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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第6章 The marriage of Hastur
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The marriage of Hastur 5


 函館の夜景というのは、宝石箱をひっくり返したような、と、たとえられることが多い。

 計算されない美しさだから。


 なにしろこの街は、計算も計画性もなく発展していったのである。

 都市は生き物、という言葉の通り。


 もともとは五稜郭要塞を中心とした城塞都市だから、道は入り組んでいて迷いやすい構造だし、函館山地区などはものすごい急勾配(こうばい)な坂も多い。

 まあ、あんまり暮らしやすい街ではないだろう。


 だがそこにこそ美しさがある。

 たとえば完璧な都市計画によって作られた札幌市などは、街並みも碁盤の目。

 整然とした夜景は、もちろん美しくはあるのだが、感動をおぼえるようなものではない。


「命の輝き、だね。まるで」


 函館山から市内を一望した蓮田が、ほうと息を漏らす。


「あなたたちの目から見ても、この夜景は美しいかい?」


 横に並んだこころが微笑を浮かべた。

 身長差がかなりあるので、あんまり絵にならない二人である。

 カップルというより親子のようだ。


「そうだね。宇宙(そら)にはたくさんの星があり、それぞれに美しいけれど、この水の星(アクエリアス)の美しさは、特筆に値するだろうね」

「私は他の星を知らないけど、地球人のひとりとしてお礼をいっておくよ」


「地球()だろう。どちらかといえば」

「この身体は人間だよ。蓮田さん」


「たしかにココロの本体は精神生命体(アストラル)に近いものがある」

「そういうのまで判るんだ」


 なんともいえない会話。

 もう少しロマンチックでもバチは当たらないだろう。


「二回目ですね。ここにくるのは」

「また絵梨佳ちゃんとこられて嬉しいよ。何度でもきたいね」

「何度でもこれます。何度でも連れてきてくださいねー」


 絵にならないカップルの横では、けっこう絵になるカップルが談笑している。

 腕なんか絡めて。

 死ねばいいのにって感じだ。


 こいつらだって政略の結果として婚約したはずなのに、ラブラブっぷりが腹立つほどである。

 ちらりと横目で見遣ったこころが苦笑いを浮かべた。

 さすがにこいつらの真似はできないな、と。


 まず年齢が違いすぎる。

 こんなんでも、こころは二十六歳だ。

 それなりに酸いも甘いも噛み分けていたりする。

 男性経験がないわけでもない。


 恋に恋する乙女、というわけにはいかないのだ。

 夢見る少女じゃいられないのだ。


「蓮田さんはさ。本当に私みたいなのでいいのかい?」


 無作為な思考を中断して問いかけた言葉は、やはり無作為なものだった。

 やや考える素振りをする異星人。


「私が初めて会話を交わした澪の女性はニキサチだった。その次がきみだったね。ココロ」


 よく判らない言葉。

 かるく知恵者か頷いた。

 続きがあるだろうと思ったから。


 基本的に、彼女は他人の言葉を遮らない。

 かぶせて何かを言う、ということはしない。


 それは自分の知謀に絶対の自信を持っているからだ。ぜんぶ語らせてから、ひとつひとつ叩き潰すというのが、天界一の知恵者のスタイルである。


「どちらも面白い女性だと思う。澪の女性から誰かを選びなさいと言われたら、私はココロかニキサチを選ぶだろうね」

「なんでさっちんと争うことになるのか……」


 げっそりするこころ。

 なんぼなんでも対照的すぎる。


 そこそこのナイスバディで、どっちかっていうとものを考えないニキサチ。

 完全に幼児体型で、思慮深いこころ。

 正反対だ。


「そして、そのふたりのうちどちらかと問われたら、間違いなくきみだよ。ココロ」


 予選通過が二人。決勝戦で知恵者が勝利した。

 なんというか、選び方として、とてもとてもおかしい。


 恋愛とは、そういう風に考えを進めるものではないだろう。

 たぶん。






「そういうことでしたら、勇者隊から誰か、ということになるんじゃないですか?」


 軍師たちにおやつを与えながら、五十鈴が提案した。

 霊薬を服用した量産型能力者の町外運用は難しいとはいえ、他に選択肢がないのはたしかだ。

 となれば勇者かニンジャ。


 後者はちょっと適さない。道具として教育されてきた彼らは、けっこう一般常識を知らないところがあるから。

 澪で暮らしているうち、だいぶ現代社会に馴染んではきたが。


匂坂(いさか)が良いんじゃないかと思うんですよね。東京生まれですし」

(たかし)さん東京だったんだ……」

「たしか向島(むこうじま)じゃなかったかな、と」


 匂坂嶢(いさか たかし)

