The marriage of Hastur 6
ロマンチックな夜景を見ても、ロマンチックにならない二人。
これはまあ、個人差もあることなのでどうにもならない。
「上手くいくといいですねー あのふたりー」
実剛に身体を寄せた絵梨佳が言う。
少女の甘い香りが鼻をくすぐる。
「どうかな? いっこうに距離が縮まったように見えないんだけど」
肩をすくめる少年。
「え?」
きょとんとした絵梨佳。
それから、くすくすと笑い出す。
大好きな彼が、こういう朴念仁であることは、よく知っている。
「こころさんは、けっこう蓮田さんのこと気に入ってますよ」
「そうなの?」
「すごいいっぱい質問してるじゃないですかー」
あいかわらず意味不明なことを言う芝の姫であった。
まあ彼女の言語化能力であれば仕方がない。
こころというのは、あまり他人に質問はしないのである。意思を確認するとか、そういう意味合いのものを除いて。
単純に知識欲を満たすために訊く、なんて事態はそもそも起きない。
天界一の知恵者だから。
たいていなんでも知っているのだ。
それがまた普通の人には鼻持ちならない態度に映るのだが、今日のこころはよく質問する。
食事のこととか、景色のこととか。異星人がどう感じるか、とか。
判らないから。
彼が何を考え、何を感じているのか。
知りたいと思う。
あなたのことを。
知って欲しいと思う。
わたしのことを。
「それを、恋心っていうんですよー? 次期魔王さまー」
むふふふーんと笑う姫。
ちょー訳知り顔で。
なんともいえない表情で実剛が微笑んだ。
たしかに言われてみればその通り。
彼だって絵梨佳のことを知りたいと思った。その髪に、その頬に触れたいと思った。
きっと、誰しもそうなのだ。
「ううーん。僕は自分で思っていたより、ずっと唐変木なのかも」
「なにをいまさらー」
次期魔王たる実剛も、魚顔軍師たる信二も、基本的には一緒だ。
どんな難局でも顔色ひとつ変えずに乗り越えるくせに。
どんな難問だってさらりと正解にたどり着いてしまうくせに。
心の謎解きだけは、さっぱりすっぱりぜんぜんできないのだ。
この最強ツーマンセルは。
だから、絵梨佳も楓もいつだって背伸びを続けている。
いつかはこの人に似合う女になりたいから。
「そういう実剛さんのこと、大好きですよっ」
しがみつく手にぎゅっと力をこめる。
「僕だって絵梨佳ちゃんのことが大好きさ」
自由な方の手で少女の髪を撫でる。
遠くに輝く百万ドルの夜景。
ゆっくりと少女が目を閉じ、こころもち上を向く。
さすがの朴念仁でも、その意味に気付かないわけがない。
近づいてゆく顔。
唇が触れ合う。
「若い衆は大胆だねえ」
恋人たちの姿にちらりと視線を投げ、こころは肩をすくめた。
当たり前だが、函館山の展望台は開放的な空間だ。
とくに遮蔽物なんかないんだから、キスシーンなんか演じていたら丸見えなのである。
「私までどきどきしてくるね。ああも見せつけられると」
くすりと笑う蓮田氏。
「えらく純な異星人だね」
「ココロは私のことをなんだと思っているんだい? 女遊びが巧みなプレイボーイじゃないんだよ」
「プレイボーイて。どこでそんな言葉を仕入れてきたんだか」
「もちろんトイボーイでもないよ」
「それだともっと意味不明だよ」
くすくす笑う知恵者。
ちなみにトイボーイというのは、年上の女性に可愛がられている若い男性のことである。
日本だと、ツバメとかホストとか、そのあたりがだいたい似たような意味になるだろう。
まあ、あんまり良い意味で使われる言葉ではない。
「どう考えても、私の方が年下だよね」
「それなんだけど、実年齢で考えるからおかしくなるんだよ。ココロ。相対年齢でいこう」
「競走馬とかじゃないんだからさ」
人間の年齢で考えれば、というやつである。
