こんな地球連合軍は嫌だ 3
「……あなたが桁違いに強いのは理解した。けれど、僕にも絶対に守らないといけないものがあるんだ」
紡がれる次期魔王の言葉。
風にそよぐ群青の髪。
覚醒。
ついに実剛にも、そのときが訪れた。
恋人のピンチに。
「なんてベタな、とは僕も思うけどね」
絵梨佳が切り刻まれた瞬間、矢も楯もたまらずに本陣を飛び出した。
否、飛び出したつもりだった。
気付いたらハスターの前にいた。
数十メートルの距離を一瞬のうちにゼロにして。
脚力によってではなく、能力によって。
「有視界内テレポート。なるほどね」
ふむと頷くハスター。
初級能力の中でも、たしか一番難しいものだったはずだ。中級教育に進んだ子供たちの間でも、扱いきれないものが多いとも聞く。
「それがきみの力なのかな。少年」
「巫実剛だよ」
「サネタカ。記憶した」
生真面目な表情のハスターに、くすりと次期魔王が微笑した。
彼にとっては、昆虫とかの顔を見分けてくれって言われているようなものなのだろうな、と。
これは仕方がない。
人間だって、虫の顔なんか見分けが付かないのだから。
「質問に応えるよ。監察官ハスター。僕の力はこれじゃない」
絵梨佳を抱いたまま。
自信に満ちて言い放つ。
見えている場所にならどこにでも一瞬で移動できる。それはたしかにものすごい力だし、澪の血族でも持っている者はいない。
しかし、彼の本当の力はこれではないのだ。
「立てる? 絵梨佳ちゃん」
「あ、はい。ていうか完全回復してるんですけど?」
ほぼ致命傷に近いような大怪我だったのに。
いくら回復力に優れた芝の姫でも、こんな短時間で回復できるわけがない。
首をかしげながら腕からおりる。
彼女だけではない。
戦場のそこここで、解が示されようとしていた。
満身創痍の佐緒里をかばった光則。
やけくそで放った砂弾。
こんなものは牽制にすらならない。
特殊能力者どころか、野生のヒグマにすら決定打にはならないのだから。
ビヤーキーにしてみれば、砂をぶつけられてもー? という気分だろう。
しかし、
「※※!?」
人間には聞き取れない、理解もできない言語を発して後退する。
腕といわず足といわず胴といわず、身体の各所から血を流して。
ヒグマの毛皮すら貫けないはずの砂弾が、なんと戦闘ユニットたるビヤーキーの身体を貫いた。
「光則?」
「わからん。なんか力が底上げされてるっぽい」
形成される砂剣。
彼と佐緒里を包む砂鎧。
いずれも、普段作るものとは桁違いの強度のものができあがった。
「愛の力ね。光則」
「たぶん違うんじゃねーかなー?」
ヘルムの下、光則が苦笑する。
たぶんそういう曖昧な、都合のいいものではきっとないだろう。
深紅の槍を地面から抜いた佐緒里が横に並んだ。
「光則にはロマンが足りない」
「そっちは佐緒里に任せるさ。俺と足して二で割りゃあちょうど良いバランスだろ」
軽口を叩き合いながら、砂剣と穂先をビヤーキーに向ける。
『さあ、お遊びはここまでだ!』
声を揃えて。
「ん? 敵の動きが鈍ったか?」
「違うよ。秀人の速度が上がってるだけ」
互角以上の戦いを続けていた稲積・比奈子組だが、突如として警察官僚の動きが鋭さを増した。
「言われてみれば、身体の底から力が湧き出しているのを感じるな」
ばちばちと放電を繰り返す両手の雷も、パワーが上がっている。
「なんだか良く判らないけど。ひなの愛の力ってことにしておこう」
「それだけは絶対にないよ。このろりこん」
「ひっど! 本当に恋人なんですかね! あなたは!」
「いいからさっさと片付けなさいな」
稲積の動きに、もうビヤーキーは付いていくのが精一杯だ。
翻弄され、何発もクリーンヒットをもらっている。
加えて比奈子の援護もあるのだからたまらない。
この日、五番のビヤーキー娘は最も貧乏くじを引いたひとりだったろう。
「じゃあ、なんか必殺技っぽいやつでも出してみるか。俺のこの手が」
「それ以上言ったら別れるよ? 秀人」
「さーせん」
とっておきのボケを封じられてしまった稲積。
普通に両腕を突き出す。
無数の雷光がビヤーキーに降り注いだ。
そして、五番に引けを取らないほどの貧乏くじだったのが七番である。
このビヤーキーが相手をしていたのは聖と伽羅。
前者はへたれだが、後者の戦闘力はなかなかのものだった。
