こんな地球連合軍は嫌だ 10
そもそも、地球人のことを知らなすぎる。
基本的には手も口も出さないのが監察官だといっても、これはよろしくない。
レラやハイドラが愛し、骨を埋めたいとまで思った地球。
そしてそこに住まう人類。
知りたい、と思った。
先日の一次接触いらい、その思いは強まるばかりだった。
ただし、あまり頻繁に地上に降りるというのもまずい。
彼自身が過剰干渉といわれてしまうし、そういうことになれば、監察官の任を解かれる可能性だってある。
「だから私は言ったのさ。愛しみあう者を引き裂くのが最低最悪のマナー違反なんだから、ハスターも地球人と恋に落ちれば良いんじゃないかってね」
疲れたように説明するこころ。
「なんでそういう余計なことを言うんですか……」
信二がげっそりした。
悪知恵を与えちゃったら、実行しゃおうかなーって思っても仕方ないじゃない。
「仕方ないだろ。彼が任を解かれるのは、私たちにとってもマイナスが大きいんだから」
「そうですけどね……」
「そうなんですか?」
同意する主席軍師と首をかしげる第三軍師。
このあたりは、まだちょっと差があるふたりなのである。
もちろん信二はちゃんと説明するつもりだ。
「ハスター氏は澪のありように対して、非常に寛大です」
なんだかんだと理由を付けて滅ぼそうとはしなかった。
「それはマナーが……あっ」
質問しかけて楓も気付く。
マナーに法的な拘束力などない。
澪とそれに関わる者すべてを滅ぼしてしまったとしても、それによってハスターが処罰されることはないのだ。
もちろん評価が下がるのだろうが、ぶっちゃけ、どの程度の下落かって考えたら、自ずと答えは見えてくる。
たとえば、稀少の生物の観察をおこなっている地球人の研究者、と仮定すると判りやすいだろう。
観察対象のなかに、ちょっと面白い個体があった。
どういう進化をするか見てみるか、あるいは変異体として処分するか。
後者を選択した場合、非難はされる。
稀少な生物を処分してしまうとは何事か、と。
しかしその程度だ。
罪に問われることなんてない。評価が下がるといってもたいしたものじゃない。ましてこの場合の観察対象たる地球人は、七十億もいる。
「そうだよ。楓。ハスターがいった評価が下がるなんて、普通に考えたら気にするレベルじゃないんだよ」
「ではどうして彼は?」
「私たちに興味を持ってくれた、というのが一番の理由だろうね」
その証拠に、一次接触の際にはまったく気にしなかった地球人たちの個体名を、試合の時には憶えようとしてくれた。
「で、このくらい俺たちに興味を持ってくれる監察官は、もう現れないかもしれない、ということなのですよ。楓」
こころの言葉を信二が引き継ぐ。
もしハスターが更迭されちゃった場合、次に派遣される監察官はもっと強硬だろう。
同じタイプを派遣するという意味は、基本的にないからだ。
めんどくさいから、日本とかいう島国ごとぷちっと潰しちゃおうか、とか考えてもまったくおかしくない。
「そういう事態にならないために、ぜひハスターには続投して欲しいんだ。軌道上の母艦で本でも読んでいてくれるのが理想だね」
「しかし彼は興味を持ってしまった。地球人に」
こころと信二が苦笑する。
暁の女神亭の食事券を要求したのも、おそらくは計算だ。
ビヤーキーの供出だって、あるいはその一環かもしれない。
約束通りに運用されているかチェックする、という名目で地上に降りることができるから。
「それは……過剰干渉と言われても仕方ありませんわね……」
天界一の知恵者と魚顔軍師の言葉を脳裏で反芻する楓。
ハスターは完璧な計算でやっているかもしれないが、軍師たちの目にはかなり危うい綱渡りに見える。
だから、こころは入れ知恵をした。
地球人と恋仲になってしまえば、過剰干渉ではあるものの、呼び戻されないよ、と。
マナーを盾に使えるから。
「……こころ嬢、あるいはそれは、言わされたのかもしれませんよ」
「……だね。私も今そう思ったよ」
