そしてまた幕があがる 5
「なんで? どうして?」
北斗市のテントでは、耶子がしきりに首をかしげていた。
追いつけない。
そこそこ売れているし、たとえばハスターさんのように二十個とか食べていってくれる人もいるが、澪との差は開く一方だ。
そもそも行列の長さが違う。
行列をさばくスピードも違う。
並んでいる人への対応の仕方も、むこうが一枚も二枚も上手。
とてもではないが勝負になっていない。
黒毛和牛ステーキ丼。
他の自治体に比べて値段が高いのは知っていた。それが不利な要素であることも、もちろん理解していた。
しかし販売に踏み切ったのには、それなりに理由がある。
普通にレストランとかで食べたら五、六千円はするような料理だ。
まともに考えて半額以下。生産者から直接買い付けることによって、奇跡みたいな低価格を実現したのである。
採算ラインぎりぎりだ。
むしろ店で出したら赤字だろう。
こういうイベントで、報酬の発生しない役場と耶子の会社のスタッフで回しているから、なんとか提供できているだけ。
ものすごいお値打ち商品なのである。
だからお客さんはそれなりにくる。食べた人は口を揃えて美味しいと褒めてくれる。
ファンになったと言ってくれる。
だが、それでも澪にはまったく及ばない。
「耶子姉。やっぱり会場にきたお客さんの半分以上が、まず最初に澪テントに向かってる」
「狩屋……」
報告に来た部下がやれやれと肩をすくめてみせた。
次期魔王と愉快な仲間たちの実力。舐めていたわけではない。
でも勝てると思っていた。
ものすげー高級食材を、ものすげー廉価販売しているのだから。
万が一負けるとしても、それは僅差での惜敗だろうと。
こんな、圧倒的な、越えられない壁のような大差を付けられるなんて、予想していなかった。
「こうなったら、ウチの権能で……」
商売の神、ガネーシャの転生だ。
耶子には、理由も根拠も必要なく商売を成功させてしまうチカラがある。
「やめるんだ! それはいけないよ! ぃやーこ!!」
くるくるとまわったへんなのが、すちゃっと耶子の肩に手を置く。
「オヤジ……」
「チカラで! 勝っても! 意味がないのん!!」
さすがに上半身裸とかいうイカれた格好ではないが、お祭りということではっぴとか着てる。
はっぴシヴァだ。
つい先ほどもハスターと一緒にステーキ丼を平らげ、グルメイベント満喫中である。
ふうと息を吐く耶子。
バカの言葉はともかくとして、熱くなりすぎていたようだ。
「そうだね。異能で勝とうってのは、ちょいと情けなさすぎる。負けは受け入れなきゃ」
負けそうだからとチカラを使うのでは、子供の駄々と変わらない。
彼女の権能は、こういう局面で使って良いものではないはずだ。
「だよね。御大将」
この場にいないものに、内心で呼びかける。
彼の目指す町おこし。
そのスタートラインに、いま耶子も指をかけたのだ。
学ぼう。敗北から。
なにが足りなかったのか。なにが必要なのか。
「ぃやーこ! まだ勝負は! ついてないのん!!」
はっぴシヴァが笑う。
「……そうだったね」
苦笑。
まだはやい。
まだ終わったわけではない。
「負けるにしても全力で戦ったあとでありたいもんだよね」
それは、かつて試食会で実剛が言ったのと同じ言葉。
上に立つ者として。
あるいは改革者のひとりとして。
耶子もまた、前を見る。
「オヤジ。ダンサーチーム貸してくれるかい?」
「もちろんだとも! ぃやーこ!!」
にやりと笑い合う。
あがいてやろう。最後の最後まで。
「午後いちばんでステージパフォーマンスをぶちあげるよ。ウチらにはウチらの戦い方がある」
ぐっと握りしめた拳。
視線は大勢のお客たちの向こう、好敵手たる澪のテントへ。
耶子がなんとか精神的な再建を果たしていたころ。
八雲町のテントでも、三浦陸将補がはっきりと敗勢を自覚していた。
イベントも料理も、もちろん彼の専門ではないが、こういうのは素人でもわかる。
名古屋コーチンひつまぶし。
美味いと評判になった。
行列だって短いものではない。
多くの客は温泉卵も同時購入してくれている。
まず成功だと称して大過ない戦果だろう。
だが澪との差は歴然。
「負け、か」
「ほうきゃねぇ。勝てるとは思っとらせんかったけんど、やっぱ五十鈴さんは自分の予想とかはやーとこ飛び越えていってまうわ」※1
陸将補の言葉に応えて肩をすくめるのは、名古屋から渡ってきた労働者。
八雲チームの特別顧問である。
彼の頭脳から生まれた名古屋コーチンひつまぶしは、五十鈴の烤乳猪には及ばなかった。
素材では負けてない。
味でもまったく引けを取らない。
厳密な評価で考えれば、八雲の料理に軍配が上がるだろう。
おそらくは五十鈴もそれを知っていた。
だから、それ以外の部分で勝負する。
丸焼きとは!
