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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
最終章 そしてまた幕があがる
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そしてまた幕があがる 2


 グルメイベントの開催が近づいてきた。

 九月の中旬というのは、たとえば東京などでは残暑きびしい季節であるが、この北の大地では空気に秋の気配が混じっている。


 各自治体からも参加メニューが伝わり、澪は臨戦態勢だ。

 最大のライバルとなるだろう北斗市と八雲町。


 前者が繰り出すのは、黒毛和牛ステーキ丼。

 百五十グラムはありそうなでっけーサーロインステーキを、どんってご飯に乗せた迫力の一品である。

 サンプルの写真を見たとき、幹部たちはうなってしまったほどだ。

 素材勝負。

 小細工なし。

 世の中は肉だといわんばかりに。


 一方、八雲町が繰り出すのは名古屋コーチンひつまぶし。

 手羽肉を甘辛く煮焼きし、ご飯に混ぜ混んだものをおにぎりにして提供する。

 それもふたつ一セットで。

 なぜそんな真似を、という疑問はすぐに氷解した。

 名古屋コーチンの温泉卵も同時販売されるのだ。使い捨て容器と一緒に。

 狙いは明白。

 ひつまぶしの上に温泉卵を落として食え、と。


 これは食べてみたい。やってみたい。

 ステーキ丼のような派手さはないものの、創意工夫が感じられる一品だ。

 どちらも強敵。

 相手にとって不足なし、である。


「ハスターとの戦いにゃあ負けたけど、こっちは負けられねえぞ。澪に連敗はないってこと、証明してこいや」


 とは、遠征部隊を送り出す際の、魔王の訓令だ。

 舞台は北斗市。

 新函館北斗駅、駅前広場である。





 遠征軍の司令官はもちろん実剛。我らが御大将だ。

 副将は美鶴とこころ。

 構成メンバーは、絵梨佳、光、光則、佐緒里、御劔、五十鈴、仁、ほたる、山田、第二隊の女子高校生たち。そして、ハスター。


 最後のひとりが、途方もなくおかしい。

 おかしいなんてレベルじゃないくらいに。


 まあ、どんなにおかしくても、ハスターが行きたいといえば、連れて行かないわけにはいかない。

 こころの参加は、もちろんハスターへの備えである。

 なにしろ現状、この愉快な異星人の手綱をわずかでもとれるのは彼女しかいない。

 天界一の知恵者には、食欲邪神と化して暴走するであろうハスターが、他の陣営に迷惑をかけないよう、さりげないフォローが期待されている。


「期待されても困るよ。力ずくで止めることなんかできないんだからさ」


 とは、こころの嘆きではあるが、九月頭の婚約発表以来、けっこう仲睦まじくしている彼女なら何とかしてくれるだろうと、幹部たちはMARUNAGE祭りだ。


 こころに止められないとしたら、もう他の人間ではどうにもならない。

 ある意味、諦観の境地である。


 ちなみにリーンも行きたがったが、町外でビヤーキーを運用するのは控えるべきとの意見が根強いため、今回は留守番だ。

 佐緒里とほたるはお土産をいっぱい買ってくると約束させられたらしい。


 留守番といえば、第二軍師も天界一の知恵者も澪を離れてしまうため、知謀の面で魔王を支える大役は、第三軍師の楓が務めることになった。

 実剛の代役は琴美。

 普段は光則が担当している役割だが、今回は彼も出撃するからだ。


 こうして暁貴の至近には楓と琴美、オマケの水晶という美女たちが侍ることになる。

 しかも琴美など、母親の沙樹と一緒に。

 通報ものであろう。


 どんなパラダイスで仕事してんだって感じだが、魔王さまはまったく喜んでいなかった。

 まあ、女性の多い職場で働く男性はそんなもんらしい。


 女の人に囲まれて仕事ができるんなんていいねー なんてからかったひには、殺人的な目で睨まれるとかなんとか。

 そもそも暁貴には愛妻がいるので、妬かれないかとか、そっちの方がずっと心配なのである。


 不幸な魔王のことなんかどうでもいいとしても、実剛と光則が同時に澪を離れるというのはちょっと珍しい。

 新年休暇のとき以来だろうか。


 今回、砂使いはイベントで重要な役割を果たすため外せないのだ。

 もちろん実剛も、行かなければ耶子陣営が納得しないだろう。

