そしてまた幕があがる 3
秋のグルメ決戦! 対澪包囲網!!
と、銘打たれた謎の大イベントの開催当日の朝。
準備をするために会場を訪れた各自治体のスタッフたちは、とんでもないものを目にすることになった。
ラスボスみたいな位置にどーんと建てられたでっけーテント。
そこまでは良い。
澪を敵として設定し、各自治体の総力を挙げて倒そうってテーマだから、位置的な部分は演出としても理解できる。
問題は、テント前に設置されたブツだ。
ふたつずつの竈と石窯。
なにをするつもりだって勢いだが、もちろん関係者たちには通達されてはいる。
子豚の丸焼きと、石窯ピザ。
前者は山田と佐緒里が担当し、後者は五十鈴、絵梨佳がひとつずつ受け持つ。
実剛以下も、もちろんお手伝いスタッフだ。
料理の総責任者である五十鈴と、山田のもとには、次々と参加自治体の関係者が挨拶にくる。
七飯町、鹿部町、厚沢部町。
いずれも強力な好敵手たち。
澪の大シェフと副シェフといえば、近隣ではちょっとした有名人だから、一目みておきたいってのもあるだろう。
そんな中、耶子が実剛のもとにやってきた。
「御大将。今日は晴れそうで良かったよ」
「ですねえ。この時期の北海道は晴天が多いとはいえ、天気までは操れませんからね」
握手を交わしながらの挨拶。
「あれ? 澪さんには操れる人いなかったっけ?」
「あの人、降らせることできますが、晴れさせることはできないらしいですよ」
「つかえねー」
「たしかに」
この場にはいない広沢をダシにして笑っている。
北海竜王は大雨を降らせたり洪水を起こしたりできるが、こういう野外イベントには、まったく意味のない能力だ。
むしろ、こっちくんなって感じである。
「今日は負けないよ。御大将」
「それはこっちのセリフですて。耶子さん」
お互いにこやかな顔だが、瞳から放たれたビームが火花をあげてぶつかっている。
ばちばちって。
勝っても負けても人死には出ない平和な戦いだが、それだけに負けるわけにはいかないのだ。
と、そこへ八雲町のスタッフが挨拶にきた。
町役場か商工会議所の人と、三浦陸将補である。
「や。御大将。今日はお手柔らかに頼むぞ」
「お久しぶりです三浦さん。あなたまでその呼び方をするんですね」
苦笑とともに差し出された右手を、陸将補が握りかえした。
すっと耳元に口を寄せて言う。
「先日は助力できず申し訳ない」
と。
「いえいえ。僕の格好悪いところを、三浦さんにまで見られなくて幸いでしたよ」
ちいさく次期魔王が微笑した。
社交辞令である。
おそらくは対澪特殊部隊は見ていた。
人工衛星か、潜ませた監視員かは判らないが、それは間違いなく。
新山首相は援軍を出してくれた。
しかし、だからといって日本と澪は、強固な同盟関係にあるわけではない。
寒河江や闇を狩る者とは違うのだ。
あくまでも友好的な中立にすぎない。
ごく軽い世間話ののち、耶子と三浦たちがそれぞれのテントへと戻ってゆく。
「自信満々だったわね。兄さん」
背後から美鶴が近づいてきた。
顔には笑みが張り付いている。
「もう勝ったつもりでいるんだろうね。僕たちがパフォーマンス勝負だと思って」
振り向いた実剛が、肩をすくめてみせた。
美鶴の言う自信満々とは、もちろん兄のことではなく、北斗市陣営と八雲町陣営のことである。
他の自治体はメイン料理人の五十鈴や山田に、いろいろと探りを入れているのに、彼らは実剛と挨拶しただけで戻ってしまった。
これは自信の表れだ。
黒毛和牛のステーキ丼。
名古屋コーチンのひつまぶし。
そりゃあ自信だって持っちゃうだろうさ。
対する澪は、子豚の丸焼きとか石窯で焼いたピザとか。
しかも目の前で仕上げてみせるというパフォーマンス。
見た目勝負と思われても仕方がない。
「勝ったわね。兄さん」
「油断大敵だって。勝負は下駄を履くまで判らないよ」
慢心する妹を柔らかくたしなめる。
