こんな地球連合軍は嫌だ 8
破壊のチカラを持つ神。
それ自体は、べつに妙でも珍でもない。
文明が発展してゆく過程で、必ずそういう終末思想というのは生まれるし、そのチカラを具現化した存在も誕生する。
「ふむ。そういうものかもしれないね」
ハスターの隣に腰掛けたこころが、興味深げに頷いた。
いわれてみずとも、洋の東西を問わず宗教を問わず、終末を予言するものはあるのだ。
「もちろん私たちの文明だって例外じゃないよ。ココロ。はるかな昔にはそういう思想もあったし、そういう存在も生まれたと記録にある」
「それをあなたたちは乗り越えてきた?」
「と、ばかりもいえないね。滅びてしまった文明だって数多くあるよ」
「ふぅむ」
腕を組む知恵者。
ベアトップのドレスだが、まったく色っぽいポーズにはならなかった。
「たとえば滅びを回避する方法を訊いても、教えてはくれないんだろ? ハスターさん」
「ああ。それはダメだね。絶対に許されない行為だよ」
「OK」
当然だろう。
地球人類が危機を迎えるたびに、何か超常の力が働いて救ってくれるなら、そんなもんは人類の歴史とはいわない。
人類は、人類の手で自らを救わなくてはならないのだ。
それができなければ滅ぶ。
冷たいようだが、摂理というものである。
個人レベルだって同じ。
自分で自分を助けなくてはいけないし、誰かが助けてくれるだろう、なんて甘っちょろい考えがデフォルトになったら、まったく救われない。
もちろん誰かが救いの手を差しのべてくれることはあるが、それこそ望外のことなのだ。
「案外あっさりと引き下がったね。もう少し粘るかと思ったよ。ココロ」
人好きする笑みをハスターが浮かべた。
「滅びなかった文明もある。それで充分だからね」
前例がひとつもないなら、その戦いは非常に苦しい。
勝つか負けるか判らないから勝負というのだと判っていても、本当にしんどい。
しかし、勝利した者がひとりでもいのるなら、それは、すくなくともその方法があるのだという証拠である。
やり方は、まだ判らなくても良い。
これから探してゆくだけだ。
シヴァが退屈しない世界を、他の宗教の終末が訪れない世界を、模索してゆくだけだ。
正解は、どこかに必ずあるのだから。
「うんうん。その意気だよ。ココロ」
「子供の成長を見守る親みたいな顔で言うのは、けっこうやめて欲しいけどね」
「いやぁ。私の立ち位置って、わりとそういう感じなんだよ」
「子供扱いすんな」
「では淑女として扱うよ。今晩どう?」
「あなたは淑女というものを誤解しているね」
やれやれと首を振る知恵者であった。
と、その視線が信二を捉える。
こころと並び称される智者が、なんかすっごい微妙な顔つきで接近中だ。
楓と佐緒里、光則とビヤーキー娘まで引き連れて。
「どうしたんだい? 信二」
「ちょっと不測の事態が起きましてね……ハスター氏」
「なにかな? ええと、初対面だよね」
目を向けるハスター。
やや慌ただしく自己紹介がされ、状況の説明がおこなわれる。
佐緒里とビヤーキー娘の間に友誼が成立し、なんと名前まで付けてしまったと。
頭を抱えるこころ。
もうね。
ほんとね。
予想の斜め上にかっ飛んでいく行動は控えて欲しいんだ。
「いやはや。きみたちは本当に面白いね。戦闘ユニット一体がいくらするかとか、考えなかったのかい?」
ハスターが笑う。
それはもう呆れたように。
もちろん、鬼姫がそんなこと考えるわけ、ないじゃない!
ノリと勢いだけで生きてるんだから!