 そのような事情で、少し変則的なチーム編成となったのである。


「だからって、前日出発は気合いが入りすぎてるだろ」


 さっぽろ雪祭りのときにも使われた公用バスのなか、その光則が肩をすくめてみせる。

 札幌や道外に出かけるわけではない。

 隣町までの遠征だ。


 移動にかかる時間は三十分程度。

 遠征って言葉であっているかどうかすら怪しいくらいである。


 隣の町まで自動車で三十分という時間感覚は北海道人にとって普通だが、たとえば首都圏などに住む人々には奇異に映るらしい。

 三十分も走ったら県境を越えてしまうわ! というやつだ。

 たとえば東京二十三区の総面積は、澪と北斗市を足したそれよりも狭い。


「前日入りして、石窯とか竈の準備をしないといけないだろ? なにいってんだよ。光則は」


 実剛が呆れる。

 誰のために出発を早めたと思っているんだ、という顔だ。


「俺のせいみたいに言うな。あんなもん五分でできるって」


 わざわざ早くいって作る理由が判らない。

 子豚の丸焼きとかは調理に時間がかかるから、多少は先に準備をする必要があるが。


「だめだこりゃ」


 大げさにため息を吐く次期魔王。


 こいつはなんにも判っていやがらねえ。

 当日の朝なんか、準備する各自治体の人々でごった返しているのだ。

 そんな中、特殊能力で竈だの石窯だのを作れると思っているのか。このバカは。


「やっぱり光則は佐緒里さんの恋人だよねぇ。ノリと勢いで生きているところがソックリだよ」


 にやにやと笑ってやる。


「んだとごるぁ!」


 激昂する砂使い。

 もちろん彼は佐緒里のことが大好きだ。その気持ちに嘘偽りはない。

 しかし、同列に並べられるのはこの上ない恥辱プレイだ。


 パンチが実剛を襲う。


 しかしそれは、隣に座っていたはずの次期魔王には命中しなかった。

 やつの姿は、通路を挟んだ席へと移動している。

 足を組んだまま。


「HAHAHA。どこを狙っているのかね? 砂使いくん」

「てんめぇ……」


 有視界テレポート(ジャンプ)

 実剛の特殊能力である。

 ついこのまえ覚醒したばっかりだから、使ってみたくて仕方ないのだ。


「ようし。良い度胸だ」


 腕まくりをしながら席を立つ光則。

 調子こいちゃってるバカを矯正するのは、親友たる自分の仕事だろう。


「いままで散々砂剣でつついてくれたお礼、たっぷりしてあげるよ」


 実剛も立ちあがった。

 走行中のバスの中で。

 一触即発。


「実剛さん」

「光則」


 空気を切り裂いて響く声は、絵梨佳と佐緒里のものだ。


 大きくも強くもない。

 むしろ湖面のように静かで、穏やかな声である。

 しかし自分の座席から振り向いた二人の瞳は、凍結した冬の大沼のように冷たかった。


 ()られる。

 悟ったバカ男ふたりが、だらっだら汗を流す。


 芝と萩、ふたりの姫が右手で床を指す。

 無言のまま。


「ヒィっ」


 短く悲鳴をあげた男ども。

 そそくさとバスの床に正座した。

 冷たい瞳のまま、ふんと鼻息を荒くした姫ふたりが、何事もなかったかのように座りなおす。


 走ってる車内で能力バトルとか。

 なに考えてんだ。このバカたちは。


「あの……絵梨佳ちゃん……いつまでこうしていれば……」

「…………」


 返ってくる沈黙。


「到着までですよね。当然ですね。はい。判ります」


 なんにも言われていないのに察した次期魔王が、へこへこ頭をさげた。


「釘刺しありがと。絵梨佳姉さん」


 苦笑しながら、美鶴が義姉候補の少女に礼を述べた。

 ちょっと意外そうな顔で。

 あの兄でも調子に乗るんだなぁ、と。


「ねえココロ。あれはほっといていいのかい?」

「いいんだよ。じゃれ合ってるだけなんだから」


 くあ、と、あくびをしながら知恵者が応える。

 わりと前の方の座席に座っている、こころとハスターである。


「いやでも。サネタカが正座されられてるけど?」

「いつものことだよ。気にしたら負けさ」

「なんかもう負けで良いような気がしてきたよ」


 次期魔王と砂使いの、あまりにも情けない姿を見ないようにしながら、異星人が座りなおす。

 生まれてはじめて乗った、バスとやらの振動を楽しむように。



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