邪神VS魔王 5
さて、食いしんぼう邪神はお土産をたくさんもって撤収してくれたが、澪の状況が良くなったわけでは、まったくない。
むしろ土俵際いっぱいまで追いつめられているといっても良いだろう。
「現状、勝算はまったく立たないよ」
こころの言葉。
場所を暁の女神亭から役場庁舎に移しての緊急会議である。
鉄心と五十鈴を除くすべての幹部が集まった。
メディア対策室長を含めた課長クラスが全員と、補佐クラスも全員。
影豚たち。
第一隊からは各隊の隊長と副隊長が全員。
第二隊からは隊長の佐藤教諭と西遊記チーム。
ポーク隊のサミュエル・スミス隊長と副官のレアリノ隊員。
シンクタンクはリーダーの将太くんとサブリーダーのほたるちゃん。
子供チームは信二を除く全員。
ものすごい大所帯となったため、テーブルを囲むスタイルではなく、大会議室での講義のような格好である。
まずは天界一の知恵者から、出席者全員に前後の経緯が説明された。
多くのものが頭を抱えたり首を振ったりしている。
邪神である。
しかも、いかなる神話大系にも属さない神だ。
ぶっちゃけ異星人。
今度の敵はエイリアンときた。
びっくりである。
非現実の極致といっても、そんなに言い過ぎではないだろう。
まあ、こいつらに語られたんじゃ現実さんも浮かばれないというものだが。
「勝てないかね? 八意思兼」
挙手するようにして発言するのは依田だ。
彼は暁の女神亭にはいなかったため、まだハスターとの面識はない。
「私が応えるより、最強の女神たちの方が判るかもしれないね」
ちらりと視線を動かし、こころが沙樹と絵梨佳を見る。
澪で一、二を争う戦士だ。
大人チーム最強と子供チーム最強。
絵梨佳などはたった二発の蹴りと一回の踏みつけでスラヴ神話の邪神チェルノボグを倒しちゃったくらいである。
で、沙樹はその戦闘力にプラスして実戦経験も積んでいる。
間違いなく絵梨佳より強いだろうというのが、澪の男どもの共通した認識だ。
その最強クイーンたちが、そろって肩をすくめる。
ふたりをして、勝ち筋が見えなかった。
「変身して、暁貴や実剛や美鶴を守らないで、女神亭が全壊しちゃっても気にしないってくらいのつもりで戦えば、もしかしたら可能性はあるかも?」
「そおですかね? わたしにはふたりとも殺されちゃう未来しか見えなかったんですけどー」
「戦い方次第じゃない? あたしが殺されてる間に絵梨佳が最大火力でつっこむとか」
「や、それだとわたしも沙樹さんも死ぬんじゃ?」
「当たり前よ。三人とも死んで終わり。これがたぶん最高の結果じゃないかな」
「ですよねー」
頭のおかしい会話を繰り広げるクイーンたち。
出席者のほとんどが、信じられないものを見るような目で見つめている。
「まあ、私の感想でもだいたい同じさ。だから、なんとか戦わないで済む方法を探りたかったんだけどね」
戦争ではなく、試合まで持ち込むので精一杯だったよ、と付け加える。
暁貴が軽く頷いた。
彼もまた、こころと同じ見解である。
「全面戦争ってことになったら、とてもじゃねえが勝てる気がしねえ。たぶん邪神さんにとってみりゃあ、日本ごと澪を消しちまうなんて朝飯前だろうしな」
ただ、おそらくそれはやりたくないことだろうと読んだ。
彼の、たとえば保護動物を扱うような態度が業腹ではあったが、この際はそれに乗るしかなかった。
「しかし巫。ハスターとやらが我々を保護対象と考えているなら、試合でも手加減してくれるのではないか?」
「たぶんな。けど、俺らはたぶん手加減の一撃でも余裕で死ねるぜ」
これもまた、ハスターとの会話の中から察したことだ。
姪に視線を送る。
彼女はハスター陣営と実際に矛を交えた経験を持つ唯一の指揮官だ。
「イタクァってのは、宇宙船のことらしいわ。戦闘要員ではなくてね」
言い置いて、美鶴が先日の戦いを振り返る。
最初の攻撃。
あれは目撃者を麻痺させ、その隙に逃げるためのものだったらしい。
理屈としては、すごい風で吹き飛ばしちゃって、気絶させるとか、そんな感じだろうか。
「おいおい……」
「んなアホな、だよな」
