こんな地球連合軍は嫌だ 2
味方の苦境。
これはまずい、と、絵梨佳は思った。
澪の戦士たちが数で劣る相手に苦戦を強いられている。
「絵梨佳姉ちゃん。このままじゃ……」
ともに戦う光の声にも焦りが滲んでいた。
自分たちは、なんとか戦えている。
他がまずすぎる。
早急に目の前の敵をやっつけて、援護に向かいたい。
しかし、この一番のビヤーキー、ものすごく強いのだ。
超能力とかを使ってくるわけではない。なんか見たことのない技を駆使するわけでもない。
普通にパンチとキック。
しかも型も何もない、素人っぽいものだ。
なのに、かすっただけでも吹き飛ばされそうになる。
基礎能力の差。
技もへったくれれもなく、圧倒的な力でねじ伏せられる。
不条理きわまりない。
あるいはそれは、人間が特殊能力者に対して抱く感情と同じものかもしれなかった。
どれほど鍛えても、どれほど作戦を立てても、バカみたいに強大な力の前では為すすべなく負けてしまう。
「うそ……」
「まじか……」
信じられないものを見た。
沙樹が負けてしまったのである。
ありえない事態。
「絵梨佳姉ちゃん。こいつは俺が引き受ける。姉ちゃんは親玉を倒してくれ」
「でも……」
ためらう芝の姫。
光ひとりでこの強敵と戦えるだろうか。
そもそも、沙樹を倒したような相手に自分が勝てるのか。
「姉ちゃんしか勝てない。たぶん」
大人チーム最強の沙樹が敗れたいま、ハスターに勝てる可能性がわずかでもあるのは、子供チーム最強の絵梨佳しかいない。
「俺はもう、一回負けたんだ。でも実剛兄ちゃんは違うだろ」
常勝不敗の次期魔王。
すべての戦いで勝利をもぎ取ってきた。
もちろん今回は実戦ではない。
だが、練習試合みたいなものだから負けてもいいのかって話だ。
天性ケンカ少年の光の見るところ、澪が普通に勝利するのはもう不可能である。
たぶん、四勝七敗くらいで決着するだろう。
絵梨佳・光組が勝ったとしても、全体を見れば敗北だ。
一発逆転を狙うしかない。
すなわち大将を獲る。
光だけではビヤーキーに負けてしまうかもしれないが、そこはわりとどうでも良い。
四勝七敗だろうが三勝八敗だろうが、負けは負けだからだ。
戦いながら、絵梨佳を説得する。
この間、西遊記チームと鉄心・酒呑童子組が敗北を喫した。
三敗。
ようやく絵梨佳にも実感が湧いてくる。
このままでは負ける、と。
いままでべつに気にしたことなんてなかった。
なにしろ彼女は、あんまり主体的な意志もなくて、ぼへーっと流されるままに戦ってきたから。
でも、意識した。
愛しい実剛の初黒星。
そんなの、
「認められるわけないじゃない!!」
突きかかってきたビヤーキーをハイキックで吹き飛ばす。
勢いで自分まで飛んでしまうがかまわない。
むしろ間合いがひらいたことを幸い、いつもの横回転ジャンプで一気に距離を取る。
「光くん! ここはお願い!」
「任しとき!」
親指を立てる風使い。
尻目に風のエリカが加速する。
変身していられる時間は充分残ってる。
力を節約しながら戦えば、三十分やそこらは戦えるだろう。
「せつやく?」
自らの内心を笑い飛ばした。
沙樹を倒すような相手に、手加減して勝てるとでも思っているのか。
最初から全開全力だ!
