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邪神VS魔王 10


 あらかじめ定められた刻限は午前十時。


 十分前にハスターはやってきた。

 余裕を持った行動は、じつに社会人の(かがみ)である。

 そして彼は、予定通り戦闘員をともなっていた。


「あれだ。カラスでもなく、モグラでもなく、ハゲタカでもなく、アリでもなく、腐乱死体でもない、ってやつだ」

「ええもちろんどれでもないでしょうよ」


 ラヴクラフトによるビヤーキーの説明だといわれるものを引用して、なんか疲れたように語る暁貴に、実剛がやっぱり疲れたようにつっこんだ。

 そりゃあカラスでもモグラでもないさ。


 ハスターがともなったのは、十人の女性たちだ。

 揃いも揃って美人である。

 黄色を基調とした揃いの服を着ている。

 半袖でショートパンツ。


 もっと具体的にいうと、サッカーのユニフォームである。

 左胸と背中に番号まで入っちゃってるし。


「私を入れて十一名だ。たしか数は合っているだろう?」


 ストライカーナンバーである十番を背負ったハスターが爽やかな笑みを浮かべる。


「……いちおう確認しますけど、蓮田さん。今日はサッカーをしにきたわけじゃないですよね?」


 お前がつっこめよ、という伯父の無言の圧力に屈した実剛が尋ねる。


「もちろん違う。ただ、戦闘ユニット(ビヤーキー)は、あまり地球(テラ)人には見慣れない姿だろうからね。受け入れやすい姿に擬態している」

「……受け入れやすい姿がサッカーのユニフォームを着た美女軍団だった、と……」


 なんだろう。

 なんかこの人のこと、大好きになってしまいそうだ。

 こんな愉快でいいんだろうか。監察官って。


「と、とにかくですね。五号線より向こう側は市街地ですので、戦闘はこっち側に限らせていただきたいんですけど、よろしいですか?」

「かまわないよ。その道よりこちら側だね。何光秒(こうびょう)さきまでだい?」

「光秒!? いやいや。一キロくらいでおなしゃす!」


 うひぃ、と、なりながら条件を提示する実剛。

 勘弁して欲しい。

 人類はまだ、光の速さを超える速度は手に入れていないのである。


 ちなみに、一光秒は三十万キロメートルだ。

 地球を七周半もできちゃう。

 もちろん地球上をぐるぐる回っても仕方がないので、ハスターがいった戦闘フィールドは、まっすぐ大気圏の外側までを指している。

 あまりにもスケールが違いすぎて、どのくらいすごいのかわかんないくらいだ。


 澪の本陣は、暁貴、実剛、信二、こころ、美鶴、准吾、ゆかり、玉竜の八名。そして彼らを守る親衛隊として、御劔、仁、鋼、五十鈴といった量産型能力者たちの中でも戦闘力の高いものが十名ほどと、西遊記チームの三人が配置されている。