度肝を抜かれた。
人が溢れるイベントならではの派手な料理である。
「いやー、まーどもならんすわ。目でも楽しんでちょーなんてことは、なーんも勘考しとらせなんだわ」※2
名古屋メシの伝道者の顔は、晴れやかだった。
結局、心構えが違ったのである。
料理を食べる前から勝負は始まっているのだ。
行列を整理する手並み。並んでいても焼いている姿が見えるようにした配置。
漂う香り。
すべてを使って来場者を楽しませる。
まさにパフォーマンスだ。
脂が滴り炎が上がるたびに、歓声もまた響く。
「もうちょこっとはええ塩梅になると思っとったんやけどねぇ」※3
考える素振りをする。
「どうした?」
心配げに三浦陸将補が訊ねた。
「まぁまぁ勢いばっかで飛び出してまったんやけど、まっぺん中に入れてもらうんやったら何を土産にするのがええかしゃんって」※4
はっはっはっと頭を掻く。
「考えてから行動しろよな」
なんで勢いで飛び出しているのだ。
しかも戻る気まんまんとか。
どうなってんだ。この男は。
「ほうほう、あれがありゃーしたわあ」※5
ぽんと手を打つ。
「なんだ? なにか思いついたのか?」
興味津々の体できいてみると、名古屋からきた男が惜しげもなくレシピを教えてくれた。
澪の子供たちも大好きな肉かすみそ。
ラードを絞ったあとの肉かすを名古屋名物のみそドレッシングで炒めたものだ。
冷蔵庫に入れておけば、そこそこ日持ちもするので、おかずがないときなどはご飯にのせて食べるだけでも、けっこういける。
で、チーズとかとも相性が良いのだが、もちろんパンとの相性もばっちりだ。
だから、サンドイッチのように食パンで挟んでしまう。
それだけでなく、端を閉じて具材が溢れないようにする。
「閉じる?」
「ほれ、ニコイチで売っとるやつがありゃーすがね。フジ○ンさんのス○ックサ○ドみてゃーなやつ。えーっと、こっちやとラ○チパ○クとかラ○ラ○サ○ドとかいうんやったっけ?」※6
「ああ。あれか。うちの基地でも売ってるな」
普通の食パンでああいうのを作る道具は、ふつうに百円ショップとかで手に入る。
肉かすみそチーズサンド、みたいなやつが簡単に作れるだろう。
しかし名古屋めしの伝道者のアイデアは、そんな普通のところで終わらない。
完成したそれを、揚げ焼きしちゃうのだ。
「揚げパン……だと……」
うなる三浦。
子供のころ、大好きだった。
給食に出たときは、わけもなくわくわくした。
再現なんてレベルじゃない。
はるかに上を行くだろう。
揚げパン、肉かすみそ、とろりと溶けたチーズ。
あたかも魔性の誘惑のように。
絶対に美味しい。
でもきっとカロリーが、とんでもないことになってしまうだろうけど。
ごくりと陸将補の喉が鳴る。
「揚げ焼きホットサンドちゅーところやな。何とかこれで五十鈴さんが気持ちを納めてくれやあええんやけどなぁ」※7
男が笑う。
快活に。
わだかまりもなく。
「…………」
思わず無言になった三浦。
おもむろに、裏拳ツッコミを放つ。
「それをここで使わんかーい!!」
あきらかに戦力になったやろ!
へたしたら澪の料理に対抗できたやろ!
「てへ」
名古屋からきた男が舌を出す。
もちろん、まったく可愛くなんぞなかった。
対訳
※1「そうですね。勝てると思っていたわけではありませんが、やはり五十鈴さんは、僕の予想など軽々と飛び越えていく」
※2「やられました。目を楽しませるとか、まったく考えていませんでしたよ」
※3「もうちょっと良い勝負ができると思ってたんですがね」
※4「いやあ、勢いで飛び出してきましたけど、戻るときに手土産にする料理はどうしようかと」
※5「あ。あれがいいかな?」
※6「二つ一セットで売ってるやつがあるじゃないですか、フジ○ンさんのス○ックサ○ドみたいなやつ。こちらだとラ○ラ○サンドとかラ○チパ○クとか」
※7「揚げ焼きホットサンドってところですかね。これで五十鈴さんの機嫌が直ればいいですが」
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名古屋弁監修
Swind(神凪唐州) 先生
https://mypage.syosetu.com/582742/
レシピ参照
ナゴレコ
https://nagoya-meshi.com/recipe/hotsand