「お、おいくら万円なんですかね……?」
おそるおそる訊ねる魚顔軍師。
人類の科学力で作れるようなものじゃありません。
人造人間だろうと有機アンドロイドだろうと、はっきりきっぱりSFの世界のできごとです。
「地球のお金なんてもらっても仕方ないよ。しかし困ったな。どうしようか」
ううむとハスターが腕を組みながら説明してくれる。
やはりビヤーキーは、地球的な意味での生命体ではなかった。
どちらかといえばロボットに近い。
「きちんとユーザー登録をしていなかった私にも責任はあるんだよね」
本来、戦闘ユニットにしても移動ユニットにしても、ちゃんと使用者を登録しなくてはいけないらしい。
ただ、たとえば日本でもパソコンのユーザー登録をしない人はいる。
けっこうな数。
一番の理由は、めんどくさいからだ。
「めんどくさかったんですね……ハスター氏」
「うん……だって十体のユニットにひとつずつ名前を付けるんだよ?」
「同意を求められましても……」
基本的に戦闘ユニットなんぞ、使う機会はない。
なにしろ太陽系は、すげー平和な宇宙だ。
地球人の宇宙船は原始的なもので武器とか搭載していないし、凶猛な宇宙生物とかが出るような宙域でもないし。
一応は義務として監察官の母艦には相当数の戦闘ユニットも移動ユニットも収納されてるけど、ぶっちゃけ使うことなんてないのである。
今回、澪の血族との試合のためだけに十体を出してきた。
一回限りの使用だもの。
「わざわざ名前つけないじゃん」
「や、だから同意を求められましても……」
救いを求めるように信二がこころや楓を見るが、すいっと視線を逸らされてしまう。
お前がまとめろ、と、態度が語っていた。
仕方がない。
「御大将! 御大将!!」
責任を押しつけるべき人間を求め、大声をあげる魚であった。
耶子陣営と談笑していた実剛だったが、突然呼ばれたため、軽く耶子に目礼して腹心の元へと向かう。
もちろん絵梨佳が影のように付き従っている。
そして、
「まいっち○ぐ」
という謎のコメントを発した。
事情を説明されて。
「初期化とかはできないんですか? ハスターさん」
「本星に戻ればできるけど。その場合はそちらの少女も同行して、譲渡手続きをしないといけないからなぁ」
「さすがにそれはちょっと……」
佐緒里が宇宙人にさらわれてしまう。
なんぼなんでもそれはまずい。
結局、起動した後にちゃんと登録しなかったハスターが悪い。
誰のものでもないビヤーキーに、事情を知らない佐緒里がユーザー登録してしまった、というだけの話なのだから。
「仕方ないから、その戦闘ユニットはきみたちに譲るよ。ただしそれは地球の科学力では作れないものだからね。運用はこの街の中だけに限定して欲しい」
「いや。すみません。ほんとにすみません」
ぺこぺこと頭を下げる次期魔王。
佐緒里と戦闘ユニットのリーンは、我関せずとばかりに談笑している。
「で、さすがに無償というのもまずいんだ」
「ですよね」
とはいえ、異星人に日本円なんか渡しても意味がない。
なにか代価になるようなものが、澪にはあるだろうか。
「食事かな。この間の店でいつでも食事をできる権利。それをもらおうか」
「そんなので良いんですか?」
「まあ、そのくらいしかないだろう? 地球人が提供できるものなんて」
「……ですよねー……」
地球よりはるかに進んだ文明を持つ異星人である。
この星の科学技術とか、たぶんぜんぜん価値がない。
きれいどころを差し出すとかも、きっとまったく意味がない。
地球の女の子になんて興味ないだろうし。
「いやいや。可愛いとおもうよ。とくにココロなんて、あと二千年もしたらすごい美人になるんじゃないかな?」
「そんなに生きられないよ。残念ながらね」
苦笑する知恵者。
彼女の肉体はあくまでも人間なので、せいぜい頑張っても百年くらいしか耐用期限がない。
あと、神としての本性は男性だ。
「それにじっさい、あの料理が美味しかったのは事実なんだ。健康的な魚に健康的な獣。やはり食事はこうありたいものだよね」
「まあ……そういうことでしたら」
こうして邪神ハスターは、暁の女神亭でいつでも無料で食事ができるという、無限パスを手に入れた。
どんなに満席でも、必ず席が用意され、しかもおかわり自由だ。
戦闘ユニットの対価として相応しいかどうか、たぶん誰にも判らない。