このすぐ調子に乗っちゃうところさえなければ完璧な名軍師なのになあ、とか思いながら。
もっとも、調子に乗りやすいのは暁貴や実剛も同じ。
本人が自覚していないだけで、三人ともしっかりと巫の血なのである。
「義兄上さま。戻りましてござる」
しゅたたたた、と、走ってきた仁が、実剛の前で片膝を付いた。
ニンジャっぽい動きだ。
まあ、ニンジャだから。
他のテントの偵察をおこなっていたのである。
調べたのは、主に価格だ。
「ご苦労さま。どうだった? 仁」
「ステーキ丼は二千五百円。ひつまぶしは千二百円だったでござる。他には……」
次々と報告してゆくニンジャボーイ。
ふんふん頷きながらきいていた実剛と美鶴が、にやりと人の悪い笑みを交わす。
「千円を切れなかったみたいね。ご愁傷様」
「八雲の方が安いけど、温泉卵も買ったら千四百円だからね。こいつは厳しいや」
調子乗りの兄妹。
油断大敵とか言ってるそばからこれだ。
烤乳猪は、一人前四切れで五百円。
石窯ピザは、ハーフ五百円。
ワンコインである。
パイプ椅子に座り、両肘をテーブルについて手を組む次期魔王。
斜め後ろに第二軍師が立つ。
そしておもむろに美鶴が口を開いた。
「勝ったな」
「ああ」
やたら重々しく実剛が応える。
なにやってんだって話である。
午前十時。
高らかな開催宣言とともに、秋のグルメイベントがスタートした。
会場に押し寄せる客たち。
もっのすごい数だ。
澪の大シェフが新作を引っ提げて参戦する、と、ローカルのテレビやラジオが宣伝しまくった結果である。
いまや道南どころか、全道で名を轟かす五十鈴。
それを倒そうと集まった近隣自治体。
視聴者の反応はふたつに分かれたらしい。
「その意気や良し!」
というチャレンジャー応援派と、
「無謀なる挑戦者たちよ。絶対なる五十鈴神の前にひれ伏すが良い。ふははははは」
という、チャンピオン応援派に。
後者は応援ではなく信仰のような気もするが、そこはご愛敬だろう。
そして会場は、耶子や三浦陸将補の自信を裏切り、澪の圧倒的優位で戦況が推移していた。
「当然よ。いくらお祭り騒ぎといったって、一食に二千五百円はかけられないわ」
焼き上がったピザを、次々とピザカッターで六等分しながら美鶴が微笑する。
それは、勝利を確信した者の笑み。
二千五百円でも、千四百円でも、高すぎるのだ。
それを買っちゃったら、他の料理が買えない。
とまではさすがに言わないが、いくらかの我慢を強いられることになるだろう。
対する澪の料理はワンコイン。
これを買ってから他のテントを見に行けるのだ。
「ピザも烤乳猪も、量が少ないからね。お腹いっぱいにはならないし」
台に具を散らしながら、実剛も言う。
これが澪の、もうひとつの勝利の方程式だ。
黒毛和牛ステーキ丼も、名古屋コーチンひつまぶしも、多すぎるのだ。
どちらかを食べたら、一食としては充分なほどに。
もちろん光みたいな食欲魔神なら四つも五つも食べられるだろうが、普通の人はそんなに食べられない。
「自分のところですべてのお客さんを止めちゃおうって考えだったかもしれないけど、それは甘いよ。耶子さん。三浦さん」
がっつりステーキでお腹いっぱいにしたい。もちろんそういう人もいるだろう。
しかし、そうではないのだ。
せっかくのお祭りだもの。
いろんなものを食べたいではないか。
だから、量の多くない澪のテントから回ろうって考えるのは、むしろ当然なのである。
まずは話題の澪豚を食べてから、他のテントへ。
それでいい。
「近隣自治体で盛り上がろうってイベントだからね。自分だけが儲けようとしちゃいけないよ」
お客さんたちには、いろんなテントを回って各地の料理を楽しんでもらいたい。
澪のテントに寄るのは、ついでだっていいんだ。
「どうかな。耶子さん。これが僕たちの横綱相撲だよ」
忙しく動き回る仲間たちを見ながら、遠くのテントで奮闘しているであろう大イベントの企画者に嘯いてみせる次期魔王であった。
 




