こんな地球連合軍は嫌だ 7
「ちなみに、ハスターさんは、シヴァの権能についてどう思うかな?」
カクテルのグラスを手に、こころが近づいてくる。
「こころさん……いたなら助けてよ……」
恨みがましい目を向ける実剛。
くすりと天界一の知恵者が笑った。
「隠れてたに決まっているだろ。邪神にハリセンツッコミなんて愉快なことは、実剛にまかせるよ」
私はイロモノなキャラクターじゃないからね。
などと、ふざけたことを言っている。
「ち。この合法ロリめ……」
「何か言ったかい?」
ぎゅり、と、足を踏まれた。
踵で。
「痛い痛い! ヒール刺さってるから!」
パーティーということで、こころもおしゃれなドレスを身にまとっている。
少しでも背を高く見せようとしているのか、靴は十五センチほどもあるピンヒールだ。
けっこう凶器である。
「シヴァというと、さっき一緒に踊った少年だね。彼の権能は破壊と再生で間違いないかな? 辺境の神」
「こころだよ。そろそろ名前を憶えて欲しいな」
「むしろ、名乗ってもらったのは今が初めてだとおもうよ。ココロ」
「そうだったっけ?」
小首をかしげる知恵者。
だとすれば、礼を失していたのは自分の方だ。
「これは失礼したね」
「かまわないよ。それで、シヴァくんの力の話だね」
言って、ハスターは壁際にいくつか設置された椅子を指さす。
座って話そう、という意味だ。
複雑な話になるのかな、と、読んだこころが小さく頷いた。
「ハスターと八尾こころがいちゃついている」
「それだけは絶対にないと思いますよ。佐緒里嬢」
偏見に満ち満ちた観察をする鬼姫に、魚顔軍師が笑ってみせる。
なんでも恋愛に絡めるのは、蒼銀の魔女だけにしておいてほしいものだ。
「では何をしている?」
「たぶん今後のことなどを話しているのですわ」
信二の横に立つ楓が応える。
佐緒里も楓も、大きく胸のあいたドレス姿。
こういうのはスタイルが良くないと似合わない。
たとえば絵梨佳とかが着たら、とってもとっても残念なことになってしまうのだ。
哀しいかな色っぽい服というのは、着る人を選ぶ。
短慮な姫君は頭も目つきも悪いがスタイルは抜群に良いのである。
「今後? 結婚するのか?」
「いいえ。ハスター陣営との修好が成ったといっても、まだまだ問題は山積しています。シヴァの能力についてもそうですね。おそらくそのあたりのことを詰めているのかと」
今後といって結婚しか思い当たらない鬼姫に、丁寧に解説してあげる楓だった。
その鬼姫のもとに歩み寄る人影。
黒く長い髪と同色の瞳をもった美女だ。
四番の背番号をつけ、佐緒里や光則と戦ったビヤーキー娘である。
「アナ、タ、タチト、テモ、ツヨカッ、タ」
たどたどしい言葉とともに頭を下げた。
一瞬、何を言われたか判らない。
「ゼントランデメルトランタルケダカンヤックデカルチャ」
わたわた、とした佐緒里が、とりあえず彼女の知っている異星人の言葉で返す。
「落ち着いてください。佐緒里嬢。彼女は日本語を話していますよ」
苦笑した信二がたしなめる。
どこの巨人の言葉で会話を試みようとしているんだ。このバカは。
「お前も強かった。光則がハイパー化しなけれは、負けていたのはあたしたちだったろう」
あれは、べつにオーラ力とか、そういうやつではない。
指摘しても無駄なので、もちろん軍師カップルはなんにも言わなかった。
ただなまあたたかく見守るのみである。
にこ、と笑うビヤーキー娘。
「ミツ、ノ、リ」
佐緒里を指さす。
名前によって個体識別というのが判っていないのかもしれない。
その手を持ち、指先を砂使いの方へと向けてやる。
「あれが、光則だ」
そして自分の方に指を向け、
「あたしは、佐緒里」
微笑する。
頷いたビヤーキー娘が繰り返した。
「サオ、リ。サオ、リ」
「テケリ、リ」
「サオリ、リ」
にまーと笑い合ったりして。
なにやってんだって話である。
