こんな地球連合軍は嫌だ 4
しゅっと風を切った右回し蹴りが頭部に決まり、意識を刈られたビヤーキーがゆっくりと倒れ込む。
大きく息を吐く光。
肉弾戦のみで、この強敵を打ち倒した。
これで五勝三敗。
光則・佐緒里組、稲積・比奈子組、聖・伽羅組、琴美・水晶組、そして光。
いずれも澪の眷属を含んだチームが勝利を収めた。
あっという間に。
「これが僕の力だよ。監察官ハスター」
群青の髪をたなびかせ、実剛が告げた。
澪の血族の力を爆発的に向上させる。
巫だろうと芝だろうと稲津だろうと関係ない。
この血を持つ者すべてにもたらされる恩恵。
かつて魚顔軍師が評した「御大将がその場にいるだけで、味方の力が五倍にも十倍にもなる」という言葉は、ある意味において正解だった。
すべて青が群れ集う青。
それこそが、我らが御大将だ。
『友と! 明日のために!!』
一斉に澪の衆が鬨の声をあげる。
本陣といわず、戦場といわず。
のほほんとした暁貴や冷静な信二や美鶴さえも、腕を振りあげ大地を踏みならして叫んでいる。
次期魔王の覚醒によって異常なまでに志気が上がっていた。
量産型能力者の御劔や仁まで。
もう負けない。
ハスターにビヤーキーなにするものぞ、って感じだ。
ぐっと実剛が構えをとる。
大将同士の一騎打ち。
澪はすでに五勝している。ここで実剛がハスターを打ち倒せば、勝利は確定だ。
「さあ。勝負だハスター」
「やば……実剛さん超かっこいい……」
恋人の上着を羽織った絵梨佳が呟く。恋する乙女の瞳で。
そりゃそうだろう。
何の力もなかった実剛に宿った力は、澪の誰も持っていないようなものだった。
有視界テレポートと増幅。
とくに後者など、まさに彼に相応しい力である。
仲間を信じ、仲間を活かし、ともに勝利を目指す御大将に。
「いや……盛り上がっているところ、たいへん申し訳ないんだけど」
ぽりぽりと頬を掻くハスター。
「地球でいうところの、中学校で憶える程度の力で大興奮されると、気まずいというかなんというか」
「うえ?」
すっと手を伸ばして、ぴんっと実剛の額を弾く。
デコピンだ。
こてん、と、尻餅をついちゃう次期魔王。
そしてそのまま、
「Q~~」
と気を失ってしまう。
弱っ。
『ええぇぇぇぇぇ!?』
仲間たちが、ずるっとこけた。
あまりといえばあまりな状況である。
こんだけ格好良く登場して、こんだけ格好良く決めたのに、デコピン一発で沈められるとか。
まだ戦い続けていたシヴァとカーリーも、ジャンヌとノエルも、もちろん広沢とカトルも、あんぐりと口を開いて固まってしまった。
そしてその一瞬で勝負が決まる。
突進したビヤーキーたちによって、相次いで無力化された。
まあ、戦場において動きを止めてしまったものを攻撃しないような戦士は、紳士的だとも平和的だとも言われないのである。
これは、どう考えても澪側の戦士が悪い。
むしろ実剛が悪い。
「これで、こちらの六勝五敗だね。サネタカの負けをカウントすれば、七勝五敗かな」
ハスターの微笑。
駆け寄った絵梨佳に膝枕された実剛が、ううんと目を醒ます。
目にしたのは、とてもとても情けなさそうな婚約者の顔であった。
「実剛さん……ちょうかっこわるいです……」
五勝六敗だろうが五勝七敗だろうが、大将である実剛がやられてしまったので、澪の敗北である。
「ひっどい幕切れですねぇ」
「さすがに我が兄ながら情けなくなってくるわね」
本陣で会話を交わす第一第二軍師たち。
苦笑混じりだ。
戦闘の推移から考えて、勝てると思っていたわけではない。
むしろどのタイミングで投了するか思案していたくらいだ。
次期魔王の覚醒によって一気に流れが変わったが、結局は敗北で決着した。
「あるいはあのまま絵梨佳嬢を抱えて本陣に戻れば、結果は違ったかもしれませんが」
「まあ、兄さんだからねー」
