こんな地球連合軍は嫌だ 1
「うわぁ……」
異口同音という言葉があるが、まさに澪の本陣がそんな感じだった。
実際にあったことのある実剛ですらげっそりしたんだから、まあ当たり前の反応ではある。
「とぅ!」
そんな反応などお構いなしに、司馬が後部座席から飛び、華麗に回転しながらフィールドに降り立った。
すごく嫌そうに、刈屋も。
シヴァ神とカーリー神である。
そして踊り始めた。
意味不明だ。
「澪のみんな。この人たちは君たちの味方ってことでいいのかな?」
バトルフィールドを挟んで、ハスターが大きな声で問いかけてくる。
司馬たちの奇行は、べつに気にならないらしい。
さすが異星人。
「ぐ……そうです。飛び入りですけど」
血を吐くような思いで、実剛が叫び返した。
「OKOK」
両手で大きな丸を作ってくれるハスター。
じつに寛容である。
「兄さん。西遊記チームの三人を前線へ」
なんとか精神的な再建を果たし、兄に進言する美鶴。
三人チームができてしまうが、このさいは仕方がない。
敵にフリーを作るわけにはいかないのだから。
「おっけ」
軽く頷き、実剛が孫悟空に指示を出す。
イタクァとの戦いで、彼らは戦果を挙げることができなかった。それより戦闘に特化しているであろうビヤーキーとの戦いは難しいと判断したため、本陣を守る親衛隊として配置したが、もうそんなことは言っていられない。
なんとか三人でビヤーキーをひとり、獲ってもらうしかないのだ。
対するハスター陣営も対応して動き始めた。
シヴァ・カーリー組には九番の背番号をつけたビヤーキーが、西遊記チームには六番が向かう。
「聖さんは十一番を、ジャンヌさんは八番をお願いします。広沢さんとカトルは七番をお願い」
実剛の指示も飛ぶ。
一気にすべての戦闘部隊を投入だ。
まともな戦術ではこんなのはありえない。
「となると、あたしたちでハスターね」
ぺろりと上唇を舐める蒼銀の魔女。
本日はちゃんと自衛隊払い下げの野戦服を身にまとっているので、全裸で戦おうとか変な気は起こさないはずだ。
「やれやれ。ラクをさせてはくれない御大将だな。実剛は」
雄三が短刀の鞘を払う。
夫婦刀の貞秀。
もう一振りは琴美が使っている。
いま彼の手にあるそれは、いずれ琴美の夫となる男に譲られるだろう。
「澪の血について、一番詳しいのはゆうぞーくんだからね。ハスターと一当たりしたら何か気付くかもって思ったんじゃない?」
「かもしれんな。軍師どのの判断だろう」
激戦の靄を切り裂いておもろい夫婦が駈ける。
澪の血族ではない雄三ではあるが、十五年にも及ぶ執念の研究で霊薬を生み出した。
異星人の血、という美鶴たちに蘇った記憶も、とくに疑問もなく受け入れている。
澪の血族より、澪の血族について詳しいのだ。
「とはいえ、他の異星人のことなど知るわけもない。それを探れということだろうが、人使いが荒い」
ぼやきながらのPKランス投射。
その数、なんと二十本以上。
一瞬で創り出し、遅滞なく撃ちだしている。
たしかに普通の量産型能力者とは一線を画する存在だ。
放たれたランスを追うように沙樹が加速する。
「なかなか速いし、多彩だね」
四方八方から迫り来るランスを、まったく危なげなくさばいたハスターが、ブラインドから放たれた踵落としを受け止めた。
左手一本で。
ずん、と重い音を立てて地面が陥没した。
澪本陣で、魔王たちが息を呑む。
蒼銀の魔女の一撃は手加減されたものではない。
量産型能力者なら、あるいは特殊能力者だって無事では済まないような威力が乗っていたはず。
「まじ?」
頬に汗を伝わせ、飛びさがろうとする沙樹。
だが、一瞬おそかった。
ハスターの右ストレートが腹部に決まる。
狙いすましたというより、捻りも工夫もないただのグーパンチだ。
吹き飛ばされた魔女が地面に叩きつけられる。