「どこから突っ込んで良いか判らないけど、光則だ。あんた強かったな。あんなに強いヤツと戦ったのは、生まれて初めてだよ」
「ミツノ、リ」
「テケリ、リ」
「ミツノリ、リ」
また余計なことを佐緒里が言い、にまーとビヤーキー娘と笑いあう。
なにか通じ合っているようだ。
異文化コミュニケーションである。
たぶん違う。
「なに馬鹿なことやってんだよ」
呆れながら右手を差し出す光則。
きょとんとしたビヤーキー娘の手を佐緒里がふたたび取り、握手させた。
「あたしたちは、仲間をこうして理解する」
「ナカーマ」
「ナカーマ」
にまー。
「あんまり変なこと教えるなよ? 佐緒里。地球人がみんなお前みたいやつだと思われたら、今後の外交関係に影響するぞ?」
途方もない疲労感をおぼえながら、澪の将来を憂う砂の騎士であった。
しかし、きっとそれは手遅れだろう。
なにしろビヤーキー娘たちの総大将たるハスターが、すでにニキサチと接触しちゃってるから。
地球人が、みんなニキサチだと思われていても不思議ではないのである。
ニキサチを標準設定とするか、佐緒里を標準設定とするかというだけの差なので、そんなに劇的には違わない。
「地球の未来はどっちだって感じですねぇ」
やれやれと魚顔軍師が両手を広げ、その伴侶が微笑した。
まあ、友好的に推移するならそれに越したことはないだろう。
「アナ、タタチ、ハオ、モシロイ」
「複数形にしないでほしいぜ」
光則が嘆くが、こいつだって次期魔王と愉快な仲間の一員だ。
しかもけっこう幹部クラスだ。
実剛四天王のひとりといっても良いくらいに。
ちなみに残り三人は、絵梨佳、信二、御劔といったところだろうか。
数に入らなかった鋼や仁あたりがブーイングしそうではあるが、五将軍でも六星でも七本槍でもたいして違いはないので、好きに名乗ってくれて問題ない。
「アナ、た。あなたたちと、殺し合わなくて良くなり、私は非常な満足を得ている」
ビヤーキー娘の言葉が流暢になった。
ほう、と目を細める魚顔。
もう日本語にアジャストしたのか。
わずか数語の会話から、異星の言葉を理解して自分のものにしてしまう。
口で言うほど簡単なことではない。
個人の能力だとしても、あるいは機械的な翻訳システムだとしても。
地球人の及ぶところではないだろう。
「お前の名は?」
ここではじめて佐緒里が問う。
なかなかに上手いし、良い心遣いだ。
性急に質問などしないで、まずは親和力を高めることに終始する。
狙ってやっているなら、鬼姫は交渉人として、素晴らしい技能を持っていることになるだろう。
「私たちに個体名はない。単に戦闘ユニットと呼ばれている」
「そうなの。それはそれで不便な気もするな」
首をかしげる鬼姫。
おそらく、と、魚顔軍師は推測する。
ビヤーキー娘は人間の姿に擬態しているだけで、生命体ではないのだろう、と。
あるいは人造人間のように、目的をもって作られた生命か。
いずれにしても人権を認められるような存在ではないため、個体名を持っていないのではないか。
「あなたたちは仲間と握手をするといった」
「ああ」
「それでは、私も仲間ということだろうか」
「いやか?」
「嫌ではない。心の高鳴りを感じる」
にこりと微笑するビヤーキー娘。
そして言った。
「私に名を付けて欲しい」
と。
「では、リーン。お前のことはリーンと呼ぼう。ビヤーキーは翼があるというし」
すげードヤ顔で名付けちゃった!
止める暇すらなかったよ!
酸欠の魚みたいに、信二が口をぱくぱくする。
あかんやろ!
ビヤーキーってハスターの持ち物なんだから、勝手に名前とかつけたら!
「リーン。リーン! ありがとう! 佐緒里!」
喜んでるし!
それきっとすっごい重要な出来事だよ?
ぜってー勝手にやって良い範囲じゃないよ?
「信二さま……」
狼狽する魚の肩にぽんと手を置き、ふるふると首を振る第三軍師であった。