 勇者のひとりで、獲物は日本刀。

 しかも脇差しなんて可愛らしいものではなく、背中に背負うような両手持ちの野太刀(グランドシャムシール)だ。

 片手で戦うときにはメイスを使ったりもする。


 身長は実剛とほとんど変わらない程度なのに、とにかくでかくて重い武器を好む青年。

 勇者隊の中にあって、たとえば次期魔王の護衛だったり、第一隊の副将だったり、女神亭の大シェフだったりという重責を担ってはおらず、普通に役場職員をやっている。

 具体的には、町が運営する老人福祉施設の介護スタッフだ。


 五人まで数を減らしてしまった勇者隊は澪防衛の要ではあるが、ヴァチカンから派遣された神の戦士三十名が加わったことにより、多少はウェイトが軽くなった。

 能力的にも人格的にも、魚顔軍師の護衛を大過なくこなせるだろう。

 ちなみに勇者隊にはもう一人隊員がいるが、こちらを五十鈴は候補として挙げなかった。


 女性だからである。

 信二の護衛に女性がついちゃうと、楓が妬くだろうなーと思ったのだ。

 それに、どうせなら御劔みたいな立場になってくれた方が、からかい甲斐がある。

 いろいろ(はかど)るというもんだろう。


「そうねえ。勇者なら戦闘力も申し分ないし、墨田(すみだ)区出身なら東大も近いから地理的なことも詳しいだろうし。悪くない手かも」


 ふむと下顎に右手を充てる美鶴。

 楓も頷いた。

 信二が暮らすマンションは東京大学のある文京(ぶんきょう)区に存在する。

 学生の分際(ぶんざい)で、5LDKとかあるような高級マンションに住んでいやがるが、これは日本政府が用意したものなので彼に責任はない。


 なんでそんな広い家を用意したのかといえば、政府としては護衛も一緒に住むだろうと考えたからだ。

 まったくなんにも考えなかった澪がおかしいのである。

 入学から四ヶ月以上も経過して、やっと護衛の必要性に気付いたというんだから、ちょっとびっくりだろう。


「護衛が女の人でないなら、楓さんも安心でしょうし」

「どうでしょう? 向島出身なら、悪い遊びとか知ってそうですよ。信二さまを悪の道に引き込まないか心配ですわ」


 からかう第二軍師に、くすくすと第三軍師が笑う。

 向島というのは、明治以降、花街(はなまち)として栄えたのだ。

 まあ芸妓(げいぎ)も時代の流れとともに減少し、かつては千人以上いたといわれるそれも、百人くらいまで減っちゃったらしい。


「なにをいっているんてすか。楓さんは。貧乏な私たちが芸者遊びとかできたわけがないでしょうに」


 五十鈴も笑う。

 料亭で遊ぶなんて、お金持ちの特権なのである。

 信二と嶢が高級料亭に入ろうとしたって、一見(いちげん)さんお断りと、ぽいって捨てられておしまいだ。


「そして遊べなかった鬱憤(うっぷん)を、お互いに慰め合うんですよ」


 きしししし。


「院長先生。ものすごく腐った顔をしてるよ」


 やれやれと呆れるほたるちゃん。

 立派な人格の所有者で、優しくて、気配りもできて、料理上手で、ほとんど非の打ちどころもないような五十鈴なのに、男性をからかって遊ぶ悪癖だけが玉に(きず)だ。


 そもそも筋骨隆々とした勇者と魚顔軍師の絡みなど、どこに需要があるというのか。


「それはそれで悪の道ですわよね」


 困ったような顔をする楓だった。

 でもまあ、もし五十鈴が薄い本を書いたらぜひ読ませてもらおう、なんてことを思いながら。


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