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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第6章 The marriage of Hastur
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The marriage of Hastur 8


 さて、こころとハスターが結婚するとしたら、戸籍をどーするんだって問題が出てくる。

 前者は良いのだ。

 普通に日本国籍を持った普通の日本人だから。

 中身がいくらアレでも、書類上はただの人間だもん。


「肉体もただの人間だよ。暁貴さんや鉄心さんみたい変身するわけじゃない」

「変身ヒーローみたいに言うなよぅ」


 副町長室である。

 沙樹と会話を楽しんだ後、こころは上司である鉄心と暁貴に一応の意向を伝えた。


「暁貴さんの体型でヒーロー? あなたは本郷猛(ほんごう たけし)さんに心から謝罪すべきだね」

「たいへん申し訳ありませんでした」


 悪の秘密結社によって改造された正義のヒーローに、心から謝罪する魔王であった。

 どうでもいい。


 問題はハスターの方である。

 彼は日本人ではない。それどころか地球人類ですらない。

 この国の戸籍なんか、当たり前のように持ってない。


「どーすんべ?」

「一番簡単な方法は事実婚さ。事実上は結婚してるけど、手続きの上ではただの他人ってやつだね」


 同棲(どうせい)とか内縁(ないえん)関係とかいわれるものだ。

 昨今はこういうので良いやってカップルも増えているらしい。


 まあ、結婚なんて、どうやっても相手の家との結びつきをゼロにはできないから、煩わしいことはたくさんある。

 子供ができたら入籍。それまでは事実婚として気楽に。

 なーんて生活を楽しんでいる人々はけっこういるのだ。


「結婚していないからこそ、別れるのが簡単って部分もあるしね」

「いやー 結婚してたって子供がいたって、別れるときは別れるもんよ? あたしの知ってる人に、バツ四って女がいるわ」

「その人はもう諦めた方が良いんじゃないかな? 結婚に向いていないよ。きっと」

「北海道らしいっちゃ、らしいけどね」


 肩をすくめるこころに、やっぱり肩をすくめてみせる沙樹であった。

 なにしろこの国で一番離婚率の高い島である。

 好きになったら一直線、勢いに任せて結婚して、ふと冷静になってみると、この結婚で失敗だったと思い、やっぱり一直線に別れちゃう。


 イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考え終わったら走り出す。

 なんて国民性をあげつらったジョークもあるが、北海道人の場合は、考えずに走り出すといったところだろうか。


 まあ、結婚も離婚も自由自在ってのは、たとえばそのへんがすっげーめんどくさいイングランド国教会とかの人々から見たら、羨ましいかもしれない。

 なにしろ()の宗派の考えでは、そもそも離婚というものが存在しないのだ。

 だから結婚という事実そのものをなかったことにしないといけない。


「さすがに事実婚ってわけにゃいかねえべや。体裁(ていさい)が悪すぎる」

「だな。いまどきの若者ではあるまいし」


 腕を組む魔王と、鼻から勢いよく煙を噴き出す盟友。


 一応、こころは街の幹部だし、ハスターに至っては澪にとって最大級の敬意を持って接しなくてはいけない相手である。

 ぶっちゃけ、アメリカやロシアの大統領なんぞより、はるかにウェイトは重い。

 おざなりにするわけにはいかないのだ。


「そしたら戸籍の問題は、ひとつしか解法がないことになるんだよ」


 てこてことホワイトボードに歩み寄り、こころが文字を書き込む。

 下半分しか使わないのはいつものことだ。

 ハスター氏に澪の戸籍を贈る、と。


「うぐはー」


 間の抜けた悲鳴を上げる暁貴。


 可能かどうか、という点は問題にはならない。

 この街では魔王が法律だ。彼が是といえば是。

 総理大臣とのパイプもある。情報操作に長けた影豚もいる。

 日本の人口が、ある日突然一人増えていても、はっきりきっぱり誰も疑問を抱かないし、抱かせない。


 問題は、彼らよりはるかに上位の存在であるハスターに、日本の国籍なんか贈ったら怒らせちゃうんじゃないか、という部分である。


「こころよ。その策の利点は?」


 吸い差しのタバコを右手に、鉄心が訊ねた。