ごふ、と沙樹の口と鼻から鮮血が溢れた。
ぴくりとも動かない。
「沙樹!?」
駆け寄った雄三が矢継ぎ早にランスを繰り出し、ハスターを牽制する。
が、すぐに投射をやめた。
本陣に向かって両手をクロスしてみせる。
リタイヤ、という意味だ。
一撃。
わずか一撃で沙樹がやられた。
あまりといえばあまりな出来事に呆然とした本陣。
信二も美鶴も目を見開いたまま動けない。
そんななか、やはり最初に我に返ったのは実剛だった。
「牧村くん。すぐに回復を」
「はい! 実剛兄さん!」
准吾が本陣テントを飛びだしてゆく。
「信二先輩。こころさん。美鶴。すぐに善後策の策定を」
軍師たちに声をかける。
はっとした三人だったが、すぐに天界一の知恵者が首を振った。
絶望の表情で。
善後策といわれても、すぐなんて出てこない。
蒼銀の魔女というのは、最も強い駒なのだ。
その穴は簡単に埋められないし、沙樹をただのグーパン一発で倒しちゃうような相手に、どの駒をぶつけろというのか。
そもそも、全チームが戦闘中である。
振り分けられる戦力など……。
「西遊記チームが負けたわ。兄さん」
「え? もう?」
接敵から数秒である。
視線を巡らせた実剛の目に映ったものは、魚河岸のマグロみたいに仲良く転がっている孫悟空、猪八戒、沙悟浄の三人だった。
困ったような顔で、ぽりぽりと頬を掻いている六番ビヤーキー美女。
やりすぎちっゃたかな? 手加減するべきだった? と、表情が語っていてる。
「……ゆかりさん」
「あっの役立たずども!」
怒りながら駈けていく三蔵法師の転生者。
気持ちは判る。
こうも気の毒な役回りをされてしまうと、鋼メンタルの次期魔王だって、もうちょっと頑張ってよ、くらいは言いたくなっちゃうよ。
なっちゃうけど、戦闘ユニットではないイタクァにすら勝てなかった西遊記チームをビヤーキーにぶつけてしまったのが、そもそもの間違いだ。
つまり本陣の作戦ミスということ。
孫悟空たちを責めるのは筋違いというものだろう。
「御大将。頭領たちも負けましたよ」
「鉄心さんまで!?」
もう、笑いしかでないという顔の魚顔軍師。
視線の先には、綺麗に折りたたまれた鉄心と酒呑童子が重ねられ、二番の美女の椅子にされている。
もっのすごい屈辱的なポーズだが、たぶん二人とも失神しているので、悔しさを感じることはないだろう。
「うわぁ……」
沙樹が敗れ、鉄心と酒呑童子も敗れ、西遊記チームまでのされてしまった。
「これはちょっと勝算の立てようがないよ。実剛」
こころが肩をすくめる。
六番と二番の美女は、いまのところ他の戦場に助太刀には動いていない。
それだけが救いではあるが、もし動いちゃったらもう終わりだ。
どうにもならない。
「有利に展開しているところは……」
「ないわよ」
間髪入れずに美鶴が応える。
絵梨佳・光組、稲積・比奈子組、聖・伽羅組は互角以上に戦えてはいるものの、一気に勝負を決められるほど有利でもない。
ジャンヌ・ノエル組、琴美・水晶組、光則・佐緒里組はなんとか互角。
広沢・カトル組は押されている。
このまま事態が推移すれば、まず彼らが落ちるだろう。
もちろん顕神して戦えば話は別だろうが、人間の状態では出せる力だって限度があるのだ。
「ああ……これはもう投了しかないかなぁ」
口に出さず実剛が呟いた。
顔だけは平静を装っているが、内心は絶望感でいっぱいである。
もうちょっとは戦えると思っていた。
ここまで圧倒的な差を見せつけられるとは。
「あ。これはいけません」
不意に信二が口を開く。
やや焦りを感じる口調。
「信二先輩?」
最も信頼する軍師の視線を追い、次期魔王が愕然となった。
一番のビヤーキーと戦っていた絵梨佳が、その相手を光に任せてハスターに突きかかったのである。
「絵梨佳ちゃん! いけない!!」
実剛の叫び。