読んだのではなく、読まされていた。
こころから出たアイデアであれば、少なくともこころ自身は拒否しづらいのは当然だ。
ここでたとえば、彼女以外の女性……見目麗しい琴美や水晶などをよこせと言ってきたなら、その欲望を上手いこと利用して搦め手にはめることができる。
しかし、言い出しっぺの知恵者を欲しいと言われたら、なかなかに返しが難しい。
「そこまで読んで仕掛けてきたってことですか。とんでもないですわね」
「私は策に溺れてしまった格好だね」
やれやれとこころが肩をすくめる。
なんの因果か、異星人のお嫁さんにならないといけないらしい。
「そもそも、こころ嬢の意志はどうなんですか?」
訊ねる軍師。
最も重要なことだ。
澪に政略結婚はない。
長上の決定によって婚約者となった実剛と絵梨佳も、信二と楓も、高木と深雪さえも、本人の意志こそがいちばん大事だと暁貴は明言している。
「私、かい?」
「結局のところ、そこが問題なのではないですかね」
きょとんとした顔の知恵者である。
鳩が豆鉄砲を食ったような、と表現すれば、言い過ぎだろうか。
「考えたこともなかったよ」
「俺より七つも年上の女性の言葉とは思えませんよ」
「いやあ。特殊な性的嗜好のある男以外にモテたって経験がないからねえ」
嫌味を飛ばす軍師に、やたらときわどい返しをみせる知恵者であった。
「救援に感謝する。それぞれの盟主に、よしなに伝えてくれるとありがたい」
翌日のことである。
副町長室に参集した、稲積と比奈子、聖と伽羅、ジャンヌ・ダルク、雄三に対して、魔王が頭を下げた。
北海道神宮、日本政府新山陣営、闇を狩るもの、寒河江陣営。
澪にとって、いずれも義理を欠くことのできない相手である。
義理を欠いちゃってもまーったくかまわない耶子陣営は、昨夜のうちにとっとと本拠地たる北斗市に帰還している。
突然あらわれて大暴れし、負けたあげくに、パーティーで好きなだけ飲み食いして、満足したらバイバイ。
さすがはマハラジャといったところである。
見事なわがままっぷりだが、たとえば高木などは耶子のシャープな政治感覚に舌を巻いた。
押しかけ援軍で、しかも敗北してしまったが、それでも援軍は援軍。
澪としては謝礼を出さなくてはいけない。
そしてそれは、耶子陣営にとって望むところではないのだ。
援軍にきて、あんまり役に立たなかったけど、ご飯は食べさせてもらった。
それでチャラ。
好敵手という立ち位置では、それがベスト。
貸しも借りも作らない、という政治思想が良くでている。
無作為な思考を続ける高木。
正面では、魔王がひとりひとりと言葉を交わしている。
「はやく戻ってきてやれよ。沙樹が寂しがってるぞ」
「……貴殿に言われるまでもない」
差し出された右手を雄三がおざなりに握りかえした。
沙樹にゾッコンラブ(死語)な彼としては、妻が思いを寄せていたこともある暁貴に対して虚心ではいられないのだろう。
「もうちょっとフランクでも良いんだぜ? 義理とはいえ、俺らは従兄弟になるんだからよ」
「……アンタにはわだかまりがないのかよ」
むっつりと応える。
「むしろ申し訳ねえ気持ちでいっぱいだよ。あのころの俺って、そんなに荒れてたんだな」
「……いいさ。暁貴さん。もう過ぎたことだ」
微苦笑。
笑うことに慣れていないのだ、と、表情が語っていた。
「飲みに行こうぜ。次にこっちにきたときでも」
にかっと笑う魔王。
「悪くないな」
「で、沙樹の悪口で盛り上がろうぜ」
「そうだな。ぜひそうしよう」
妙に親和力が高まってゆく中年男ズ。
いろいろ言いたいことはあるのだ。
言えないけどね。
怖いから!
「不満があるなら、いま言ってもいいのよ?」
不意に入口からかかる声。
前室にいるはずの沙樹である。
こいつ、聞き耳を立てていやがった。
鏡を見せられたガマガエルみたいに、だらっだらと汗を流す男ども。
「ふむ。たしかによく似てるかもね。聖クンと」
流され舌禍青年と魔王を見比べ、苦笑する伽羅であった。