 沙樹がごくわずか顔をしかめる。

 結婚にまつわる様々な問題まで政略に組み込んでいるように見えたからだ。

 恋に生きる女は、そういうのをあまり好まない。


「ん。ハスター氏の帰属意識を、澪に向けさせることができる、かもしれないね」


 ちらりと年長の友人の顔に視線を投げ、こころが解説した。


「かもしれない、か」

「過大な期待はできないよ。鉄心さん。なにしろ思考の方向性が違いすぎるからね」


 地球よりもはるかに進んだ科学力と、ずっと成熟した政治意識と、比べようもないほど高い道徳性をもった異星人だ。

 人間の、というか地球の常識で推し量ることは難しい。

 でも、と付け加えるこころ。


「ノエルだって、ずっと澪で暮らすうちに、この街が好きになっていったからね。絶対にないとは言い切れないよ」


 町立病院の改革に辣腕(らつわん)を振るっている僚友のことだ。

 対立するヴァチカン陣営からの監視役として送り込まれたノエルだが、街の人々と触れあい、魔王と愉快な仲間たちの為人(ひととなり)を知ってゆくうちに、好きになっていった。

 澪のことを。


 一緒に同じ未来を、見てみたいと思ってくれた。


「ふむ」


 鬼の頭領が腕を組む。


「たしかに、暁貴のダメっぷりを見ていれば、自分が支えてやらねばと思ってしまうのは判るな」

「ひどくね? 鉄心」

「お前は聖者の功徳(くどく)によって王たる地位にいるわけではないということだ」


 拗ねる魔王。

 笑う鬼。

 いつもの光景である。

 くすりと沙樹とこころも微笑した。


 暁貴はべつに立派な人間ではない。むしろ、どちらかといえばダメ人間の部類だろう。

 器の大きさを評価されることはあるものの、それだってたぶん実剛におよばない。

 現在のではなく、三十年後の。


 でも、やっぱり王様は彼なのだ。

 理屈ではなく。


「けどよ。現実問題として、ハスターが受け入れるかねえ」


 不利を悟ったのか、暁貴が話を戻した。

 政略的な有効性は理解できるとしても、ハスターがそれに乗るとは限らない。


 ふざけんなこの未開惑星の原住民が! とか怒り出しちゃったら、ちょっと洒落にならないのである。


「そだね。私の考えのネックもそこなんだ。だけどまあ、やってみてもいいんじゃないかなって思ってるよ」


 弱点(ネック)のある策を実行しよう、というのは、常のこころらしくない。

 視線で先を促す暁貴。

 理由を教えてくれ、と。


「彼は私に惚れてる感じがするからね。私がごろにゃんと甘えれば、案外ころっといくかなって」


「ごろにゃん……」

 魔王がうめいた。


「ごろにゃん……」

 鬼がうめいた。


「ごろにゃん……」

 魔女がうめいた。


 三人の脳裏では、なんか猫耳をつけたこころが、すっげー無表情のままハスターに甘えているというシュールな光景が展開されていた。


 ほんとにうまくいくんだべか? そんなので。







 じわり、と、したたりおちる脂。

 赤々とした炭に触れ、ぼわっと火が出る。

 えもいわれぬ芳醇な香りが広がる。


「た、たまらんなこれは……」


 子豚の丸焼きを調理するための(かまど)を制作した光則が、ごくりと喉を鳴らした。


 砂や土を使った造型で、彼の右に出るものはいない。

 誰も訪れることのない山奥に、ものすげー立派な庭園露天風呂を作っちゃった男である。

 探検家とかが金鉱跡地に踏み入れたら、きっと腰を抜かして驚くだろう。


「良い炭も手に入りましたし。これは良いものができそうです」


 ほくほく顔の五十鈴だ。

 孤児院(シンクタンク)の中庭。

 恒例の試食会である。


 じつはこの澪、道内有数の木炭生産地だったりする。

 秀峰(しゅうほう)駒ヶ岳が生み出すめぐみのひとつ。

 全国生産の二割が北海道で作られ、さらにその四分の一が澪で生まれている。具体的には五百三十トンくらいだ。

 もちろん量だけでなく質だって素晴らしい。

 まあ、それだけのPRできる資源がありながら、これまでまったくなんの宣伝もしてこなかったわけではあるが。


「あと五分くらいで焼き上がりですね」


 ぐーるぐーると子豚を貫いた巨大なくしを回しながら、山田が言った。

 仕込みに一日。焼くのに四十分くらい。

 というのが副シェフの目算だ。


 食欲魔神どもの目が輝き始める。

 名を記すまでもない一号と二号。新三号たるリーンである。



 

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