 彼らは戦わないことを前提とした戦力だ。


 戦闘部隊は二人一組が九チーム。

 絵梨佳と光。鉄心と酒呑童子。カトルと広沢。沙樹と雄三。光則と佐緒里。琴美ときらら。聖と伽羅。稲積と比奈子。ジャンヌとノエル。

 とくに陣形もなく、無造作に本陣前に立っている。


 美鶴と、この場にはいないが楓が苦心のすえに弾きだした答えがこれだ。

 澪の連中はともかくとして、援軍との連携が十全にできるわけがない。

 完全に個の力で戦うしかないのである。


 ただ、単独戦闘はさすがに危険度が高いため、ツーマンセルを形成した。

 なるべく阿吽(あうん)の呼吸がとれそうなコンビで。

 あとはもう、好きに戦え、という作戦である。


「いやいや。そんな滅茶苦茶な作戦はないから」


 とは、実剛のセリフではあるが、事前に作戦行動を定めるのが不可能な相手なのだ。


都度(つど)、本陣から指示を出すしかないんですよ。御大将」


 うやうやしく差し出されたインカムを次期魔王が装着した。


 信二、美鶴、こころの三人で戦況を見つつ実剛にアドバイスする。そしてその進言をもとに、実剛が部隊を動かす。

 行き当たりばったりの極致だ。


 勝利条件は、どちらかが投了(リザイン)すること。

 参ったと言わせたら勝ち。

 参ったと言ったら負け。


「わかりやすいといえば、これほど判りやすい話はないな」


 言った暁貴が、ちらりと甥に視線を送る。

 軽く頷いた実剛。

 ゆっくりと右手を振り上げ、勢いをつけて振り下ろす。


「戦闘開始!」


 御大将の声が響き、


『友と明日のために!!』


 戦士たちが唱和した。





 まず飛び出したのが、絵梨佳・光組と鉄心・酒呑童子組、光則・佐緒里組の三チームだ。

 ビヤーキー美女軍団も、一番から五番までの背番号を付けた五人が前に出る。

 ゴールキーパーというのは、いないらしい。


「御大将。さらに二チームをあげた方がよろしいでしょう」


 信二の助言に、次期魔王が頷く。

 まずは、同じチーム数で様子を見ようという軍師の発想は堅実で隙がない。


「アンジー姉さん。秀人さん。お願いします」


 すぐに了解の声が響き、ビーストテイマーチームと北海道神宮チームが前に出る。

 これで、五人VS五チーム。

 すぐに激烈な戦闘に突入する。





 光則の砂剣が大気を切り裂き、佐緒里のゲイボルグがソニックブームを巻き起こして突き出される。

 対するビヤーキーの背番号は四番。


 黒い長髪の美女だ。

 危なげなく光則の攻撃をさばき、間髪入れずに突き出された槍にぽんと飛び乗ってにこりと笑う。

 かっとした鬼姫が、勢いをつけて槍を振った。

 しかしそのときには、四番の姿は消えている。


「なっ!?」


 佐緒里ともあろうものが、敵の姿を見失った。

 いきなり脇腹に感じる痛み。

 どこから? と、視線を転じた佐緒里が見たものは、とくになんの工夫もない回し蹴りを放った四番の姿だった。


 ただの回し蹴りでと思う暇もなく吹き飛ばされる、二度三度と地面とキスをしながら。

 追撃に備えるために必死に体勢を整えようとする鬼姫。


 前に立ちふさがった砂使いが、矢継(やつぎ)(ばや)砂弾(サンドバレット)を放って牽制する。

 この隙に回復しろという意味だ。


 蹴られた左脇。

 あんなので肋骨を二本くらい刈られた。

 ぺろりと唇を湿らせる。

 ヤバイ相手なのは判っていた。判っていたけど、これほどのものだとは思わなかった。


 技も工夫もない。

 ただ単に、身体能力が桁違いなのだ。

 それはあるいは、普通の人間と特殊能力者の差。


 絶望的なまでに存在する越えられない壁。

 このときはじめて、鬼の姫は人間たちと同じ土俵に立ったのかもしれない。


 自分が圧倒的な強者ではない、と。

 全力で戦ったとしても及ばない、と。


「だが、だからこそ面白い」


 唇が歪む。

 ざす、と音を立てて、地面に聖槍を突き立てた。

 無手だ。

 それでいい。

 本来、鬼に武器など不要なのだから。


「すまんな。久保リン。こいつは、あたしだけの力で()ってみたいんだ」


 槍に語りかけ、ゆっくりと歩き出す。

 晩夏の陽光を浴びた槍が、苦笑するように輝く。


 心が躍る。

 これほどの敵手に挑まず、なにがバトルマニアか。


「もういいのか。佐緒里」

「うん。あたしにやらせて。光則」

「ったく……無理だけはすんなよ? 無茶はしてもいいけどよ」

「死なない程度に頑張る」

「いい返事だ」


 むちゃくちゃな会話を交わし、砂使いが一歩退いた。

 鬼姫の前には、軽くステップを刻む四番のビヤーキー。

 日本語を解するかはわからないが、


「澪の戦士、萩佐緒里だ。一手所望(いってしょもう)!!」


 叫びとともに躍りかかる。






「判っていたことではありますが、とんでもないですね。こいつは」

「ですねえ」


 戦況を見つめる信二と実剛が呟いた。

 五つの戦いがほぼ互角に推移している。


 まずもって、それ自体がほとんど初めての体験だ。

 敵より味方の方が多いのである。

 一対一で澪の戦士たちと互角に戦えるというだけでも信じがたいのに、ビヤーキーたちは、常に二人を相手にしているのだ。


 とくに一番の個体。

 絵梨佳と光を同時に相手取って互角とか、驚愕って言葉すら追いつかない。


「感心してばかりもいられないわ。兄さん。このままだと順当に(・・・)敗北するだけよ」


 美鶴が指摘する。

 前線にある澪のチームは九つ。

 ハスターチームは十一名。

 一人と一チームが互角であるとするなら、ハスターチームは二人の余剰戦力があるのだ。


「じゃあどうする?」

「西遊記チームを前線に……」

「御大将! Meを! のけ者に! したらいやん!!」


 作戦案を口にしかかる美鶴を圧してとどろく声。

 ど派手なアメリカ産のオープンカー。

 絶望の表情でハンドルを握る耶子と、後部座席に立ったヘンナノ。


「きちゃったよ……教えてなかったのに……」

「あれはなんですかね? 御大将」


 げっそり呟いた次期魔王に、ものすごく真っ当な質問をぶつける魚顔軍師だった。


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