両手にかざす不可視の剣が鋭さを増す。
「いけない! 絵梨佳ちゃん!!」
澪本陣から声が響く。
あれはたしか、ナンバーツーの少年だ。
今日の模擬戦の指揮を執っているようだが、なかなかに冷静で良い指示出しをする。
幕僚たちの意見にもきちんと耳を傾けているし、不利な戦況にも動じていない。
まだ若い、というより幼いが、三千年ばかりも修行を積めば、良い監察官か提督になるだろう。
と、そこまで考えてハスターは苦笑した。
地球人の寿命は、長くて百年程度だと思い出したのだ。
彼の感覚では生まれたばかりの赤子に等しい。
それがここまでの落ち着きをみせているのだから、驚嘆に値するといって良いだろう。
「そしてその落ち着きをかなぐり捨てて叫ぶ。あの少年にとって特別な存在なのだろうね」
うーむと記憶をたどる。
先日、案内されたレストランで後ろに立っていたような気がする。
たぶん。
「地球人の顔なんて、どれも同じに見えるからなぁ」
ニキサチくらいインパクトがあれば憶えられるんだけど。
とか、ぶつぶつ言っている。
ちなみにちゃんと憶えているとはいえない。
仁木が苗字で、幸が名前だ。
繋げて名乗ったため、彼はニキサチという個体名で認識してしまったのである。
「ともあれ、この少女をいじめたら、あの少年は激昂するのかな?」
どのくらいの力を秘めているのか見ておきたい。
ナンバーワンの少年……地球人の年齢ならば大人だろうか、あれはだめだ。あそこまで怠惰な体つきでは、もう戦士としては役に立たない。
あるいは政治家タイプで、自分では前線に出ないのかもしれないが。
たしか地球では、まだ非常に原始的ではあるが文民統制の概念は生まれていたはずだ。
ナンバーワンが文官でナンバーツーが武官、というカタチを形成している可能性もある。
いずれにしても、戦士としての素養はナンバーツーの少年のもので判断した方が良いだろう。
現在のところクトゥルフ人の遺伝的形質を見せてはいないが、そのあたりも見ておきたい。
「大事な人がピンチになれば、さすがに前に出てくるだろうからね。地球人だろうとクトゥルフ人だろうと」
くすりと微笑し、突っ込んできた絵梨佳を見る。
両手にインビジブルエアカッター。
効果範囲は地球の度量衡で二メートルほど。
まさか子供でも使えるような能力が切り札ということもあるまいが、案外、いまの地球人としてはすごい力という可能性もある。
つい先ほど突きかかってきた少女が倒れたときも、なにやら澪本陣がざわついていたし。
「あ、いや。あの子供も地球人なら大人なんだよね。見た目で判りづらいってのは慣れるまで苦労しそうだなぁ」
海辺であった老人のように、はっきりと老人と判る風貌なら判りやすいのに。
得手勝手なことを言いながら、ハスターも不可視の剣を出現させる。
ちょっと楽しくなった。
子供の頃、これでよくちゃんばらをして親に怒られたという記憶がよみがえったのだ。
たまには童心にかえるのも悪くない。
ひゅんと右手を振る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!??」
戦場に響き渡る絵梨佳の悲鳴。
少女の両腕、手首から先が消失していた。
攻撃を受けようとした風の剣ごと切り裂かれたのだ。
もしとっさに後ろに跳んでいなければ、首を落とされていただろう。
「ぐぅぅ!!」
痛みに歯を食いしばる。
大きな瞳のはしにたまる涙。
やっぱり強い。
しかも桁違いに。
ものすごい速度で両手が再生されてゆく。血族中最強を誇る回復力によって。
「負けないんだから……っ」
ふたたび風の刃が生まれる。
両手、両爪先、両膝。
合計六本の見えない剣だ。
飛燕のように跳躍し、高速の横回転。
風が逆巻く。
「いや、その行動になんの意味が?」
首をかしげながら、ハスターが右手を振るう。
次の瞬間、血まみれになった絵梨佳が、どちゃりと地に落ちた。
全身を数十ヶ所も切り刻まれ、野戦服はぼろ雑巾のようになり、ほとんど全裸に近い格好で。
「ぁぐ……まけ……ない……」
それでもずるずると這い、身を起こそうとする。
と、少女の身体に上着がかけられた。
血で汚れた髪を、優しく撫でる手。
抱きかかえられる。
「よく頑張ったね。絵梨佳ちゃん」
大好きな声。
あの人の。
「実剛さん……」
一瞬前まで本陣にいた少年が、絵梨佳を抱きしめていた。
「その髪……」
群青に染まった髪をたなびかせて。




