。だから、勝敗がつく前にエンディングに突入してしまう。
B級インド映画かよって勢いで。
「僕たちとしてはどっちでもかまわないさ。このまま戦い続けても良いし、なんだか良く判らないうちに盛り上がっちゃっても、ぜんぜんOKだよ」
勝者の余裕を見せる次期魔王。
対澪包囲網、という作戦は崩れた。
勝っても負けても良いイベントなのだが、あまりに圧倒的すぎると、話がつまらなくなってしまう。
魔王側の大勝、というのは、物語としては不出来だろう。
「実剛さん実剛さん!」
絵梨佳が駆け寄ってくる。
石窯の方は第二隊の女子高校生に任せたらしい。
「わたしたちも行きましょう!」
ぐいぐいと婚約者の腕を引っ張ったりして。
アグレッシブな姫なのである。
苦笑する実剛。
「ノリノリだね」
「こっちは私が仕切るから、行ってらっしゃいな。兄さん」
えっらそうに美鶴が許可してくれる。
まあ、彼女は副将なので、御大将がいないときにはトップに立たなくてはならないのだ。
あと、こんならんちき騒ぎには参加したくない。
クールビューティを自称する美少女軍師としては。
ちなみにもう一人の美少女軍師は、とっくにハスターに拉致られて、一緒に踊っている。
「私は! 少女じゃ! ないよ!!」
ちょーくるくると回りながら、だれに文句いってるんだか。
まあ、楽しそうでなによりである。
ただ単語ごとに区切って叫ぶのは、きっと誰かの悪影響なので早めの矯正を必要とするだろう。
手遅れかもしれないけど。
「いこうか。絵梨佳ちゃん」
「はい! 実剛さん!!」
手を繋いだまま、次期魔王とその婚約者が駆け出した。
若者たちがイベントに情熱を燃やしているころ。
魔王たる暁貴は遊んでいたわけではない。
見目麗しい女性スタッフの鼻の下を伸ばしていたわけでも、もちろんない。
沙樹、琴美、水晶、楓という名花が揃っているのに喜ばないなんて、男としてどうなんだって話ではあるが、これは暁貴だから仕方がない。
「ナレーションに悪意しか感じない。いつものことだけど」
「どうでも良い。ちゃんと報告書を読め。巫」
部下に叱られるのも仕方がない。
ちなみに叱っているのは、メディア対策室長の依田である。
もう一人の魔王、ハシビロコウだ。
魔王のデスクには紙束。
日本政府……新山陣営に属する能力者についての報告である。
聖と一緒に応援やってきた迦楼羅王の転生者、彼女と出会ったことにより、ハシビロコウは危機感を抱いた。
強すぎる、と。
澪がそれを言うのかってレベルの危機感だが、神の転生を内包した他集団を軽視することはできない。
ごく単純にいって、たとえば鬼しかいない寒河江より強いということになるのだから。
もちろん新山陣営には、最初から澪が知っている能力者もいる。
聖がそうだし、火口華乃もそうだ。
後者などは日本神話の神、火之迦具土神の転生者である。
これに迦楼羅王まで加わるとすれば、神クラスが二柱。
戦力として、まったく無視できない。
洒落になっていないと言い換えても良いくらいだ。
「んで、調べていったら、伽羅は総理の陣営じゃなかったってんだろ。ちゃんと読んだよ」
肩をすくめてみせ、真顔に戻る魔王。
あんまりふざけているとクチバシとかでつつかれちゃうかもしれないから。
「私も耳を疑ったが、影豚たちの調査に過誤があったとも思えない。あらゆるフラグメントがひとつの方向を示している」
苦虫を噛み潰したような表情を、ハシビロコウがする。
もともとが不機嫌そうに見える顔だけに、こういう顔をするともっのすごく怖い。
怖いので、背後に忍び寄った秘書が手を伸ばし、室長のほっぺたをむにっと引っ張った。
「にゃにもひゅる。ひひはひ」
「怖い顔しちゃダメですー ハシビロコウさまー わらってわらってー すまいるあげいん?」
「ひょうか?」
逆らわずに、表情をととのえる。
だって逆らったらめんどくさいもん。
「ぐっ」
満面の笑みで親指を立ててみせるニキサチ。
「きみが喜んでくれて嬉しいよ。すべてのフラグメントがひとつの方向を指し示している」
何事もなかったかのように繰り返した。
ニキサチにちょされている時間は、一瞬のうちに記憶からデリートされるような仕様になってしまった。
いちいち気にしていたら死んじゃうから。
おもにハシビロコウが。
「仲良いな。お前ら。いっそ結婚したらどうだ? ハスターとこころちゃんみたいに」
「次にそういうタワゴトを抜かしたら、私はお前を殺すだろう。巫」
みょーに平坦な口調は、百パーセント掛け値なく本気だという証拠だ。
これと結婚とか、恐怖すら感じちゃう。
「能力者を擁する第三組織の存在、ねぇ」
無理しなさんな。けっこう良いコンビのくせに。
などというセリフを、さすがに飲み込んだ暁貴が首をかしげる。
政府なり企業なりの後ろ盾もなく能力者が生きられるか、と、問われれば、じつは普通に生きられる。
隠しておけば良いだけだから。
わーざわざ、能力者でござい、転生者でございと吹聴する必要なんて、どこにもない。
超能力を扱った小説でも映画でもマンガでも、彼らの悲哀はけっこう描かれているが、あれはフィクションだから。
この世には超能力探知装置なんてものは存在しないので、自分から名乗り出ない限り、まずバレることはない。
まあ、名乗り出たら名乗り出たで、中二病あつかいされるか精神科に連れて行かれるか、どっちかだろう。
だから群れを形成する理由は、ほとんどないのである。
実際、広沢とかこころとかキクとか、澪にくるまでは普通に人間として生活してきた。
ちょっと特殊なケースはそよかぜ姐さんだろうか。
精神感応能力者である彼女は、あんまり普通とはいえない人生行路を歩んでいる。
もっともそれは能力のためなのか性格によるものか、誰にも判らないのだが。
「群れてなにすんだって話だしな。まさか澪みてぇに町おこしとかたくらむわけねーし」
「信二が接触してくれたよ。メイドカフェをやっているそうだ」
「……すまん依田。もういっかい言ってくれ」
「メイドカフェをやっているそうだ」
呆れ顔で問う魔王に、もうひとりの魔王が重々しく繰り返した。