馬の場合は、かつては五歳からを古馬といって大人として考えた。いまは数え年ではなく満年齢だから、四歳から大人だ。
「たぶん人間だと四十八くらいだと思うんだよ。私は」
「お若く見えますね……」
げっそりとコメントする。
言えない。
暁貴か鉄心と同い年だね、なんて。
だいたい、蓮田の外見は二十代の前半にしか見えないし。
「ココロと良い釣り合いだと思わないかい?」
「うん……まあ……なくはないかな」
二十二歳差。
ものすげー離れてるけど、じつは魔王夫妻は二十五歳差である。
あれに比べたら、まだちょっとはマシだろう。
「よし。合意に至ったところで、私たちも接吻しよう」
ばっと両手を広げてみせる異星人。
ムードもへったくれもありゃしない。
どこからつっこんでいいのか判らないよ。
何がよしなのか。
どこのラインで合意したのか。
接吻とか、あんたは大正時代の人かとか。
「キスをしたいがために、ここまで理屈を並べるってのは新機軸だよ。蓮田さん」
なんだろうね。
バカなんだろうか。この人は。
はやくなんとかしたほうが良い。
そうしないと、大好きになっちゃいそうだ。
うん、と背伸びをするこころ。
その場で。
近づかない。
欲しいならそちらから近づいて抱き寄せろ、とでも言うように。
軽く瞼を閉じる。
苦笑した青年が小さな身体に腕を回した。
屈むようにして。
身長差があるから。
近づいてゆく顔。
「……中腰がつらいよ。ココロ」
「頑張れ。私だって背伸びつらいんだから」
やっぱりムードの欠片もないようなことを言いながら、邪神と知恵の神が口づけを交わした。
「ポークシャドウだ。非常に痒い光景が展開されているが、解説は必要か? どうぞ」
タンデムシートから佐緒里が報告している。
役場からは、当然のように解説不要の返信があった。
だれが他人のキスシーンなんぞを詳細に説明して欲しいと思うのか。
つまらなそうに無線機をおく鬼姫。
移動中ではないためヘルメットに内蔵されている方ではなく、車体からコードが伸びているヤツだ。
「なんとか形にはなったみたいだな」
むすっと告げるのは光則だ。
そりゃまあ、任務とはいえ他人のラブシーンを覗き見しているのである。
気分は上々って感じには、なかなかなれない。
まして実剛は親友で、絵梨佳は従妹だ。
けっこう複雑な気分である。
「しょうもない仕事だったな。光則」
佐緒里も不本意そうだ。
あいつら、昼はファストフードだったけど、夜は高級レストランでフルコースである。
尾行の特性上、光則と佐緒里はバイクの上でパンをかじっただけなのに。
張り込み中の刑事かよ。
「まったくだよ。この後はもうなんにもないだろうし、引き揚げるか」
ラブホテルに入ろうが、湯の川温泉に繰り出そうが、もう知ったことじゃない。
中まで追いかけるわけにはいかないのだから。
まあ、へたれの実剛にそんな甲斐性はないだろうし、こころはあれでけっこう常識人だから、ふつうに澪に戻るだけだろうけど。
「疲れただけだったな」
「一応、疲れを取るおやつは持ってきた。食べさせてあげるからこっち向いて。光則」
「ん? なんだ?」
操縦席で振り向いた砂使い。
タンデムシートから身体を伸ばした鬼姫が、覆い被さるように唇を奪う。
驚きに目を見開いた光則だったが、停めてある二輪の上で絶妙にバランスを取りながら恋人の背に手を回した。
絡み合う舌。
大胆に。
繊細に。
不意打ちを成功させた佐緒里が、ゆっくりと体を離す。
「疲れ、とれた?」
照れ笑いを浮かべながら。
鬼姫ともあろうものが、二組のカップルにあてられてしまったらしい。
「もうちょっと足りないかな」
ふてぶてしく笑った光則。
佐緒里の身体を抱き寄せる。
「光則は強欲だな。良い鬼になれる」
「そいつは光栄の至り」
もう一度、バイクの上で恋人たちの顔が近づいてゆく。
 