うめく玉竜と苦笑する光。
彼ら二人で防御フィールドを展開したのだ。
しかし完全には防ぎきれなくて、少年たちは軽傷を負った。
ほっぺを切ったりした程度だが、じつは笑い話でもなんでもない。
ロケット弾の直撃だって簡単に防げるような防御が食い破られたのである。しかもそれは麻痺させるための攻撃とか。
「そう。受けたのが私たちだったからその程度の損害で済んだの。普通の人間だったら間違いなく死んでいるわ」
美鶴の声も苦い。
手加減などまったくできていないのだ。
その後の戦いにしてもそう。
猪八戒が首を折られ、沙悟浄が足をもがれた。
「普通死ぬから。そんなん」
死ななかったのは、彼らが人外だから。
ではイタクァは人外の基準にあわせて、あのような戦い方をしたのかって話である。
「もちろん、そのような可能性を否定することはできませんわ」
発言するのは楓。
第三軍師だ。
「しかし、そうではなかった場合が問題です」
殺さないように、怪我をさせないように気をつかって、あの程度だった場合。
それはハスター陣営が、地球人の戦闘力を知らない、という証拠である。
「つまり、ちょっとした事故なら起きてしまうかも、ということですね。楓くん」
「はい。高木さま。そしてハスターは試合に臨んで、わざわざ地球人の戦闘力を再調査することはないだろう、とも予測いたしますわ」
「ですよね」
深沈と腕を組む人面鬼。
ハスターは地球というか地球人のことを大切に思っている。
それは事実だろう。
だからこそ過剰干渉となりうる澪の血族に関して、排除した方が良いと考えた。
しかし大切にするといっても、それこそ稀少な動物を見守っているという程度のものだ。
その動物の生態について詳しく知っているわけでもないし、ちゃんと調べたいとも思わないだろう。
彼らから見たら人間も人外も同じ。
虫とかと一緒なのだ。
その虫の中にちょっと特別なのがいた。ぷちっと殺しちゃっても良いんだけど、もしかしたらこれはこれで面白い進化をするかもしれない。
ちょっと様子を見てみようかな。
良い機会だしちょっと遊んでみようかな。
というくらいの状況だ。
遊んでる最中に死んじゃったら、まあ仕方ないよね。
「……面白くもねえな」
ち、と、舌打ちしたのは建設課課長補佐、酒呑童子である。
愛称はしゅてるん。
ようやく彼にも、現在の状況が飲み込めたようであった。
朝の東京駅。
構内の軽食屋で腹ごしらえをしている魚がいた。
しゃらくさいことに、おしゃれなサンドイッチなんか食ってやがる。
「失礼すぎますね。訴訟レベルですよ。聖兄」
すげー嫌そうに振り返ったのは凪信二。
澪の頭脳。シンクタンクの子供たちの師にして、次期魔王の懐刀。
日本国総理大臣新山鉦辰が漢と見込み、可愛い孫娘を託した魚顔軍師。
その魚顔軍師が、振りむいた姿勢のまま硬直した。
目の前に立つのは津流木聖。いろいろあって新山陣営に属することになった巫の眷属である。
外見はスリムでかっこよくて背も高く、けっこうなイケメンだ。
若い頃の暁貴に似ているらしい。
まあ、それは良い。
本人にとっては四半世紀後の姿がアレだと思えば、ため息のひとつも吐きたくなるだろうが、まったくどうでも良い問題である。
今そこにある問題に比べたら。
「……疲れているんですね。幻覚が見えます」
なんか女の人が、聖と腕を組んで立っている。
もっのすごい美人だ。
長身な聖にしっかり釣り合うくらい背が高くて、ハリウッド女優が泣きながら逃げ出すほどのナイスバディで、胸部のワガママな自己主張なんて、琴美や絵梨佳から宣戦布告されてもおかしくないレベルだろう。
どことなく謎めいていてエキゾチックな黒い瞳も、無造作に束ねた黒い髪さえも、計算されたように目を惹きつける。
信二が何回かまばたきした。
消えてくれない。
どうやら幻覚の類ではないらしい。
「聖兄。そちらの方は?」
「……俺のカノジョ……らしい……」
返ってきた声。
それはまるで地獄の底から助けを求めるような。
のろけの気配なんか、微粒子レベルですら含まれていなかった。