格好良く覚醒して、格好良く恋人を助け、格好良く敵に挑み、デコピン一発で沈められた。
画竜点睛の欠きっぷりが、じつに実剛らしい。
「そういえば、美鶴嬢は完全覚醒したんでしたっけ?」
「ん? してるわよ? 変身したところ見てなかったっけ? 信二さんは」
「見てないかと」
「伯父さんと同じ瑠璃色の髪になるだけよ」
知略系の特殊能力者である。
変身したからといって、べつに何か変わるわけではない。
ただ、どうやら実剛の変身は違うようだ。
彼の能力解放によって、澪の血族の戦闘力が格段に向上する。
もちろん有効範囲とかはあるだろうが、球場内全体で効果があったことを考えれば、少なくとも半径五十メートルくらいはありそうだ。
「瞬間移動は、オマケみたいなものよね」
「こころ嬢も奥方さまも縮地が使えますからね。いまさらでしょう」
どこにでも跳べる縮地と違って、見える範囲にしか跳べない実剛の力は、けっこう使いどころが難しい。
そうこうするうちに、本陣に実剛が戻ってくる。
ハスターをともなって。
絵梨佳は、准吾やゆかりとともに負傷者の回復だ。
けっして情けなさすぎる恋人を見限ってどっか行っちゃったわけではない。
「負けちゃいました。すいません」
「負けるのはしゃーねーけどよ。絵梨佳ちゃんの前でくらい決めろよな。びしっと」
半笑いの魔王が出向かえてくれる。
さらに、シヴァもやってきた。
「御大将!」
くるくる。
「負けてしまって!」
くるくる。
「申し訳ない!!」
すげー踊りながら、びしっとポーズ。
奇行ではあるが、すでに伝え聞いている澪の人々はいまさら驚きも嘆きもしなかった。
「いえ。僕の方こそ不甲斐ないことで」
実剛の苦笑である。
「さて、負けちまったが、澪はこれからどうなるんだい? ハスターさんや」
暁貴が問う。
ここからは彼の仕事だろう。
人死にを出さないように、という第一目標は達成することができたが、果たして彼らの戦いは監察官の眼鏡に適ったか。
「ふむ」
なぜかきょろきょろするハスター。
何かを探しているように。
「どうしました?」
実剛が訊ねる。
「あ、いや。今日は軽食は出ないのかな、と」
「五十鈴さん! 僕の分のお弁当を差し上げてください!!」
すぐに次期魔王が叫ぶ。
暁の女神亭で、彼はすっごい食べてた。
食べまくってた。
軽食なんて量じゃなかった。
それはともかくとして、もしかしたら、今日も食事が出ると思っていたかもしれない。
だとしたら期待に応えないわけにはいかない。心象を悪くすることはできないからだ。
現実問題、澪の生殺与奪はハスターに握られているといっても、そう過言ではないのである。
「はい! 喜んで!」
本陣テントの奥から、弁当とお茶をもった女勇者が駈けてくる。
「いいのかい? すまないね。催促したみたいで」
さっそくベンチに座って割り箸を割る。
日本人というか、地球人ですらないくせに器用なものであった。
「ほほう!」
ひとくち食べた澪豚ザンギに舌鼓を打つ。
前は大シェフたる五十鈴が不在だったため、アルバイトの主婦や学生がつくったものだった。
そりゃあレベルが違う。
じっと見つめる十人の美女軍団。
ビヤーキーたちだ。
文字通り、指をくわえて。
「美鶴。わるいけど」
「判ってるわ」
皆まで言わせず、妹が親衛隊に指示を出してくれ、ビヤーキーたちにも弁当が配られる。
もちろん多めには用意されているのだが、さすがに十一人分もの余剰はないため、魔王から地位の高い順に幾人かの昼飯抜きが決定していった。
きーきーかきゃいきゃいか判らない歓声をあげ、サッカーのユニフォームをまとった美女軍団がぱくつきはじめる。
ちらりと視線を送り、あらためてハスターが暁貴に向き直る。
「前も話したと思うけど、君たちは本来、地球に生まれるべき存在ではないんだ」




