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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
最終章 そしてまた幕があがる
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そしてまた幕があがる 4


 最初のラッシュを上手くさばき切り、実剛はふうと息を漏らす。


 スタートダッシュで、一気に他の自治体を引き離すことに成功した。

 あとは評判が評判を呼び、差は開く一方となるだろう。

 多少の追い上げはあるだろうが、たぶん追いつけない。


 彼自身が、昨年のB級グルメ選手権で経験したことだ。

 満腔(まんこう)の自信を持って挑んだ澪豚ざんぎ丼が、どんどん引き離されてゆくさまを見た。


 悔しかった。

 食べてさえもらえればけっして負けないのに、という思いがあった。


 しかし違うのだ。


 そんな自信など、どこの自治体だって持っている。

 興味を持ってもらう、というのがPR事業。

 これをおろそかにしてしまえば、そもそもスタートラインにすら立てないのである。


 すべての商品にいえることだ。

 町おこしだけが特別に違うわけではない。


 おそらくは今頃、耶子も三浦陸将補も首をかしげているだろう。

 こんなの美味しいのに、どうして差が縮まらないのかと。

 どうして売れ行きに差が付いてしまうのかと。


 ごく単純な素材の比較なら、澪豚は名古屋コーチンにも黒毛和牛にも及ばない。

 単価が物語っている。

 しかし、ものの価値は値札に付いたゼロの数で決まるわけではない。


「僕たちはそれを知っていた。だから研究した。それだけのことなんだよ」


 ひとりごちる。

 今回は澪が勝つ。

 しかし、北斗も八雲も戦訓(せんくん)を得る。

 次に戦うときは、もっとずっと勝利は得がたいだろう。


 だがそれで良い。

 道南一帯が、観光事業に本格的に乗り出すとすれば、それが経済を回す風となる。


「サネタカ。サネタカ」


 次期魔王の思考に割り込むように、ハスターが戻ってきた。


 こいつはこころと一緒に、各自治体の料理を満喫中である。

 働く気は皆無だ。

 ひどい話であるが、まさか監察官を働かせるというわけにもいかなかったりする。


 他の陣営に迷惑をかけない程度に遊び歩いていてくれて、いっこうにかまわない。

 ブレーキとして、こころが付き合うのも仕方のないことだろう。

 一人で行動させるわけにもいかないし。


「どうしたんです? 蓮田さん」


 さすがに日本人っぽい名前で呼ぶ。

 人いっぱいいるからね。


「戦闘ユニットひとつ、買わないかい?」

「はい?」


 言っている意味が判らず、次期魔王が首をかしげた。








 ハスターの母艦(マザーシップ)に搭載されている戦闘ユニット(ビヤーキー)は、当然のように地球の科学力で作れるようなシロモノではない。


 だからリーンを譲り受けたときも、町外での運用はしないよう要請されたし、格好いいから自分もほしいといった実剛の意見も却下された。

 にもかかわらず、ここにきて売るとか言いだしてる。


「まあ、説明を要するだろうね」


 やれやれと肩をすくめたこころ。

 やがて明らかになった事情は、以下のようなものであった。



「これはじつに美味しいね。ココロ」


 たらこのおにぎりを頬張りながら、にこにこと笑うハスター。

 鹿部町のテントである。


「これはコロッケというのか。すばらしい」


 メークインでつくったコロッケを頬張りながら、にこにこと笑うハスター。

 厚沢部町のテントである。


「アップルパイ! そういうのもあるのか!」


 特産のリンゴがふんだんに使われたアップルパイを頬張りながら、にこにこと笑うハスター。

 七飯町のテントである。


「名古屋コーチンひつまぶし。これは見事な工夫だねえ」

「黒毛和牛ステーキ丼。いい。じつにいいね」


 八雲町と北斗市のテントである。


「基本的に、どこに行っても同じことしか言わないね。蓮田さんは」


 呆れるこころ。

 開始直後から、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 メイン料理だけでなく、お土産品まで買ってその場で食べちゃうような始末だ。


