対澪包囲網!? 4
天に昇っていゆく仲間たち。
孫悟空も、猪八戒も沙悟浄も、恍惚の表情を浮かべて中空を見つめている。
ぼーっと。
唯一の例外は玉竜だったが、こいつはただ単にこの場にいないからだ。
前世では叔父にあたる北海竜王こと広沢龍司に「きたえなおしてやる」とか言われて、建築現場を引っ張り回されているから。
なかなかに可哀想なことであるが、ゆかりとしては、いないものの心配までしている余裕はなかった。
三人はなんかぶつぶつと意味不明なことを言ってるし。
このままだと旅立ってしまいそうだ。
ピリオドの向こう側とかに。
「ちょっとアンタらしっかりしなさいっ! そっちにいっちゃダメだ!!」
べしべしと男どもの頬を叩いて正気に戻してゆく。
わりと過激な愛情表現だ。
四代目は伊達ではない。
食べた料理は『澪豚とインゲン豆のカスレ』。フランス南西部の家庭料理が、五十鈴と山田の絶倫の技量によって日本人好みにアレンジされた。
大きく切った豚バラとインゲンをトマトソースで煮込み、最後に軽くチーズとパン粉をかけてオーブンで焼く。
洋風の豚角煮といえばちょっと語弊があるが、イメージとしてはわりと近い。
最初から、女勇者と元スパイの合体技である。
はじめて食べる西遊記チームなど、ひとたまりもなかった。
「遊んでないで感想かいていってくださいねー」
ぱんぱんと手を拍つ絵梨佳。
何度も五十鈴の料理を食べたことのある連中は、このていどでは飛ばない。
隣席のものと話しながら、分析しながら、すでにペンを動かしている。
「どういうことなの……?」
首を振る四代目だった。
「アンジー。一緒に帰ろ」
手を振りながら近づいてくる麻妻水晶に、安寺琴美が微笑を向けた。
函館にある短期大学である。
ふたりは同期生で親友。
出会ってすぐに親しくなった。そして、今も親しい。
当たり前のことにも思えるが、当時と現在との間に起きた出来事は、二人のうちどちらかが命を落としてもおかしくないようなものだった。
水晶の正体は竜吉公主。封神演義に登場する女神である。
もともとは琴美を監視するために近づいたのだが、いろいろあって、澪に降ることとなった。
そして澪中枢に席を与えられた。
具体的にはメディア対策室である。
琴美も同じ部署に配属されたが、ふたりともまだ学生の身分なので常勤はしていない。
ともあれ、魔王ハシビロコウのもとには、琴美、水晶、ニキサチという十九歳トリオが集っている。
ぴっちぴっちだ。
第六天の魔王の転生者がそれを喜んだかどうかは、伝わっていない。
「今日学校だったんだ? きらら」
琴美が訊ねる。
夏休み期間である。
夏期特別講演を聞きに来ている琴美はともかく、水晶は普通にフリーダムのはずだ。
ちなみに、ふたりとも自動車を所有しているので普段は自動車通学だ。
まさか並走して帰るというわけでもないのだから、今日、水晶は自動車できていないということである。
「飲み会があるって話だったんで汽車にしたんだけどね。参加メンバーみたら行きたくなくなっちゃって」
「ドタキャンしたの? 相変わらずひどいわねぇ」
わがままプリンセスである。
なにしろ彼女の本性は本物のお姫様だ。
天帝と西王母の間に生まれた姫なのだから。
「だって、将来的に澪の役に立ちそうな子いなかったし。男にも女にも」
「いやいや。参加する目的がおかしいよ」
水晶にとって合コンとは、スカウト活動の一環だったらしい。
びっくりである。
「おかしくないよアンジー。笑ってるけどさ。はっきりいってこのままだと五年後には深刻な人材不足で破綻するよ?」
意外に真剣な水晶の顔だった。
結局、国の礎というのは人なのである。
どれほど立派なハードウェアを揃えようと、それを運用できる人間がいなくてはどうにもならない。
澪の発展はまだまだ続く。
いくらでも人材は必要なのだ。