身体能力でもビヤーキーに引けを取らず、けっこう良い戦いを展開している。
「世界は広いわね。妾とここまで戦える存在がいるなんて」
迦楼羅炎を操りながら、愉悦を滲ませる歴然たる美女。
身を翻すたびに豊かな乳房が揺れるので、聖としてけっこう目のやり場に困る。
とはいえ、伽羅にしてもビヤーキーにしても決定打を放てないのは事実だ。
ぎりぎりのところで、ほんの数センチ踏み込みが足りない。
互いに。
相打ちを怖れるからだ。
そういう次元の戦いなのである。
数センチ、数ミリの差が勝敗を分ける。
一進一退の攻防。
伽羅もビヤーキーもけっこうな打撃をもらっているが、致命傷ではない。
スピードもパワーも衰えない。
千日手の様相を呈してきたとき、変化があった。
それは唐突に。
隙を突いて繰り出された聖のツルギが、ビヤーキーの左腕を斬り飛ばしたのだ。
「え?」
これには聖がびっくりである。
すべてのものを一刀両断にする聖剣は、幾度もビヤーキーに防がれてきた。
せいぜい浅い傷を作ることができる程度で、有効打にはならなかったのである。
それが突如として変わった。
「威力が増している?」
「さすが妾の聖クン!」
快哉を叫びながら、伽羅がビヤーキーを蹴り飛ばす。
突然のダメージに面食らっていた七番の娘は防御姿勢も取れずにもんどり打って倒れ、そのまま地面を滑ってゆく。
が、すぐさまに立ちあがった。
「しかももう左腕再生してるし」
げっそりと呟く聖剣使い。
「でもけっこうふらふらよ。ここは一気にたたみかけましょ」
じつに楽しそうな伽羅であった。
「あまり女性を斬るのは好みじゃないんだけどな……」
「頑張ったら、ご褒美に挟んであげるから」
すごいことを言ってるし。
なにを挟むというのか。
真っ赤っかになる聖。
「ばばばばかなこというんじゃないってっ」
「あれ? いらないの? いらないならいいんだけどさ」
にへらーと美女が笑う。
とてもとても神さまの転生だとは思えなかった。
どっちかっていうと、悪魔とか邪神とか、そっち。
「……る」
「んー? きこえんなー?」
しかも、ちょードSである。
「いるよ! ごめんよ!!」
屈服する聖であった。
まあ、へたれなので仕方がない。
「おっけ。仕上げといきましょう」
伽羅が笑う。
すべての悪を滅ぼし、喰らい尽くす闘神の顔で。
「だーかーらー いいかげんに諦めなさいって。アンジー」
三番のビヤーキーに痛撃を与え、もどってきた鉄扇を華麗な動作でキャッチした水晶が、親友の醜態を嘆く。
ともに戦う琴美だ。
子供チームでもトップクラスの戦闘力をもつビーストテイマーと、仙界の姫のコンビである。
ビヤーキーが相手でも、そんなに苦戦はしていなかった。
肉体的には。
「うう……だってだってきらら……貞秀が……」
べそべそアンジー。
序盤の小競り合いでビヤーキーに弾かれた際、愛刀である貞秀が刃こぼれしてしまったのである。
父親から譲り受けた母親の刀だ。
琴美がもっのすごい大事にしていることを、もちろん水晶は知っている。
知っているけど。
「研ぎに出せば大丈夫だって」
呆れちゃう。
武器なんだから、戦場で使っていれば壊れもすれば折れもするだろう。
そんなに大事なら家に安置しておけって話である。
「それもいやなんだろうけどねぇ」
とは、声に出さない思いだ。
なにしろ十五年も離れていた父親からもらったものだから。
ちゃんとこれを使って戦っている、というのを見せたいのだろう。
「案外ファザコン気質あるわよね。アンジーって」
もしかして佐藤さんや将太くんのアプローチに気付かないのって、そのせい?
埒もないことを考えたりして。
「もー怒った。絶対に許さないんだから」
ぶんと振った貞秀が、蒼銀の光を放つ。
短刀の大きさではなく、太刀くらいの長さで。
なんで光がでかくなってるんだろう、と、水晶は思ったがべつに訊ねたりはしなかった。
ほかに言わないといけないことがあったので。
「叩きつけるような使い方をしたのは、アンジーだと思うんだ」
「うっさいうっさい!」
水晶の目を持ってすら捉えきれない速度で琴美が突っ込んでゆく。
なんか身体能力まで跳ね上がってるっぽい。
「ハイパーモード? 巨大化だけはしないでほしいんだけど」
くだらないことをいって、どっちかっていうとビヤーキーのために祈る水晶であった。