 ここまで褒めてもらえれば、売り子たちだって悪い気はしない。

 次々と出される試食の皿も嬉々としてたいらげ、しかもだいたい買っちゃう。


 で、ハスター自身は一円ももっていないから、すべての会計はこころの財布からでている。

 とんだダメンズであった。


 もちろん天界一の知恵者にはこうなる未来が読めていたので、たっぷりの軍資金を用意してある。

 してあるが、残念ながらそれは伝説の巨人を動かせるような無限エネルギーではない。

 限りがあるのだ。


 三十万円も持ってけば充分だろっていう彼女の予想は、非常識な食欲邪神によって覆されてしまった。

 まあ、二千五百円もする黒毛和牛ステーキ丼だけでも、十個も二十個も食べてるんだから、資金がショートするのも当然だ。


「蓮田さん。もうお金がないよ」

「なん……だと……」


 高級ブランド品の札入れをひらひらと振ってみせるこころに、愕然とするハスター。


 むしろこっちが愕然だよ。

 というツッコミを、かろうじてこころは飲み込んだ。


 もちろん彼女は澪の幹部として高給を()んでいる。この程度の出費でどうにかなってしまうようなことはいっさいない。

 しかし現金の持ち合わせがもうないのは事実だ。


 こんな屋外イベントではクレジットカードも切れないし。


「どうにかならないのかな? ココロ。私はもっと食べたいんだけど」

「お金がないなら作るしかないよ。借りるとか持ってるものを売るとかして」


 でも澪にきたばかりのあなたは、お金を借りる友人(つて)もないでしょ、と付け加える。

 遠回しに、もう諦めなよと言っているのだ。


 しかし、ハスターは挫けない男だった。

 澪のテントに戻り、なんと次期魔王に取引を持ちかけたのだ。

 ビヤーキーを買わないか、と。







 頭を抱える実剛。


 史上まれにみる高価な商品だった。

 史上まれにみる情けない動機だった。


 食い倒れをやっていたらお金がなくなってので、戦闘ユニットを売ってお金を作ろうとか。


 もうね。

 なんかね。


 ビヤーキーって、地球の科学力じゃ逆立ちしたって作れない高度な科学の結晶なんだよ。

 そんな簡単に売ったらだめでしょ。


 あと、可哀想すぎるでしょ。

 荷馬車に乗せられて売られていく仔牛だって、もうちょっとマシな扱いだよ?

 なにしろあっちは生活がかかってるからね。


 ちらりとこころに視線を送る。

 かすかに視認できる範囲で、天界一の知恵者が頷いた。

 尋常なものではないが、これはチャンスである。


 いまでも澪にはリーンがいるが、搭載されている人工知能は目を見張るほどで、いまや孤児院(シンクタンク)の子供たちと対等に議論を戦わせることができる。

 半月ちょっとでそこまで成長した。


 もちろん戦闘力だって、ブーストがかかる前の澪の血族より強いのである。


 これがもう一機手に入る。

 しかも金銭で。

 乗らない手はない。


「おいくらです? 蓮田さん。僕に買える程度の値段なら良いんですけど」

「十五億円でどうだろう」

「ふむ……」


 一瞬だけぎょっとした顔をしそうになった。

 しかしなんとか踏みとどまり、無表情を保つ実剛。


 やはりハスターは甘い男ではない。

 ここまでのやりとりから、なんとなーく二束三文(にそくさんもん)の額が提示されると思っていた。


 そんなわけはなかった。

 百万二百万という話ではない。


 もっとずっと現実的(・・・)な数字だ。

 どうしてどうして、厳しいところを突いてくる。


 これが百億とかだったら、さすがに断るしかない。

 二十兆円もある澪の年間予算だが、さすがに百億円も無駄遣いするのはまずいのだ。


 しかし十五億。

 買えちゃう値段だ。

 ビヤーキーの性能を考えたら、バカみたいにお買い得である。


「判りました。買わせていただきます。たださすがにいまは、それほどの現金は持ってきてませんので、手付けで百万円をお渡しするということでもよろしいですか?」


 にっこりと笑う次期魔王であった。

 こっちはこっちで、厳しいラインの提示だ。


 百万ぽっちでは手付け金として不足すぎるが、ハスターがいま欲しい現金はそのくらいである。

 さあ、()るか()るか。


「けっこうやるね。サネタカ」


 破顔一笑(はがんいっしょう)した監察官が、右手を差し出した。

 実剛が握り返す。


 取引成立である。


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