「おおげさな」
笑いながら、琴美が愛車に誘う。
こりゃいかん、と、水晶は思った。
魔女の一人娘は頭も良いし、人当たりも柔らかくて友達も多く、けっこう器用になんでもこなす。
魚顔筋肉や魚顔軍師、ニキサチと幼なじみというのは伊達じゃない。
けど、そのせいで人物鑑定眼がザルすぎる。
だれでも無条件に信じちゃうってのは、この際は美点ではなく欠点だろう。
将来は次期魔王の秘書たるを望まれているのに。
信二のような軍師はそう滅多に存在しないということも知っているし、ニキサチみたいなドジっ娘がいることも知っている。
簡単に言うと、上限と下限を知っちゃってるから、どんな人間がきても、そんなもんかで済ませてしまうのである。
そりゃ魚顔軍師と比較したら、たいていの人間は政戦両略の知謀において及ばないだろう。
魚顔筋肉に比べたら、ストイックさや義侠心において勝負にならないだろう。
ニキサチを見ていたら、多少のドジや間抜けさには慣れてしまう。
結果として、琴美はもっのすごく広い、大海原のように広い心で、たいていのものを受け入れちゃうのである。
その根底には、彼女自身の能力の高さや向上心というのも、もちろんある。
仲間のミスは自分がフォローすればいい、とか思っているのだ。
ぶっちゃけ、これで後進が育ったら奇跡である。
「これは失礼を承知で言うんだけどね。アンジー」
助手席にすわり、シートベルトをしめながら苦言を呈する水晶。
「あによ?」
「澪の血族っていつもそうだね。わけがわからないよ」
「私にはきららがわからないよ」
冗談はさておき、澪の血族は、なんでも自分でやろうとする。
彼らばかりでなく、鬼も、神の転生も、勇者やニンジャさえも。
ものぐさの代名詞みたいに扱われている魔王だって、自分の責任からけっして逃げない。
それはもちろん大事なことだし、得難い資質ではあろうが、後進の育成という一点のみに話を絞れば、大いにマイナスだ。
「シンクタンクだってあるし。人材の心配とかいらないんじゃない?」
「将来、たった四十一人で町がまわせるならそうたけどね。で、最年長は高校一年。本格的に中心人物になるまで何年必要なのかって話」
十年経っても将太くんは二十五歳。最年少の子は十五歳だ。
まだまだ若すぎる。
一方、そのころには暁貴や鉄心は六十歳を目前に控えている。引退間近だ。
孤児院が名実ともに澪の中心となるまで、だれが町を支えるのか。
水晶が気にしているのはそういう部分だ。
現体制が、二十年も三十年も維持できるわけではないのだから。
「むう……」
「アンジーたちがトップに立ったとき、サポートをする人たちを今から育てないといけないのよ」
それが人材育成ということ。
魚顔軍師みたいに、育てる必要なんかまったくありませんよーって人材の方がはるかに稀少なのである。
青田買いではないが、優秀そうな学生には今から唾を付けておかないといけない。
人を育てるには、何年もの時間がかかるのだから。
「でも、きららは一緒にいてくれるじゃん」
「そうだけど、妾だけじゃ足りないのよ?」
「知ってる。だからきららが動いてくれるってことでしょ。ありがと。きらら」
左手を伸ばし、さらさらの黒髪に触れる。
「きららは優しいね」
「仕方ないないじゃん。アンジーもみんなものんきなんだから」
むうと頬を膨らます。
なんで新参の自分がこんなことまで考えているのか。
そういうのは宿将とかの役割ではないのか。
「うん。だから、きららには百万の感謝」
にっこりと琴美が微笑した。
思わずそっぽをむく水晶。
上気した顔を隠すために。
この笑顔だけは絶対に守りたい。だから頑張る。
そんな気分にさせられてしまう。
「……それが反則だってのよ……」
ぶつぶつ呟いたりして。
さすがは、『人たらしの魔王』暁貴の従姪である。
しっかりと血は受け継がれてやがる。